5-1

「せーんぱい♪」

 お昼休みにひとりでキャンパスを歩いているとマユに話し掛けられた。

「マユちゃん。おはよう」

「おはようございます」

「なにか御用?」

「先輩、さいきんマユの周りの男ばっかり食ってませんか?」

 そう聞いたマユの頬は緩んでいたが、目が冷たかった。わたしはマユを連れて、人通りの少ないところに移動した。わたしがなにも言わないでいると、マユは続けた。

「どの男の子を誘っても、なぜか先輩の名前が出てきて……マユの相手をしてくれないんですよねぇ。困っちゃうなぁ……」

 ニコニコが露骨になる。ほんとつまらない。

「あら、それはごめんなさい。わたしったら魅力的過ぎて、その気がなくても相手を本気にさせちゃうのよ。全部奪っちゃうのよね。ごめんなさいね、マユちゃんよりもいい女で」

 化けの皮をはがすことに成功した。眉間にしわを寄せてわたしを睨みつけてきた。素敵。負け犬マユちゃんには、最高にお似合いの顔だわ。

「ふざけないでください」

「ふざけてない。マユちゃんこそ、男取られたからって『やめてくださぁい(泣)』なんて馬鹿なんじゃないの?」

「どういうことですか?」

「世の中は弱肉強食。それはあなたも知っているでしょう? あなたは何人を奪って捨ててきたの? 弱者になった途端に被害者づらなんて、あなたこそふざけているとしか思えないわ」

「そんなこと……ひどい……マユは……私は……」

 マユは泣きだしてしまった。無視して立ち去ろうと思った、そのとき、

「ただ——愛されたかっただけなのに」

 思わず振り返る。

「いま、なんて?」

「は?」

 マユはまるで意味がわからないようだ。

「だから、いまなんて言った?」

「愛されたかっただけだって」

「そう、それ。『愛される』ってどういうこと?」

 マユは混乱しているようだった。目が泳いでいる。当然だ。精神に大きな傷を負ってふと漏れた気持ちに傷をつけた張本人が食いついてくるなんて想定外だ。けれどそんな配慮を忘れるぐらい、わたしは夢中だった。

「ねえ、『愛』ってなんなの? マユちゃんは知っているのでしょう? 教えて? ねえ! 教えてよ!」

 肩をつかんで詰め寄るとその手を払い、

「私が生きるすべてですよ!」

 そう言ってわたしの首をつかんだ。

「私はご飯なんていらない! 眠らなくてもいい! セックスだって別にしたいわけじゃない! むしろあんなの気持ち悪い! ただ、ただ『愛』が欲しい! 誰かに愛して欲しい! 私は愛されたい! 私が生きるためには『愛』が必要なの! それを奪ったお前は、私を殺したも同然だ! 罪を償え、このクソ女! 地獄に落ちろ!」

 首を絞める手が強くなった。彼女はまだ何か言い続けている。しかし、気が遠のいてきたわたしには届いていなかった。このまま死んでしまうの?

 苦しい。けれど彼に届かない苦しさに比べれば、なんてことなかった。この程度の痛み、あの日の痛みに比べれば。

 視界は闇に落ち、意識を失った。

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