4-2

 大学の講義が全部終わって、今日はミナコに相手してもらおうかしらとか思いながら荷物をまとめていると、カエが、

「今日、みんなに紹介したい人がいるの」

 と言い出した。3人で顔を合わせて、誰もなんの心当たりもないことを確認し合った。

「それで、この後時間空いてるかな」

「私は、大丈夫だけど」

「アタシも。夜はバイトだけど、そんなにかからないでしょう?」

「うん。数十分で済むと思う。……えーと、大丈夫?」

 カエはとても心配そうに、わたしを見ながら尋ねた。

「もちろん大丈夫よ」

 わたしは完璧な笑顔を作って言う。カエは汚い笑顔を返した。ほんと、やめて欲しいわ。

「学食でもう待ってくれているから、早くついてきて」

 ひとりで歩き出すカエを追う。ミナコがカエ並んで、「だれなのぉ?」と可愛く聞いて、カエが「ついてからのお楽しみ」と気持ち悪く答えている。

「彼氏かな」

 わたしが微塵も興味を持っていないことをわかっていながら、わざわざ話題にするナナカに心底辟易する。感情を表にする、表情。言葉の通り、わたしはその時の感情をそのまま表に出した。

「君、ひどい顔だ。さすがにその顔はまずい」

 そう言ってナナカはふきだした。その顔もやっぱり美しくて、わたしの目の保養になる。

「どんな顔?」

「心底興味ないって顔している」

「正解」

「もお、カエの前でそういうのは絶対やめてよね」

「もちろん」

 わたしは仮面をかぶった。

「すごい。めちゃくちゃ楽しみにしているように見える」

「でしょう?」

「実は気になっていたり?」

「そんなことあると思う?」

 わたしは一瞬仮面を取り外して、すぐにつけ直した。ナナカはすごく楽しそうだ。

「もうはやく!」

 カエが前の方から呼びかける。2人で小走りして追いつく。不必要に早歩きしたせいですぐに学食に着いた。

 夕方の学食は想像よりも混んでいた。何かをつまみながらダラダラと話す学生が多い。うざったい。家に帰って勉強するなりセックスするなり、もっと生産的な行いをすればいいのに。この大学はやっぱりバカばっかり見たい——やっぱりわたしも含めて。

「あ、あそこだ」

 そう言ってカエは大きなテーブル席にひとりで座る男子学生に手を振った。それに気づいたようで、男子学生は立ち上がって4人を迎えた。

 カエは当然男子学生の横に座り、3人は対面に並んで座った。

「皆さん初めまして。わざわざ貴重なお時間を割いて貰ってありがとうございます」

「なんでヨウヘイ君が感謝するのよ。私がヨウヘイ君に紹介したいって言ったんだから、私が感謝するべきなのに」

「いや、俺も皆さんに会いたかったから」

 男子学生はヨウヘイというらしい。わたしから見ても、かなりの好青年だった。

「えーと、このヨウヘイ君と私は付き合うことになりました。はい」

 カエは照れ臭そうに俯いた。

「それが報告なんだね。おめでとう。とってもいい男じゃない」

「そうよ! 素敵な彼で羨ましい! おめでとう!」

 ナナカもミナコも心から祝福しているようだった。

『つまらないわ』

 そんな言葉を飲み込んで、

「おめでとう」

 そう言ったのだった。ミナコとナナカがびっくりしたようにこちらを見たのが分かった。

「ありがとうございます」

 そういってヨウヘイはわたしを見たのだった。

 ああ、そういうことか。

「ごめんなさい、ちょっと急用を思い出したわ」

「あ、そう? ごめんね、こんなつまらないことのために呼び出してしまって」

 カエは申し訳なさそうに言ったので、完璧な笑顔を返事にした。

 学食を出て、人目が無くなったところで、深くため息を吐いた。それからメッセージアプリを開く。

『今日泊めてくれない?』

 そうミナコに送った。数秒も経たないうちにメールが帰ってきた。

『いいよ。待ってるから』


 誰だってそうだ。

 みんな欲望にまみれて、醜い。

 それなのに、彼だけは。

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