王都へ

 意志のおかげか、私は目を覚ます。目の上には明るくなってきた夜空。地面で倒れていたせいか体の節々が痛い。がばっと私は上半身を起こす。お、思ったより自由だ。てっきりがんじがらめに縛られているものかと思ったけど、何があったんだろう。それならまだ脱出の見込みが……と思った時だった。


「う……ここは、どこ……」


 隣でシルアも目を覚ましかけるのが目に入った。

 そうか、確かに私は薬で眠らされていたけどシルアはシルアで私の攻撃で気絶していたんだった。していたというか私がさせたんだけど。私は毒に耐性があったおかげで、間一髪でシルアと同時に目が覚めることが出来たようだ。それを把握してひとまず私は安堵する。一方、シルアは起き上がっている私を見て血の気が引いていく。


「お……沖田さんが起きた……」

「何言ってんの」

「す、すいません……」


 シルアは狼狽して私から距離をとろうとする。

 が、私はその手を掴んだ。


「ひいっ」


 何かすごく脅えられてしまっている。あんなことをしてしまった以上私が激怒すると思っているのかもしれない。

 これはやりづらいな。だから私も逆に謝り返すことにした。


「ごめん。私が悪かった。シルアを弄ぶようなことをして」

「そんな。あんなことをした私が全部悪いんです」

「いや、この世界を離れることが分かっていてシルアをその気にさせるような言動をした私が悪い。本当にごめん」


 私が頭を下げるとようやくシルアの表情に生気が戻ってくる。どうやら私が本当に怒っていないということが伝わったらしい。そしていつものような調子で言った。


「私の方が悪いに決まってるじゃないですか。常識で考えてくださいよ」

「ごめん、私あんまり常識なくて」

「沖田さんらしいですね。では、こんな私も受け入れてくれますか?」


 いいよ、と言おうとして私は悪魔に言われたことを思い出す。


「受け入れても、すぐいなくなっちゃうけど」

「はい。さっき悪魔から沖田さんが私を弄んだって聞きましたが……許してあげます。だから、私も受け入れてください」

「分かった。私はそんなシルアが好き」


 私の言葉にシルアはふう、と安心した表情になる。そして立ち上がった。


「じゃあ、行きましょうか」

「行くって、どこに?」

「そりゃ、魔物の心臓を手に入れに、ですよ」


 もしかしたら今の出来事で改心したのだろうか。私の心もふわっと軽くなる。


「そしたら私帰っちゃうけど。シルア的には手に入れない方がいいんじゃない?」


 シルアも変わりたいと思っていると言っていたし、今の体験でようやく覚悟してくれたのでは? そんな期待を込めて私は尋ねてみる。


「私が行かなかったら沖田さんが勝手に魔物を倒して帰ってしまうか、魔物に負けるかの二択じゃないですか。それだとどっちに転んでも私は困るんです。だから勝負です。私たちで共闘して、私が魔物の心臓を手に入れたら、心臓を盾に沖田さんにあんなことやこんなことをさせます。沖田さんが手に入れたら、笑って見送ります」


 ……やっぱりシルアはシルアだった。隙あらば私を振り落とそうとしてくるじゃじゃ馬のようである。いや、じゃじゃ馬なんて生易しいものではないか。

 とはいえ、何だかんだ平常運転に戻ってくれてほっとする。


「いいよ。でも、もし勝負の最中に私に危害を加えたり、勝負後に私から心臓を奪おうとしたりしたら斬るから」

「さすがに魔物に負けるのは本意ではないのでしませんよ」

「それじゃ、行こうか」

「はい」


 こうして私たちは王都に旅立った。




 道を歩き始めるとすぐに王都の方から向かってくる大勢の人々と出会った。身なりは様々で、農民や商人、町人まで混ざっていたが皆手荷物だけ持ってかなり急いでいるのが見て取れた。というか私たちは道を逆方向に進むことが出来ず、道の脇の草むらを歩くことを余儀なくされた。


「あんな化物見たことない」

「王都はもう終わりじゃ」


 人々は口々にそんなことを言う。道を埋め尽くすようにして行進する人々に話しかける気もおきず、私は道の脇で休んでいる農民を見ると声をかける。


「化物は今どこにいるの?」

「王都の北西から村を破壊しながら王都へ向かってきてるらしい! 王城と同じぐらいの大きさで九つの首を持ち、吐く息だけで家を吹き飛ばすらしい!」


 農民は唾を飛ばして手をぶんぶん振り回しながらしゃべる。首の数が増えているのは噂に尾ひれがついているのか、本当に増えているのか。


「じゃあまだ王都にはついてない?」

「どうだろう、化物の移動は気まぐれらしいからな」


 農民は首をかしげる。まあ、彼が大したことを知っているとは思えない。


「急ごう、シルア」

「でも沖田さん、龍が王都に着いてからなら王都の人々も迎撃に協力してくれるかもしれませんよ」

「そんなことしたら王都に被害が出るでしょ」

「でも倒すのに失敗したらより被害が出ますよ?」

「うーん、それは気が咎めるけどそこは絶対倒すっていう気持ちで行くしかないんじゃないかな」


 それに、共闘相手がいると私が心臓を手に入れられなくなってしまうかもしれない。他の人にとられる可能性もあるし、魔法などで遺体を粉々にされることもある。

 すると私の言葉にシルアははあっとため息をついた。


「困りましたね、王都の人々と一緒に戦う感じなら戦いのどさくさに紛れて心臓を手に入れやすいかと思ったんですけど」

「そういう正直なところ、本当に好きだよ」


 そうは言いつつも、シルアは私の安全を気遣ってその提案をしてくれたのではないか、という気が何となくした。


「そんなこと言われたらやっぱり手に入れたくなってしまいます」

「じゃあせいぜい頑張って」

「もう」

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