レーリア

 翌日、私は王都外の平原で隠し扉を見つけた。ガイウスという男は本当に隠れ家を教えてくれたらしい。嘘をつきそうな人物には見えなかったからそこまで疑ってなかったけど、こうあっさり見つかると拍子抜けしてしまう。


 私は教えられた手順でドアをノックしてみるが、開かない。ガイウスがそこは嘘をついたのか、単に記憶違いなのかはよく分からないがここまでたどり着いてしまえば何とでもなる。私は隠し扉に向かって顔を近づけると大きく息を吸い込んで叫ぶ。


「すみませーん、ガイウスさんの紹介でレーリア様に会いに来たんですが手順を聞き違えてしまったようで入れませーん」


 うん、嘘は言ってないはずだ。言葉を飾りはしたけど。

 いきなり扉が開いて蜂の巣にされることもあるかもしれないので私はさっと扉から距離をとって待つ。中の人たちはどんな対応をするだろうか。何らかの手段で外をのぞくことが出来るなら、私が一人であることを知って警戒を緩めるのではないだろうか。


 そんなことを考えつつ待っていると、少しして扉が開き、剣を構えた男女が五人ほど出てきて素早く私を囲む。私は敵意がないことを示すためにあえて包囲される。

 私を囲んだ者たちはシルアやカイラのように訓練を積んでいるらしくいずれも隙はない。いずれも軽装だが、攻撃を受けないから鎧は不要という自信を感じる。私は極力殺気を隠し、害意がないことを示す。


「何者だ。我らは誰の紹介を受けようとレーリア様の許可がない者を招くことはない」

「ただの旅人。ちょっとレーリア様とお話がしたくてね」

「武器を捨てて両手を挙げろ」


 リーダーらしき男が低い声で言う。この世界で唯一私の私物と言える刀を手放すのは惜しいがここで逡巡を見せてはいけない。事前にこういう状況も想定していた私は男に向かって無造作に刀を放り、ゆっくりと両手を挙げた。


「こいつは魔法使いか?」


 男は傍らの女に尋ねる。そう言えばこの世界にはそういう存在がいるらしい。魔法使いなら武器を持っていなくても暴れることが出来る。女は私に向かって呪文のようなものを唱えるが首を横に振る。


 なるほど、相手が魔法使いかそうでないか判別する魔法もあるのか。武装解除して魔法も使えないことで私の戦闘力はある程度下がったという結論になったらしく、男はわずかに緊張を解いて話す。


「一応、どんな話があるのか聞いてやろう」

「闇の十字架の行く先、この国の行く先について。あと、ちょっと欲しいものがあって譲ってもらえないかと」

「……レーリア様に聞いてやる」


 私を囲んでいた者のうち一人が隠し扉へと走る。これで「殺せ」とか言われたらどうしよう、と心配していると彼は少しして戻ってくる。


「お連れするようにと」

「そうか。名は何という」

「沖田霞」

「沖田と申す者よ、妙な真似をしたら首が飛ぶと思え」


 男は私の首筋に剣を突き付けながら隠し扉の中へと案内してくれる。この世界では珍しい名前だけど特に珍しがられなかったのは、ここが色んな者たちが集まる組織であることの表れだろうか。


 ガイウスから雰囲気は聞いていたものの、実際に入ってみると思った以上に秘密基地のような雰囲気があり、私は少し浮かれる。首筋に剣が突き付けられていなかったらもう少し浮かれていたかもしれない。


「レーリア様、入ります」

「はい」


 私は五人の者に囲まれながら応接間の中へと連行するように連れられる。応接間の中は狭く、リーダー格の男と魔法を使った女だけが入ってきた。レーリアという少女は私の目と鼻の先にいる。


 殺れる、と直感させる距離だったがレーリアは武器を帯びておらず、手練れの雰囲気も感じなかった。言うなればただの可憐な美少女である。私もかくありたいものだ、としょうもないことを考えてしまう。


「突然押しかけてすみません、沖田霞というものです」

「こちらこそ手荒な歓迎ですみません。“闇の十字架”総帥のレーリアです」


 すみませんとは言うものの私の首筋に突き付けられた剣をどうにかしてくれる気配はなかった。まあ期待はしていなかったけど。


「早速ですが用件を聞きましょうか」

「はい、まずは闇の十字架は王国を倒した後どうされるのでしょうか」

「私は王国を滅ぼす剣。剣には“斬る”という意志しかありません」


 レーリアの答えはガイウスの言っていたことと完全に一致していた。

 私は心中ため息をつく。悪い人たちではないのかもしれないが、完全にテロリストだ。


「斬るのはいいよ。でも、ただ王国を滅ぼしたその後も人々は生きていく。あなた方は復讐が叶って満足だけど人々は無法状態になった世の中を生きていくことになる」

「そうですね。ですが私たちは自分が生き残ることに必死です。他人の明日を考えるほどの余裕はありません」


 レーリアの声は澄んでいて、揺るぎない決意を感じさせた。さすがに闇の組織を束ねるだけあって覚悟はなっているようだった。個人的にはこういうときに偽善的な理屈を述べてくるよりはよほど好感が持てる。


