第21話「眷属強化」
ケリーたち全員に魔法を取得させ、インベントリのためにINTを上げたせいで、現在の経験値は144ポイントしかない。
『付与魔法』で20、属性魔法の一番安い魔法を取るとして20、『強化魔法』でさらに20、『眷属強化』はひとつ40なので、この考察が正しかったとしてもどれか一種しか取得できない。
ならば少しでも効率的なものを選ぶべきだろう。
全体の安全を考えるならVITを優先したい。VITが上がればLPも上昇するので、より死ににくくなる。
しかしこれまでの戦いを見ている限りでは、そもそもケリーたちが被弾したところを見たことがない。
強いて言うならファーストコンタクトのときの不意打ちだが、あれは体力があろうがなかろうが関係ない、レアの実家の流派の秘伝を応用したのでノーカウントと言えるだろう。いや、そういえばファーストコンタクトにおいて不意打ちはカウントしないことにしたのだった。つまりケリーたちは今のところノーダメージだ。
であれば、上げるとするならAGIだろうか。ケリーたちの戦闘スタイルにも、氷狼たちの戦闘スタイルにもシナジーは高いだろう。
問題はアリだが、厳密にはアリたちはスガルの眷属であって、レアの『眷属強化』の対象になるのかはわからない。
ただスガルの『眷属強化』は受けられるはずだから、余った経験値の44ポイントを使ってスガルに『眷属強化』を取らせ、そこでアリに有効なものにすればいいだろう。
逆に攻撃力を強化して速攻で敵勢力を殲滅してしまうという考え方もある。
レアたちは人数が多いため、単純に手数が多い。その手数に火力を乗せられれば、よほどの相手でもない限りゴリ押しの速攻で片付けられるだろう。
その場合の候補はSTRかINTだ。今や全員、魔法も物理も攻撃手段を持っている。
不意をつく、というか、相手の意表をつくなら魔法攻撃にウェイトを置くのもいいかもしれない。
なにせこちらの主戦力は獣人と狼、そしてアリだ。まさかいきなり魔法が飛んでくるとは思うまい。
あるいは、味方で誰も持っていない属性の魔法をレアが取得することで、全体の多様性を上げるという観点から考える手もある。
その場合の候補は『地魔法』か『風魔法』となり、つまりVITかAGIだ。
悩んだ結果、そもそも被弾しなければダメージはない、当たらなければどうということはないと割り切ることにして、レアはAGIを選んだ。
取得した魔法は『風魔法』の『エアカッター』だ。『乾燥』と悩んだが、『乾燥』が出来たところでチームの多様性が増すという気はしなかったためだ。
続いて『付与魔法』『強化魔法:AGI』を取得する。問題の『調教』ツリーには──
想定通り、『眷属強化:AGI』がアンロックされていた。
「……これで、この系列のスキルを全て取るまでは、わたしに経験値を集中させる必要が出てきたかな」
全ての項目を取得しようとすれば、ここからさらに300ポイントの経験値が必要になる。
レアは少し遠い目をした。先は長い。
「さて肝心の『眷属強化:AGI』の効果は……」
その効果は「自身の[AGI]の能力値の1%を自身のすべての眷属にプラスする」というものだった。
「すごい! パッシブスキルだったのか! なら『強化魔法』とも重複しそうだ! あれ? ていうか」
これだと、例えばここでスガルにも『眷属強化:AGI』を取得させた場合、レアのAGIの1%を受け取ったスガルのAGIの1%がアリたちに流れることになる。ややこしい。
『使役』を持つキャラクターを『使役』するという、普通に達成するのが非常に困難な状況のためだろうが、この先もレアとスガルで同属性の強化スキルを取っていけば、レア自身の能力値次第では最終的にアリが主戦力になる可能性が高い。
「その前に、まずアリが戦闘した場合に経験値がそもそも私に入るのかどうかを検証していなかったな。大半が凍ってたからだけど。しまったな」
『使役』の仕様から普通に考えればアリが得るべき経験値は女王に流れるが、その女王が得るべき経験値はレアに流れるはずだ。であれば結果的に経験値に関しては他の眷属と変わらない、はず。
ともあれ、アリ全員の解凍には今しばらくかかるだろう。
とりあえずスガルにも『眷属強化:AGI』を取得させた。
インベントリで遊んでいたらしいスガルがレアを見たので、頷いておいた。
これで残り経験値はたったの4ポイントである。
早急に出稼ぎに出なければならないが、その前に地盤を固めたい。まずはアリたちを解凍させる必要がある。
だが、ケリーたちは休ませておくべきだろう。レアはすでにログアウトにより数時間休みをとっているが、その間も彼女たちは起きて活動していたはずだ。
「ケリー、ライリー、レミー、マリオン。今日は本当にお疲れ様だったね。そろそろ、休みなさい。かなり長時間眠っていないだろう?」
「いや、あたしたちは……」
「眠らないのは良くないよ。最適なパフォーマンスが発揮できなくなる。なに、起きたらまた働いてもらうから、今のうちに休んでおきなさい」
