1-5

 人間なんて、みんな醜い。

 ナナカは清く美しく、強い。

 けれどやっぱり醜い。

 美しさや高潔さは、醜さの対義を持たない。両者は矛盾なく共存する。

 たぶん、ナナカは汚れたがっている。その美しさや強さを汚したがっている。だから汚くて下品なわたしを求める。

 人間はいろいろな形をしている。みんな互いにぶつかり合って、形を変えて生きている。

 ナナカの形は特別に複雑で、輪郭がはっきりとしている。それは彼女が生まれたときから持つ天然もの。神秘的で美しい。ほんとうに綺麗。しかも、誰とぶつかり合っても傷1つつかないくらい、強固で頑丈。ぶつかれば簡単に相手を壊してしまう。触れることさえ許さない。

 けれど、ぶつかりたくて、誰かに触れたくて、形を変えたくて、彼女はうずうずしている。

 わたしはドロドロに溶けていて、ほとんど液体みたいな感じ。どんなものでも優しく包んで、蝕む。角をすべて削って、個性なんて全部奪って、何もかもドロドロに溶かして取り込んであげる。

 だから、わたしは彼女とはぶつからないし、壊れない。ナナカはそれを喜んだ。わたしに包まれて、ゆっくりと蝕まれて自分を失っていくことを望んだ。ほら、なんて醜い。

 でもミミカの醜いところが好き。

 わたしは人間の醜いところが好き。

 わたしのそういうところがとても醜い。

 わたしのそういうところが、わたしは好き。


 目を覚ました。

 目の前には見知らぬ天井。ナナカの部屋の天井。電気がつきっぱなしで明るい。2人で楽しんだあと、そのまま眠ってしまったみたいだった。

 隣ではスウスウと可愛い寝息を立ててナナカが眠っている。なんてきれいな寝顔。わたしはナナカの唇を舐めた。少し乾いていた彼女の唇はわたしの唾液で潤って、濃い赤色に変化した。それから白く滑らかな首筋を甘噛みする。彼女の寝息に色が付いたが、起きる気配は一向になかった。最後に鎖骨へ強くキスをした。くっきりとわたしを残す。

 スマホを見ると、まだ終電は走っていた。早い時間からおっぱじめたため、思っていたより時間は過ぎていない。

 汗ばんだからだが不快で、シャワーを借りることにした。

 広い脱衣所には洗面台があって、そこには当然大きな鏡がある。わたしがわたしを見つめている。

「いいからだじゃない」

「どこがよ」

「全体的に」

「嘘」

「嘘だよ」

「どうしてそんな嘘をつくの?」

「面白いかと思ったの」

「面白くなかったわ」

「それは残念」

「でも」

「でも?」

「つまらなくなかったわ」

 わたしは己の狂気を、全身に纏う。

 シャワーで全部流してしまいたかったから。

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