「失礼ながら御年は?」

「四十五」

「!」


 私は息を呑む。ガイウスは彼女を魔物と人間の合いの子で虚弱な体質だと言っていた。そのせいで幼い外見で止まっているが、実際は私の二倍ほどもあるのか。


「失礼しました。つまり、あなた方は王国を滅ぼした後政権をとる気はないということですね?」

「はい。それに、王国が滅びた後はしばしの間混乱が続き、まとまった統治は不可能とみています」


 まあ、彼らがテロ的な方法で王国を滅ぼせば確かにそういう状況になるだろう。仮にテロで王都が落ちても、有力貴族たちが無事なら彼らは既得権益を守ろうとするだろう。それに今は反王国ということで結束していても、忌子であるレーリアが新政権の頂点に立てば快く思わないものも多いだろう。そうなれば国内は戦国時代のような状況になるかもしれない。


 もっとも、レーリアが政権をとることが出来ない根本的な理由が他にあるということを私は直後に知ることになるのだが。


「あなた方は王国を倒すためなら自分たちの犠牲は厭わないと思っていますか?」

「もちろんです」

「その犠牲を他人に強いることも?」

「厭いません」


 この少女(年齢は少女ではないが)はすがすがしいほどに正直だった。あわよくばカイラのことを説得しようかと思っていたけど、これは無理だな。彼女は王国を倒すために最善と思われることを淡々と続けていくだろう。そして組織を強くするために脱退者を許さない、というのはこのような闇の組織においてはある程度理にかなっている。

 が、私の憮然とした表情を見てか、レーリアは言葉を足してくれる。


「もちろん、それには事情があります。私他幹部の主だった者は事情があって王国とは共存出来ない者たちです。私は特殊な出生のため、中には虐げられた人々を守るため王国の役人を斬って逃走した者もいます。そんな私たちが生きていくためには王国を倒すしかありません。王国を倒すために犠牲を厭わない、というのは聞こえが悪いですが生きるために犠牲を厭わない、というのは仕方のないことだと思いませんか?」


 なるほど。確かにそれは理に叶っている。世の中の武器を持つ多くの人間は高邁な理想のために戦っているのではなく、自分が生きるために戦っている。もちろんレーリアたちほど戦いと生死は直結していないかもしれないが、例えば兵士は戦いにより給金をもらい生活する。


「一応聞くけどここ最近抜けた二名に追手を出すのをやめてもらうことって出来ないよね?」


 答えは大体分かっているが、私はわずかな可能性にかけて質問する。

 私の問いにレーリアは微笑を浮かべる。そして私を品定めするように見つめる。


「ふむ……ただ甘いことを言いに来ただけかと思いきや、なかなか見所がありますね。あなたがあの二人の分まで私のために働いてくれると言うなら考えてみますが」

「え」


 この流れで肯定的な反応が返ってくるとは思わなかったので私は少し困惑する。自慢する訳じゃないが、確かに剣の腕だけであれば私はあの二人を合わせたよりも強いかもしれない。


「ちなみに、そうすると私はどんな感じのことをするのでしょう」

「まだ同志になっていただいてはいないので抽象的に言いますと、私が王都が大混乱するような策を立てるので、その隙に軍勢を率いて王都に突入して欲しいのです」


 確かにそういう役回りなら私はあの二人より適任かもしれない。なんか想定と違うけど、もう一押しか。


「とはいえ、もう逃げてしまったあの二人と私では釣り合わないと思わない? あの二人が逃げる前ならその交換は成立したと思うけど。それに私はあの二人が束になってかかってきても圧倒する自信があるし」


 そんな自信はなかったけど。ごめん、シルアとカイラ。駆け引きの材料に使わせてもらうために少し悪く言わせてもらうね。

 私の言葉にレーリアの表情が険しくなる。


「何が言いたいのですか?」

「私が闇の十字架に協力するなら、見返りとして王国を打倒するから生命の実が欲しいかな、みたいな」

「無理です」


 レーリアの言葉は素早かった。全く取り付く島もない。てっきり私は実がレーリアの延命用で、王国さえ倒せば不要になると思ったんだけど。シルアとカイラもテロが成功すればもはや追われる必要もないから悪くない案のつもりだったけど。


 となれば選択肢は二つ。一つはレーリアの言う通り、王国へのテロに協力して二人だけ見逃してもらうか。もう一つは、ここでレーリアを討って二人を助け、実を強奪するか。まあここに実があるとは限らないけど、探している余裕はない。


「どうしても? もちろん実は王国を滅ぼした後で構わないけど」

「それは不可能です」


 レーリアは断固として拒否した。

 そこで私は先ほどのレーリアの言葉を思い出す。私自身は自分が生きるためにどんな犠牲も厭わないとは思わない。でも、自分が生きるためにどんな犠牲も厭わないと思っている人は、私の目的のための犠牲になってもらってもいいかなと思う。


 それに王国を滅ぼすまでこの組織に付き合うとなると、元の世界の私が生きている間に実が手に入らない可能性もある。それに異世界から来た私が王国を滅ぼすのも道理に合わないし。


 私は決めた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る