とりあえず、山猫たちを休ませることにした。
幸い、ここにはレミーがなめした毛皮の絨毯がある。
半ば強引に4人をそこへ寝かせ、レアはスガルとともに隣の広間に移動した。
隣の広間にはまだまだ凍ったアリたちがひしめいていたが、半分くらいは溶けているように見えた。
入り口に近いアリたちなら、そろそろ動けるものが出始めるかもしれない。
女王に案内させ、アリが凍りついていない広間へ向かうことにした。襲撃時にレアたちが通らなかったルートの部屋だ。
その広間につくと、アリたちが一斉にレアを見た。
「うわ」
アリたちが一斉にうつむいた。彼女らはレアの直接の眷属ではないが、レアの意志や命令にも忠実なようだ。
「あ、すまないつい。こちらを見てもかまわないよ。わたしが君たちのボスのボスだ。よろしく諸君」
レアは改めてアリたちを観察した。襲撃時は一緒くたに『魅了』や『冷却』でゴリ押ししてしまったのでろくに見ていなかったが、よく見れば数種類のアリがいるようだ。インファントリーアントだけではない。
レアはアリたちのステータスを直接参照できないので、スガルに聞いてみた。
しかしなんとなく眷属の言いたいことはわかるのだが、具体的な名称などはわからない。
スガルによれば、スキル欄を確認したほうが早いとのことなので、スガルのスキル欄をもう一度見直してみる。
アリが数種類に分かれているのなら、スガルのスキルで関係ありそうなのは『産み分け』だろう。これは何かのツリーの中のスキルではなく、そういう名前のスキルツリーである。
『産み分け』はクイーンベスパイド専用のスキルなのか、ツリーには『歩兵』などの名前のスキルが並び、そこで取得したスキルに対応した種族のアリを産むことが出来るようだった。アリは生まれた瞬間からその種族ということらしい。巣に卵や幼虫がいないのはそのせいなのだろう。
ツリーには『歩兵』の他に『工兵』、『騎兵』があった。『工兵』というのがそこにいる、歩兵と色違いのアリ、スキルによれば「エンジニアーアント」だとして、『騎兵』とはなんだろうか。何に騎乗しているというのか。
と、レアは不思議に思ったが、どうやら単に歩兵の上位兵科という意味しかないようだ。意味合いとしては騎兵と言うより騎士に近いのかもしれない。あくまで現実世界の中世での一般論になるが、騎兵は兵科だが騎士は称号なので、必ずしも馬に騎乗しているとは限らない。
しかし、アリのこの種族の違いは戦闘力的には歩兵と騎乗した騎兵くらいの差はありそうだ。その分生産コスト、産む際に消費する
ともあれ、今レアが気になっているのはエンジニアーアントだ。工兵だというのなら、この巣を掘ったのは彼女らだと考えるのが自然だ。あのつるつるした壁の通路を作れるような何かしらのスキルをもっているのだろう。
実際にそこらを軽く掘ってもらってみた。
エンジニアーアントは身体を内側に曲げ、腹の先を前方に突き出すと、そこから勢いよく刺激臭のする液体を噴射した。
現実でもこういう行動をするアリがいる。現実のアリが噴射するのは毒液かギ酸だが、エンジニアーアントが噴射した液体は岩を溶かし始めた。この勢いで岩石を溶かす酸など、生物が食らったとしたらただでは済むまい。工兵という攻撃力ではない気がする。
しかしどうやら岩以外には影響がないらしい。近くの仲間に向かって噴射していたが、アリの外骨格には影響はなさそうだ。
レアもおそるおそる触ってみたが、染みるとか痛みを感じるなどといった変化はなかった。
実にマジカルな酸である。
女王が言うには、別にこの酸は岩しか溶かせないわけではなく、その内容をゲーム的に解釈するなら、格というかレアリティの低い鉱物だけを溶かす事ができるということらしい。カルシウムなどはその低レアリティの鉱物に含まれるのか、人間の骨を溶かしたこともあるようだ。
いや世の中にはドラゴンの骨なんかもあるかもしれないし、カルシウムを一律で溶かすことが出来るかどうかはわからない。骨のような生物素材の場合は金属としての格ではなく元の生物の格が適用される可能性もある。いや、ドラゴンの骨の主成分が果たしてカルシウムなのかどうかは怪しいところだが。
「……今わたしも触ったけど指もまったく無傷なようだし」
やはりレアは格上だから溶かせない、ということらしい。経験値を振っていくことで生物としての格が上がっていくためだろう。
逆に言えばゲーム開始時のプレイヤー程度なら、その装備や骨を溶かしてしまう可能性もある。
もしかしたら、ゲーム開始時のスケルトンのプレイヤーなどにとってはこの工兵アリは天敵と言える存在なのかもしれない。
数ある洞窟の中で、このようなアリのいる洞窟にランダムスポーンしてしまったスケルトンのプレイヤーなどが仮にいたとしたら──そいつはいったいどれだけ不運なのだろう。
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