決戦Ⅰ

 少し王都に向かって歩いていると、王城と同じ大きさとはいえないまでも王城の半分ぐらいの黒いかたまりが遠目に見えてくる。黒いかたまりはゆっくりと王城に進んでいた。足元にはかすかに村だったようなものが見える。


 私はちゅうちょなく黒いかたまりに向かって進路を変える。あれがレーリアが自分の命と生命の実を使って呼び出した化物。確かに王国を倒す戦力としてだけ見れば、これはかなり得な交換には違いない。


 しかしこれはただのテロに過ぎない。能力も動機も情熱も間違ってはいないと思うけど、目的だけが間違えられている。まあ自分の命のために化物と戦っている私に言われてもレーリアも浮かばれないかもしれないが。


 近づいていくにつれて化物の姿が徐々に明らかになっていく。全身を覆う黒々とした鱗。七つの首はそれぞれ意志を持って動き回り、そこから吐く息は家屋も大地も破壊していく。それぞれの首は数メートルずつの長さがあり、胴体は大きめの屋敷一軒ぐらいの大きさがある。背には一対の翼があり、時折羽ばたいては巨体を飛翔させていた。もしかしたらこれが首に数えられて九本になっていたのかもしれない。


 龍は一通り村を破壊すると次の村へと飛び上がる。破壊衝動のみによって生きている生き物なのだろうか。龍が着地するとそれだけで地鳴りがして、掘っ立て小屋などが倒れていく。そしてゆらゆらと周囲に土煙が巻き上がる。

 私たちとは何から何までスケールが違い過ぎる。


「沖田さん……あれとどうやって戦えばいいんでしょう」


 シルアが呆然とした表情で言う。


「どうするもこうするも、首を一つずつ切り落としていくしかないんじゃない?」


 相手が人間だったら急所を一突きにすれば倒せるけど、化物の急所とかはよく分からない。心臓を一突きにしようにも胴体が大きすぎて場所が分からないし、第一、一突きにしてしまった心臓で私の寿命が延びるのかも分からない。


「斬り落とせるものなんでしょうかね?」


 シルアに訊き返されるが私にもよく分からない。

 とはいえ、胴体よりは首の方が鱗は薄いはずだ。


「さあ」


 言うが早いか私は龍に向かって駆けていく。私の姿を見た首の一つがこちらに向かって息を吐いてくる。首とは言うものの、七つある頭のうちの一つだけで虎とかの頭よりも大きい。つまり猛獣七体と戦っているようなものだが、幸い相手は侮っているのだろう、今こちらに向かってくる頭は一つだけだった。


 吐息が突風並みの威力を持っていると分かっている以上避けるしかない。私は近くの民家の屋根に飛び乗る。直後、私が立っていた辺りの地面の雑草が吹き飛ばされむき出しの茶色が広がっており、その中央にはきれいな穴が空いていた。


 私はその息吹が通り過ぎていった直後に剣を抜き、首に向かって跳躍する。

 龍は私ごときに負けるとは露思わないのだろう、その視線はわずらわしい蠅に対する程度のものだった。そして、私を一呑みにしてやろうとばかりに牙を伸ばしてくる。


 私は龍の眉間に向けて突きを繰り出す。龍の牙は空をきり、次の瞬間私の手首に鉄板でも貫いたかのような衝撃が走る。


「痛っ!」


 どうも私の突きは眉間を突いたものの貫くことは出来なかったらしい。鱗が固すぎて攻撃したこちらの方が痛いぐらいだ。剣道は当てれば勝ちだったから、こういう固い相手との戦いはよく分からない。


「ぐおおおおおおおおおおおおお」


 龍の頭は悲鳴を上げて遠のいていく。私の手首はびりびりとしびれているが、龍の眉間からは赤黒い液体が噴き出しているのが見える。一応私の攻撃は龍に何らかのダメージを与えたらしい。


 が、すぐに別の頭がこちらに向かって近づいてくる。私は急いで近くに建っていた家の影に隠れる。が、それだけでは不十分だと思い直して私は家の影で伏せる。

 直後、私のすぐ上をすさまじい熱気が通り過ぎていった。噴き出された炎により家の上半分が吹き飛んでいる。


「沖田さん、大丈夫ですか?」


 シルアが駆け寄ってくる。伏せたまま話すのは格好悪いとは思ったが、身を起こすのも怖いのでそのまま答える。


「うん、でもあいつ固い」

「なるほど。それなら効くかどうか分かりませんが、剣を貸してみてください」


 私が無言で剣を差し出す。シルアは身をかがめて私に近づいてくると荷物から白と緑の二枚の布を取り出す。そして普通の布と思われる方で剣の汚れをぬぐうと、緑色の布で剣を拭った。


