2-1
彼は、1つ学年が下の後輩の男の子。2回生にもかかわらず、今年の春に、突然読書会に入会してきた。どうやら、とっても頭がいいらしい。
彼は、サークル活動初日から、臆面もなく先輩の意見に鋭くツッコミを入れて、たやすく論破した。そのあとに注目を集めていることに気が付いたようで、急に恥ずかしそうに顔を赤くした。そういうつもりではなく、ただ先輩と議論がしたかったと言わんばかりだった。
わたしの同級生たちは——特に男連中は——、彼のことをひどく嫌ったけれど、彼の同級生も後輩も、彼をすぐに好きになった。わたしは何も思わなかった。興味がなかった。
ほんとうなら特に接点もなく、ただ同じサークルに所属していただけの関係で終わるはずだった。しかし、彼は、わたしと同じ報告グループに割り振られたのだった。わたしのグループには3回生がもう1人いたのだけれど、その人は彼を嫌がって話そうとはしなかった。だから、わたしは彼と関わらざるを得なかった。
発表のレジュメの作り方や、文献の調べ方、最低限の知識などを指導することになった。しかし、彼の方が優れていた。形式的なものはあっという間に覚えてしまい、気づけば逆に私がいろいろなアドバイスをもらう側になっていた。
彼は変わった人だった。わたしも変わった人だったから、気があったのかもしれない。すぐに仲良くなった。すぐに、わたしは彼に抱かれたくなった。彼を抱きたくなったのだ。
わたしは軽蔑されるほどの人数——男女問わず—— とセックスをしてきたけれど、別に誰とでもするわけじゃない。少なくとも、わたしを軽視して、当然にできるなんて勘違いしてやって来たやつとはやらない。だってつまらないもの。
そういうやつには触れられる距離にいながら、絶対に触れさせず、焦らす。心の余裕を全部、わたしを思う気持ちで埋めて、わたしでいっぱいにする。そして突き放す。すると、いっぱいになった心はわたしなんて忘れて、また余裕が戻ってくる。そこでまた近づいて、いっぱいにして、突き放す。それを何度も繰り返すうちに、なにも埋まらない空洞が生まれる。余裕さえ入らない、ぽっかりと空いた心の穴。それはその人の心に生まれた、わたしだけの部屋。自分自身すら侵入が許されない、不可侵領域。他の女では決して満たされない、わたしだけが満たすことができる、わたしの空間。
それからも何度もなんども繰り返す。次第に空洞は大きくなっていき、空っぽになる。余裕なんてなくなる。
そこで初めて、わたしはその人に触れる。わたしで満たしてあげる。
そうすればその人は、本物のわたしでやっと本当に満たされる。その人はわたしのことを忘れられなくなって、わたしを、わたしだけを求める。ゆっくり、ゆっくりと時間をかけて、さらにわたしの部屋を大きくしていって、やがてその人の心はわたし以外何も入らなくなる。わたしのものになる。
それでその人は壊れてしまうの。
そうやって遊んであげる。その過程のその人は、つまらなくないわ。けれど壊れてしまっては、もうつまらないわ。
そうはいうけれど、じゃあわたしがどういう基準で相手を選んでいるかといえば自分でもわからない。したい、と思わなくてもすることがある。気になる、と思わなくてもすることもある。好きだ、と思わなくてもすることがある。目的がなくても、利益がなくても、お金がなくても——もちろん愛がなくても、わたしはセックスをする。
意味もなく、わたしはセックスをする。
けれど彼との時は、わたしはしたいと思った。彼が気になった。わたしは彼が好ましく、気に入っていた。関係を深めたいという目的も、気持ちよくなれるという利益もあった。あれは確かに意味があったのだ。今までとは何か違っていた。
けれど、彼はわたしを抱かなかった。
だって愛だけはなかったから。
だから彼は、わたしを拒絶したのだった。
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