4-1
「それはつまり、その後輩の男の子が好きってこと?」
1回目が終わって、コウキは冷蔵庫から2リットルのペットボトルに入った水を取り出し、それに直接口をつけて飲んでから聞いた。わたしはそれが嫌だっていうのに、やめてくれない。
「それはないわ」
わたしはフカフカのベッドに顔をうずめながら返事をした。当然うまく発音できなかった。声はすべて布団に吸収されて、コウキには聞こえていない。けれど、なぜか、そのことを口にしたことを後悔した。
「ん? なにか言った?」
そう言いながらグラスに水を入れて持ってきてくれた。体を起こしてから受け取ってひとくち飲む。冷たかった。
「別に」
「そう」
興味あるくせに、ないようなふりをしてコウキは煙草を吸いはじめた。煙草だってわたしは嫌いなのに、断りもせずに吸い始める。いつも休憩は煙草2本分。わたしが嫌な顔をして煙を払うと、嬉しそうにニカッと笑うのだ。
「わたしって魅力ないのかしら」
「急にどうしたの?」
コウキは笑った。特徴的な引き笑いで、聞いているこっちも笑ってしまう。
「俺からの愛が足りないのかな?」
まだ長いのに、1本目の煙草を灰皿でもみ消して後ろから抱きしめてくれた。そして指を絡める。
「珍しく弱気だね」
「そうでもないわ」
「いつもなら、『わたし愛され過ぎて辛いわ……』なんて本気で言うくせに」
揶揄うみたいに言って、わたしの髪にコウキは顔をうずめて大きく息を吸った。コウキはわたしの頭皮の匂いが好きらしい。わたしは頭皮を嗅がれるのが嫌いだ。はだかを見られるより、敏感なところに触れられるよりも、なぜか嫌なのである。頭を振って拒絶を示すが、コウキは髪に頬を打たれる感触が好きなのか、ますます嬉しそうにしていて、ついには髪を食み始める。
コウキはわたしが嫌がることばかりする。なぜかは、何となくわかっている。
抵抗するのも面倒になって、わたしはコウキが置いた煙草を慣れた手つきで1本取り出す。100円ライターを点けるのは少し苦手だ。何度目かでやっと火がついて、煙草の先端に近づけながら、大きく吸い込む。すると火が付いた煙草はチリチリと音を立てて燃えた。同時に、肺が煙でいっぱいになった。あまりに久しぶり過ぎて、わたしは大きく咳き込んでしまった。これのなにが美味しいのか、やっぱり全然わからない。
「女の子は吸っちゃダメ」
コウキはわたしの唇に挟まった煙草をつまみ上げると、自分の口に差し込んだ。
「なんでよ。女性差別なんてサイテー」
コウキはおいしそうに煙を吸い込んで、わたしに当たらないように顔を逸らしながら吐き出した。わたしが不機嫌な顔をすると、やっぱりコウキは嬉しそうだ。
「煙草くさい女は嫌いなんだ。あと、」
わたしは首を傾げた。コウキは少し躊躇ってから言った。
「煙草は健康に悪い。愛してる女には健康でいて欲しいんだ」
わたしが何も言わないでいると、照れ臭さを誤魔化すように、口から煙の輪を作って遊んでいた。「綺麗っしょ?」なんて言って、ヘラヘラしている。
「副流煙って知ってる?」
わたしは嫌味を言ったが、コウキは「忘れた」と笑い飛ばした。わたしはコウキの方に向き直って、その胸に飛び込んだ。瞬間、コウキは灰をわたしの頭に落としそうになったのか、「あぶなっ」とこぼした。一旦煙草を灰皿に避難させて、わたしの頭を撫で始めた。
「コウキはわたしのこと愛してくれているの?」
ふと思ったことを聞いてみた。
「ん? そりゃまあ」
「うそ」
「嘘じゃないって」
「うそだわ」
「うーん。じゃあ証明。俺はお前と結婚したいと思っているぞ。今婚姻届けを書いて、明日朝一で出してもいい」
「はぁぃ?」
わたしは素っ頓狂な声が出た。意外だったから。
「だから、お前になら俺は一生を捧げてもいい。お前がどれだけ浮気しようと、他の男の子どもを何人産もうと、なんであろうと、俺はお前をずっと愛し続ける。もちろん子どもも含めて全部愛すよ。例えば、その後輩の男の子のことが好きなんだとしても、ずっとお前を愛している」
わたしはフリーズしてしまった。彼の気持ちの大きさと、その重みを、わたしの脳は処理しきれなかったみたいだ。
「そうなると思ったから言いたくなかったんだ」
コウキはわたしを押し倒した。
「最後に聞かせて」
「なに?」
「コウキにとって、『愛』って何なの?」
「己のすべてを差し出す。見返りは求めない。奴隷になること。それだけだ」
2回目の夜が始まった。その声の半分には確かに、憤りが混じっていた。もう半分は、わたしにはわからなかった。
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