第五章 シルアを救う Ⅱ
レーリアⅠ
俺の名はガイウス。かつて王国に滅ぼされた小国アルテリア王家の妾腹だ。王国の支配は盤石なようでいて、盤石故のきしみが出ていた。圧倒的な権力で役人たちは腐敗し、民の怨嗟の声が満ちている。
それでも王国が持ちこたえているのは有力諸侯に反乱の兆が見られないからである。王国にとって運のいいことに、現在有力な諸侯は保身に汲々とする者や反乱を起こすほどの決断力を持たない者ばかりだった。
だが、王国に鉄槌を下すべき存在はすでに生まれていた。
それが“闇の十字架”である。
元々俺は一人王国に背くべく兵を集めていたが、それを察知して声をかけてきた者たちがいた。それが彼らだ。彼らの理屈によると、ばらばらに事を起こすよりは皆で一斉に蜂起する方が効率がいいとのことだった。彼らはタイミングを合わせてくれるなら資金の支援もすると申し出てきた。そのようにして王国内に存在する無数の反乱分子を結び付けているという。
彼らの申し出は俺にとって利益しかなかった。それに叛乱に成功すればその後は組織を無視して独立すればいいだけの話である。だから俺は深い思い入れもなく組織と手を結んだし、組織について詳しいかと言われると実はそうでもない。
それでも一度だけ、俺は“闇の十字架”総帥のレーリアという女と会ったことがある。
レーリアの住処は当然極秘中の極秘である。レーリアと会うという話になったとき、使いの者は言った。
「レーリア様に会いに行かれるときはお一人でいらしていただかなければなりません。それはあなたを信用していないからではなく、共にいらした方が万一王国の捕虜になって“真実の喚問“に掛けられたときのためです」
“真実の喚問”というのは魔法による喚問である。王国上層部にはその者が隠している真実を暴き立てる魔法を使える者がいると聞く。だからどれだけ忠誠心が高く鋼の精神を持つ者にでもうかつに秘密を漏らすことは出来ない。
逆に言えばそれだけの重大事であるレーリアに会わせてもらえるというのは厚遇されているということでもある。
「いいだろう」
レーリアが俺を害して得することなど一つもない。それに俺はどこか組織もその総帥であるレーリアをも侮っているところがあったため、気軽に承諾した。
使いの者が帰っていくと、代わりにレーリアの側近を名乗る男が現れた。どこから見ても商家の奉公人にしか見えない完ぺきなカモフラージュを施されており、彼が案内人とのことである。
男が向かったのは意外なことに王都の近くだった。確かに王国を打倒するなら本拠は王都の近くである必要であるが。男は王都の城門付近で街道をそれると何の変哲もない野原の一点を指さした。そして丁寧にその上の土を払いのけると、中には隠し扉が現れた。男はその扉を独特のリズムでノックする。
するとかしゃりと音がしてドアは一人でに下へ落ちた。なるほど、魔法による鍵がかかっているのか。俺は男に連れられて地下のアジトへ向かう。
地下の道は細長く、這ってでないと移動できない。天井は木の板で補修されているが下は土のままだった。おそらく王都の下あたりだろう、長い道を這っていくと、急に空間が広くなりそこにはレンガで出来た部屋があった。
さすがに地下に広い施設を作ることは出来なかったのだろう、小ぢんまりとした施設は必要最低限の部屋に分かれており、俺はそのうちの一室に通された。テーブルと向い合せのソファだけの小ぢんまりとした部屋で、互いにお辞儀したら頭がぶつかってしまいそうな距離に座っていたのは透き通るような銀色の髪と白い肌の少女だった。髪には小さな赤い宝石がついた髪留めをしている。
風が吹くだけで折れてしまいそうな細い枝、だが、その先には美しい花が咲いている、そんな印象を受けた。
「あなたがレーリア……殿?」
「はい。よく来ていただけました、ガイウス殿。狭いところですがお座りください」
俺はソファに腰かける。俺は繊細なガラス細工のような美しさともろさを持つ少女を見てとあることに思い至る。
「失礼ですが、もしや出生は」
「はい。私の父に当たる生き物は人間型の魔物です」
