取引
話は少し前に遡る。
カイラの祖母を助けた日の夜、私は夢で悪魔と話していた。
「ちょっと、あの桜ちゃんの偽物は悪趣味じゃない!?」
「悪魔っていうのは最初から最後まで悪趣味なものだよ。むしろ本物じゃなかったことに感謝して欲しいね」
私の詰問に対して悪魔は嬉しそうにするだけである。
これ以上言っても喜ばせるだけだろう、と思った私は仕方なく沈黙する。それに確かに本物だったら私は詰んでいたと言っても過言ではない。
「でもまあ、強さまでは真似出来なかったのが悔しいなあ」
その言い方が、「次はもっと頑張って作ろう」とでも言っているかのようで私は一層嫌な気分になる。
「それより、ついに殺気で人を害するとは。確かに老女の言う通り、そなたは悪鬼のようだ」
悪魔はカイラの祖母の声をまねておかしそうに笑っていた。煽っていると分かっていても腹が立つ。
「ちょっと、それ気にしてるんだけど。私はただの可憐な女子高生だったはずなのに」
「可憐なやつはあんなに殺気は出さないって」
「にしても一体なぜ?」
すると悪魔は少しだけ真面目な表情になって答えてくれる。
「おそらくだが、緊張すると体調を崩すことがあるだろう? あの老女は年齢のせいで体が弱っていた。そこに強烈な殺気を浴びせられて極度の負荷を受けた状態になった。血を吐いたのはそういう病にかかっていたからだろう」
「なるほど」
医学に詳しくない私にはそれが正しいのかは何とも言えないけど、実感がわく話ではあった。気分がいい時は体調がいいような気がするし、悪い知らせを聞くと急に咳が出るというのはよくあることだった。
「ところで、助けた祖母はどうする気だね? もしカイラと二人で逃がすならそれは見殺しにするのと変わらないと思わないかい?」
確かに老いた祖母を助けながら逃げるというのは骨が折れる。もしかしたらカイラにも追手が向けられるかもしれない。
だとすればここまで事態に首を突っ込んでしまった者の責任として何とかしなければならない。一生カイラの護衛をするというのは無理だから、追手の方をどうにかしなければならない。それに“闇の十字架”総帥のレーリア(カイラから聞いた)という人物は実を持っている。
「うん。“闇の十字架”の頭を潰そうと思う」
「ほう。さすが悪鬼のごとき沖田さんは考えることがえげつないな」
悪魔は気持ちの悪い笑みを浮かべながら言った。
「だからそれやめてってば。大体その人が実を持ってるんだから仕方ないでしょ」
「そうだね、悪鬼のごとく頑張ってくれたまえ」
こうして私は不快な気持ちで目を覚ましたのだった。
その後私はカイラから彼女の知っている組織の情報を聞いた。
デインの街周辺に組織の資金が集められていると聞いた私は慌ててデインに向かった。デインは王国領になって比較的日が浅いので、反乱を起こすのにはもってこいの地だ。残念ながらカイラもシルアもレーリアの居場所は知らない。だとしたら知っている者を探すしかない。
そういう訳で私はデイン代官の近くで警備兵としてもぐりこみ様子をうかがっていた。そこにガイウスという男が襲撃をかけてきたので話を聞くべく飛び出したという訳である。
「お前、なぜ邪魔をする。その者は民を困窮に陥れて私腹を肥やした極悪人だぞ」
ガイウスは髪を逆立てんばかりに激高する。短いながらも代官の側にいた私は彼の怒りを至極もっともだと思った。
オズワルドは護衛の約束を引き受けたから守ったし、彼のやっていることは倫理的には悪であるが法的には悪ではなかった。しかしこの代官がやっていることはどのような点から見ても悪である。反乱軍に殺されるのもやむなしといったところだった。
「取引をしよう。私はここから素直に立ち去る。その代わり、あなたは総帥レーリアのことを私に教える」
「何だと!?」
想定外の答えだったようで、ガイウスは絶句する。ちなみに代官の方も私に守ってもらえると思っていたのか絶句している。
私はのそのそとその場を離脱しようとする代官の腕をがっしりと掴む。すると彼は私を見て哀願するように言った。
「待て、助けてくれ、金ならいくらでも払うから……」
