弐番『旅は道連れ』
お遍路に慣れて来ると、たまにライバル視してしまうお遍路さんに出会う。
僕みたいな人見知りでも気軽に道行く人に挨拶するようになり、お遍路さん同士だと親近感が湧いて交流をもったりする。
旅は道連れ世は情け。
札所のお寺や善根宿で毎回ご一緒する人なんかもいて、旅の情報交換をしたり、自分の食料をおすそ分けしたりしながら、一緒に次の寺を目指して歩いたりした。
ただそれが僕と同世代で体力があまり変わらない相手なんかだと、だんだん自分のペースが乱れて居心地が悪くなったりもする。
相手もそう感じているだろうな、と察してしまった時にはもう耐えられない。
「足丈夫なんですね、自分は遅いので気にせずお先どうぞ」
「自分まだ歩けそうなので、一足お先に向かいます、またお会いしましょう」
そんな口実を作り、相手が休憩した隙にやんわり離れようと試みるも、次のお寺で参拝しているうちにまた追いつかれたり、遅かれ早かれ結局その日同じ宿に辿り着いて再会してしまう。
翌日からまた一緒にお遍路する事になるのか、と思うと、いよいよウザい。
お互いに笑顔こそ絶やさないものの、口数は少なく、「明日はコイツより早めに出発して、今度こそ出し抜いてやろう」などと思ってしまう。
僕にはそんな隅に置けないライバルがいた。
たった一度、そのライバルと人気の無い山小屋で二人きりになった事がある。
12番札所の焼山寺の途中にある山小屋で、昼過ぎくらいに僕が先に辿り着いた。
焼山寺は勾配が急な山の山頂にあり、片道だいたい6時間くらいの登山を強いられる。
通称「お遍路転がし」と呼ばれる難所で、ここで脱落してしまう人も多いと聞く。
お寺の参拝は夕方の5時まで。
下山する時間も考慮すると、朝早くから一気に山頂を目指すか、昼から登って途中の山小屋で一晩泊まるしかない。
山の中で日が暮れたら遭難する可能性もある。
僕は昼から登って山小屋に泊まる選択肢を取った。
その時ライバル視していたお遍路さんををだいぶ引き離している実感があったので、その日再会する事はないだろうと思っていた。
キレイなログハウスの山小屋には僕一人。
今日は静かに過ごせるな、と開放感に浸って油断していたら、息を切らしてライバルのお遍路さんが来た。
「やぁ……」
お互い、露骨に笑顔が引きつっていた。
「キミとはホントによく会うな。ごめんやけど今日も一緒に泊まらせてもらうな」
旅は道連れ世は情けだから仕方がない。
ただその時ばかりはその情けを一瞬捨ててやろうか、と思った。
お互いの身の上話も散々して来た仲だから、話す事はもうほとんどない。
食事もバラバラ。
パックンチョの一つも恵んでやるものか。
もう僕もライバルも相手に気を遣う事なく、好き勝手思い思いに時間を過ごした。
ライバルは僕の前で靴下を脱ぎ捨て、これまで遠慮していたビールをガブガブと飲んでいた。
「一杯どう?」と勧められたけど、僕はお遍路中には酒を飲まないと決めていたので、断った。
今思えば、あの時一緒に酒を酌み交わしていたら楽しく過ごせたかもしれない。
酒が入ったライバルは一人だけすっかり出来上がって、携帯していたラジオを大音量で鳴らし、自宅にいるような感覚で鼻歌を歌い出した。
コイツとはきっと前世で何か因縁がある……。
僕はそう思ってひたすら我慢しながら、夜はライバルより早く寝た。
ただライバルの様子が気になり、眠りは浅い。
山小屋の電気は決まった時間になると自動で消灯するようになっていた。
ライバルが眠りについたのは小屋の明かりが消えてからだった。
朝方、ライバルの鼾がうるさくてまだ暗いうちに目が覚めた。
まだ点灯時間前なのになぜか小屋の明かりがチラチラと点滅を繰り返していた。
今から山を登れば、ちょうど山頂に着く頃にお寺の開門時間になる。
ライバルが寝ているうちにまた出し抜こうと、一人さっさと身支度を済ませてそっと山小屋を後にした。
それが功を奏し、ライバルとはそっきり二度と再会する事はなかった。
旅は道連れ世は情けでも、やっぱり一人気ままな旅がいい。
ただ後日泊まった民宿の人からこんな話を聞かされた。
「焼山寺の山小屋に泊まったんですか?あそこ以前に4人くらいお遍路さんが自殺したところなんですよ」
旅は道連れ世は情け。
一人で泊っていたらと思うと、急にゾッとした。
そしてあの憎いライバルでも一緒にいてくれてよかったな、と心底感謝した。
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