「なんと」
魔物も千差万別で中には人間のような姿形の魔物も存在する。そのような魔物には人間の女と子を為すことが出来る者もいる。もちろん流産の可能性は高まるし、生まれても何らかの異常を持っていることがほとんどだが。
そして王国では魔物を敵視しており、魔物の子は普通の人間として生きていくことは難しかった。一瞬でも異常を見せればたちどころに迫害されるといっても過言ではない。もっとも、そもそも普通そのような子は出産に成功すること自体が稀なのでそういう問題自体があまり発生しないが。
「魔物と人間の子種は正常に交わることなく、私は虚弱体質で生まれ、母は産後に死にました。まだ赤子だった私はたまたま世捨て人の方に拾われて育てられました。王国で生きていくことのできぬ身の私は王国の外で生きていくより他ありませんでした。それでも私を拾ってくださった方は私に愛着でも湧いたのか、大事に育ててくれたのです。しかしそんな私の住んでいた地域もある日王国領になってしまいました。私が王国と共存することは出来ません。私は生まれながらにして王国を滅ぼす運命を背負っているのです」
レーリアは淡々と話す。おそらくこれまでも王国を滅ぼすべく様々な活動をしてきたのだろう、今更気負う様子もなかった。
これは幼いころに聞いた話だが、アルテリア王国にはそのような生まれの者が時折逃れてくることがあったという。俺は少しだけレーリアに親近感を抱いた。
「なるほど。しかし俺が口を割る可能性もあるのに何でわざわざ顔を合わせたんだ?」
「その質問に答える前に、あなたが王国と戦う理由と目的を聞かせていただけないでしょうか」
「理由と目的?」
変わった聞き方をする方だ。わざわざその二つを分けて聞くとは。
だが、俺の答えは簡潔である。
「理由は報復だ。俺の国は奴らに滅ぼされた。だから奴らは俺が滅ぼす。そこに目的はない」
もしこの組織に崇高な理念などがあったらどうしよう、と思ったが今更自分を偽ることは出来ない。俺の正直な答えにレーリアは静かに手を叩いた。その表情にはわずかばかりだが笑みが浮かんでいる。おそらくこれが彼女にとって精いっぱいの感情表現なのだろう。
「ありがとうございます。私たちは“反王国”の一点で集まった組織です。そのため、色んな方が集まってきます。その全てを無条件に受け入れていては私たちの志が違ったものになってしまう恐れがあります」
「どういうことだ?」
俺は少しだけ警戒しながら尋ねる。
「例えばあなたの目的が“アルテリア王国再興”だったとします。その場合、状況によっては王国と取引して国が再興される可能性があります。そうですね、例えば“独立を認めるが反王国勢力の弾圧に協力する”とか」
「!」
それを聞いて俺は背筋が凍り付く。俺はそんなことは全く考えていなかったから良かったが、もし王国を再興したいと述べていたらどうなっていただろうか。
一人で呼びつけられたのはそういうことをしないよう脅しつけられる可能性があったからか、と思って俺は寒気を覚えると同時に自分の迂闊さを呪う。
「私たちは言うなれば王国を滅ぼす剣。あなたも、より鋭利な刃になることだけを考えてください」
「は、はい」
俺は安堵と恐怖がないまぜになる。さすがに強大な力を持つ王国を滅ぼそうという組織の総帥だった。
「最後に、闇の十字架の由来をお教えします。王国は一見繁栄していますが、それは数々の十字架を背負っての繁栄にすぎません。私たちは常に王国にそれを突き付けなければなりません。王国が私たちの名を聞くたびに背負った暗い十字架を思い出して欲しい、それが私の願いです」
「なるほど」
その辺の理念の話はどうでも良かった。俺にとって王国は滅ぼすべき相手でしかなく、奴らが罪を自覚して滅ぼされようが無自覚なまま滅びようがどうでもいい。
だが、俺の後ろにいる存在が俺と同じことを思っていることを知れたのは収穫だった。こんなところまでわざわざ出向いた甲斐があったというものだ。
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