参番『幻の足摺岬』

三十八番札所の金剛福寺。


そこを目指して高知の足摺岬を訪れた時、僕はずっと前から一度見てみたいと思っていた景色があった事をふと思い出した。


僕の実家の茶の間に、僕が生まれる前から飾ってある白黒写真があって、その場所をどうしても確かめたかったのだ。


波の荒い海から剣のように真っすぐ尖った岩が突き出ている絶景。


誰が撮った写真かはわからない。


写真の下に小さな字で「足摺岬にて」とメモ書きがされていた。


僕が「足摺岬」という地名をはじめて知ったのはその写真のメモ書きでだ。


とても奇妙な風景だったから、僕はその写真を見る度に「こんな岩ホントにあるのかな?」と思っていた。


おそらく観光スポットになっている有名な岩なんだろう。


金剛福寺の参拝を終えてから、足摺岬周辺の観光スポットをあれこれ散策してみた。


足摺灯台から海岸をずっと見渡してみても、真っすぐに突き立っているそれらしき岩はなかった。


岩場の遊歩道を歩きながら眺めてみても、それらしき岩はなかった。


どこだろう?


観光案内の看板やスマホで検索しても、記憶にある風景の情報はまったく出て来ない。


白山洞門。


唯一なんとなくここかもしれないと思う手ごたえがあったので、足を向けてみた。


そこはハート型の空洞がある断崖で、僕が見たいあの奇妙な絶景ではなかった。


白山洞門の断崖の上に小さな神社が祀ってあり、かなり急ではあったけどそこまで上る細い道があった。


もしかしたらこの白山洞門の断崖の向こう側に、僕が求めている景色があるのかもしれない。


荒波から突き立った剣のような岩はたぶん神社の御神体だ。


ようやく辿り着いた予感がしたので、おそるおそる白山洞門の断崖を神社の方まで上ってみた。


しかしそこから先は何もなく、最果てのような海が広がっているばかりだった。


現地の人に尋ねても誰も僕が見たい風景の情報を知らなかった。


幻の景色。


その日は折り返して宿に戻らないといけなかったので、仕方なく諦めて足摺岬を後にした。


それから聖地巡礼の旅を終え、実家に帰った機会にもう一度あの写真を見てみようと思った。


飾ってあった壁を見ると、足摺岬を写した白黒写真がなくなっていた。


「ここに飾ってあった足摺岬の写真はどこにやったの?」


僕が里帰りする度に何かしら茶の間のレイアウトが変わる。


とりあえず母親に聞いてみると「足摺岬の写真?そんなのあったかな?」と首を傾げた。


父親に聞いても「そんなのないぞ」と不思議がられた。


「あったよ、白黒の尖った岩の写真」と食い下がってみたけど、二人ともまったく記憶にないようだった。


祖父がスキーをしている写真とか、他の写真は以前と変わらずそのまま飾ってある。


ただ足摺岬の写真が飾ってあったスペースだけが一か所だけぽっかりと空いていた。


僕の思い違いにしては記憶が鮮明すぎる。


「言われてみると、確かにここにも何か写真を飾っていた気がするなぁ……」


母親も父親も物忘れする歳になったから覚えてないのかもしれない。


でも実際に訪れた足摺岬にはそれらしき景色は見当たらなかった。


そしてあの白黒写真も残っていない。


幻の足摺岬。


あれはもしかして神仏が僕に見せた補陀落渡海の景色だったか?


お遍路の旅路でふと不思議な世界に迷い込んだのかもしれない。

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