「ちょっとちょっと、あなたが民を困窮に陥れて私腹を肥やしたお金を私がもらっちゃったら私までこの人たちに狙われるじゃない」
「何が目的だ?」
ガイウスが私を睨みつける。
「色々あって私の知り合いが組織をやめたいって。でも、すんなりとはいかなさそうだから総帥に直談判に行こうかと」
ガイウスは私の言葉を聞いて首をひねる。突拍子もなさすぎて真偽を疑っているのだろう。第一、知り合いが組織をやめるってだけでそこまでする理由がない。普通は。さすがに実を奪うとかまで言うと応じてくれないかもなのでそこまでは言わないけど。
「信じられないっていうのは分かる。でもこれだけは事実。私がいる限りあなたはこいつを殺せない。でも、あなたがレーリアの居場所を教えてくれればこいつを殺せる」
いつの間にか警備の兵士たちを制圧したガイウスの仲間たちが集まってきて私(と代官)を取り囲むように並ぶ。彼らとやり合っても負ける気はしないが、私としては代官よりはガイウスという若者の方に勝ってほしいので出来ればそれはしたくない。
「誰だか知らんがやっちゃいましょう」
「そうだそうだ!」
後ろから声が上がる。しかしガイウスは落ち着いてそれを手で制した。
「いや、俺は王国を滅ぼす剣だ。こいつを確実に殺すことの方が大事だろう。教えてもいいが、こちらはもう一つ条件がある。王国の味方だけはするな」
言外に彼は組織のことなどどうでもいい、と言っているようだった。その思考はそれはそれでどうかと思うけど。私は彼らの存在が少し心配になる。確かに王国も腐敗しているけど、こういう集団が王国を滅ぼしても無秩序が生まれるだけではないか。
とはいえもうすぐ元の世界に帰る私が王国なき後のこの世界のことを心配してもどうしようもない。そもそもこのまま事態が進行しても王国が滅びるかどうかすらよく分からない。成り行きとはいえ私も闇の十字架の妨害に回ってしまっているし。
「いいよ」
実さえ手に入れば私は元の世界に戻る。約束を破ることはないだろう。
「それでレーリアの居場所だが……」
ガイウスはレーリアの居場所を耳打ちで教えてくれた。どうも自分の兵士たちにも言いたくない様子である。そんな重要な秘密を私に話してでもこいつを殺したいということだろう。そしてそんな秘密を一人だけ明かされた私に対して兵士たちは嫌悪の視線を向けてくる。
全て聞き終えた私はガイウスの目を見て念を押す。周到な隠れ家だが、事実であるという確証はない。
「もしそこにレーリアがいなかったら地の果てまでも探し出して殺すから」
私はちょっとだけ殺気を放ってみたがガイウスは動揺しなかった。
「そっちこそ王国に魂を売ったら刺し違えてでも殺してやる」
闇の十字架に対して敵対することはあるかもしれないが、王国に魂を売ることはない。
「分かった。じゃ、私はこれで」
私は代官を掴まえていた手を離すとその場を立ち去ろうとする。
が、たちまちガイウス派の兵士たちに絡まれる。
「おい、何事もなく立ち去ろうとしてんじゃねえよ」
「俺たちを侮ってるのか?」
まあ、私でも逆の立場だったら馬鹿にされたと怒るだろう。それにガイウスは王国に魂を討ったら殺すと言ったが、王国に魂を売らなかったら殺さないとは言っていない。
「全員束になってかかって来ても勝つ自信があるから侮ってるって言ったらどうする?」
そう言って私は剣を抜くと、絡んできた兵士に向かって殺気を向ける。私が目指す可憐な剣士路線からは遠ざかるが仕方ない。私が目を合わせると兵士はびくっとして一歩後ずさる。
私は次に絡んできた兵士に目を向ける。彼も目が合うと後ずさる。私たちの間に緊張が流れる。
が、すぐに緊張は断末魔の叫びによって打ち消された。
「おい、代官は討ったぞ。そんなところで油売ってないでこいつらの残党狩りだ」
「は、はい」
ガイウスの言葉に弾かれたように兵士たちは走っていく。
無用な斬り合いにならなかったことに私は安堵した。
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