「毒?」

「はい。私が“闇の十字架”で教わった秘伝“鬼殺し”です。山間の秘境でしかとれないとされる薬草を三日三晩煮詰めて毒性だけを抽出したものです。これが体内に入ればたとえ鬼といえども一滴で崩れ落ち、二滴で絶命すると言われています」

「ごめん、私鬼に会ったことないからいまいち凄さが分からない」

「沖田さんの半分ぐらいの強さですね」


 シルアは真顔で言った。思わず私も真顔になる。


「私はそれになんて反応すればいいの? というか鬼と比較されるのは心外なんだけど」

「じゃあ何と比較されたいですか?」

「花園を舞う蝶とか」


 シルアは鼻で笑った。不愉快である。

 シルアが剣を吹き終えると刀身が禍々しい緑に染まっている。龍を倒したら元に戻るのかちょっと不安になるが、それは後の心配だ。ちなみにシルアが毒を塗っている間、何度か私たちの上を炎が通り過ぎていった。徐々に熱が近づいてきているのが怖い。


「ただ、鬼は殺せても龍が殺せるかは分かりませんが」

「もし殺せたら今後は“龍殺し”に改名したらいいよ」


 そう言って私は家(だった建物)の物陰から飛び出す。私を探していた龍の首だったが、私の姿を見ると奇声を上げて襲い掛かってくる。そしてまたまた炎でも吐こうとしているのだろう、口を大きく開く。


 そのとき私は嫌な気配を感じた。反射的に地面に臥せる。直後、私の背筋が凍り付くような寒気に襲われる。これは恐怖から来た寒気ではなく物理的な寒気だった。

 龍の吐息が私の近くの地面に着弾して草花を凍り付かせる。よく見ると今度はさっきのとは違う頭だった。この化物は頭によって吐き出してくるものが違うのか。


 ただの風、炎、冷気。

 複数の頭が連携して攻めて来るとなれば厄介だ。冷気を通り過ぎた後に私が生きているのか確かめようとしているのか、単に食べようと思っているのか、炎の頭がこちらに近づいてくる。よく分からないがチャンスには間違いない。

 私は寝転がったまま剣を握る手に力をこめる。


 が、そんな私の殺気が伝わったのだろうか。龍の頭は咆哮を上げると突然加速して襲い掛かってくる。もしかしたら口を開けて息を吐くよりも全速力で噛みつく方が速いのかもしれない。


 次に私が見た瞬間には私の目の前には私の剣よりも長い牙が迫っていた。が、視認など必要ない。それに正確に私を狙ってくるということは私の目の前にいるということでもある。私はひたすら目の前にいる相手に突きを繰り出す。

 龍の牙が私に接触する前に私の突きは三度龍の頭をえぐった。たまらず龍は私から距離をとる。頭部からは体液があふれ出ている。そして今度は遠距離から吐息で私を仕留めようと口を開く。


 が、そこで龍は壮絶にせき込んだ。咳とともに業炎が噴き出す。これは伏せてもかわせない。私はとっさに爆風に身を任せて吹き飛ばされるようにして転がっていく。

瞬間、目の前は炎に包まれたがどうにか私は助かったらしい。


「普通に息吐いてくるよりこっちの方が手ごわいんですけど」

「でも沖田さんのおかげで鬼殺しが効くことが分かりました」


 そう言ってシルアは建物の影に姿を消す。何かやれそうな雰囲気だったけど、何をする気なんだろう。

 さて、炎の頭はそのままうなだれて行動不能になっているようだけど、代わりに別の頭が三つ同時にこちらに向く。先ほどの三連突きで接近戦は不利と察したか。まずい。さっきの炎みたいに、遠距離の広域攻撃を受ければどうしようもない。


 だが、龍が口を開けたとき、不意に真下から二本の短剣が飛来した。龍も呼吸については普通の生物と同じらしい。息を吐く前に息を吸う。そのタイミングを突いて短剣は口内に飛び込んだ。タイミング、速さともに完璧だったと言わざるを得ない。


「ぐはああ!」


 短剣を飲み込んだ龍は反撃なのか嘔吐なのか、真下に向けて稲光のようなものを吐き出す。シルアは大丈夫だろうか。

 しかし今はシルアを心配している暇はない。両隣の首が動きを止め、残った首は動揺したのか動きが鈍る。私は残っている数少ない民家の屋根を踏み台にして龍の首へ跳ぶ。


「覚悟!」


 とっさに龍は首をよじって避けようとする。目の前にあった首が消えて、私の目の前には龍の首の根本が現れる。一見すると鱗は堅そうだが、何度か近づくうちに鱗と鱗には隙間があることが見て取れた。私はその間隙を狙って突く。剣は何か堅い物にぶつかり、そしてそのまま皮膚を貫く感触があった。


 これで四つ目。

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