救出
それを見て私の全身から緊張が解ける。そして私は傍らで血を吐いた老女を見る。一体なぜ急に……
「まさか……殺気だけで他人を害するなど……」
「そんなことってある!?」
思わず聞き返してしまったが女はそのまま目を閉じた。確かにあのときの私は尋常でない殺気を放っていた自信はあるが、そんなことが起こるのだろうか。
しかしそれはいったん置いといて私は老女を助けなければならない。敵を斬ることよりも彼女を助けることの方が本来の目的である。
「大丈夫ですか!?」
慌てて駆け寄るが老女は静かな息をしながら気絶していた。血を吐いた以外に外傷はないが、身体は老いにより弱っているようには見える。その状況で殺気を放っていた本人である私に抱えられて逃げても大丈夫だろうか。
とはいえ、ここから逃げることが本番である。彼女が心配でもこんな敵地でゆっくりしている訳にはいかない。相手に気づかれる前に出来るだけ遠くに逃げる。それだけである。
私は街で馬を借りると申し訳ないと思いつつも老女を馬の背にくくりつけ、街道をひた駆けに駆けた。
あの場に人気はなかったから、私が斬った女が発見されるまで敵は私に気づかないということになる。最短で私のことを知らせてすぐに追手を編成したとしても、ある程度時間はかかるだろう。いくら老女をくくりつけていて全速力を出せないとはいえ、馬で飛ばしている私に後から出発して追いつくのは難しいはず。
そもそも相手は白昼堂々街道を馬で飛ばしても大丈夫な人々なのだろうか。そこまで考えて私は少しだけ緊張を緩める。追手が来るのは私たちが合流するより後だろう。
ふと老女の安らかな寝息が変化するのが聞こえた。意識を取り戻すのだろうか。もしかして私が緊張を緩めたからだろうか。さすがにそんな訳はないか。私は一応馬の速さを緩める。
「大丈夫ですか?」
「う……苦しい……ここは?」
老女はうめくように言う。馬のくらにくくりつけてしまったことについては本当に申し訳ない。
「すみません。私はあなたを救出して逃げているところです」
「そうですか……ということはあの悪鬼のごとき剣士の方ですね」
老女の言葉はぐさりと私の胸を貫いた。危うく馬から転げ落ちそうになる。彼女は褒めたつもりかもしれないが、正直年頃の少女としてはあまり嬉しくない。
「あ、悪鬼って……優雅とか華憐とかの間違えでは?」
「いや、先ほどのあなたの戦い、しかと見届けさせてもらった」
が、老女は至極真剣な表情で私に話しかけてくる。
「先ほどのあなたは暴竜のごとき迫力と強さでした。あなたのような方に助けられてカイラは幸せ者です」
暴竜も微妙なんだけど。
「カイラは幼いころに両親を失ったのによく私に孝行してくれました。あんな組織に入らされていましたが本来は心優しい娘なのです。最初は私の食い扶持を稼ぐために闇の仕事を始めたと聞いています。が、そこからエスカレートしていき……」
老女はカイラとの思い出をとつとつと語り始める。彼女にとってカイラは目に入れても痛くない可愛い孫なのだということが伝わってきた。
日本ではありえない話ではあるが、海外であれば現代でも生活のために闇の仕事に手を染める人もいるだろう。異世界であればなおさらだ。
「……そんな訳で王国へのテロ行為など彼女も望んでいるはずがなかったのです。ですから助けていただき本当にありがとうございます」
が、そこから彼女の話は思いもよらない方へと進んでいく。
「が、私という重荷がある限りカイラは一生自由には生きられません。今回は助けていただきましたが、いつまた私が奴らにさらわれないとも限りません。いくらカイラでも私を守りながら逃亡生活を送るのは大変でしょう」
「……何が言いたいんですか?」
私は会話から不穏な気配を感じる。
「私はもう死んでいたことにしてください。そうすれば彼女はこれから自由に生きられます。カイラには荷物のない人生を送って欲しいのです」
そこまで聞いて私は嫌な気持ちになった。彼女は何も分かっていない。というかこの前の神官といい、皆自分の命を犠牲にして何とかしようと思いすぎではないか。
「はあ」
「どうして呆れたようなため息を?」
「呆れたからですよ。確かにおばあちゃんは重い荷物かもしれません。カイラはこれから自由に生きられないかもしれません。でも、だからといって荷物を全て放り出せば幸せになれるかというとそういう訳ではないのですよ」
例えば今さっき私は相手が桜ちゃんの姿だったから苦戦した。だからといって桜ちゃんと出会わなかったことにすれば良かったかというと、それは全く違う。もしそうだったら私の人生から一つの色が消滅してしまう。
「それに、もしここでおばあちゃんが死んでしまえばカイラは組織への復讐という道を歩み続けるでしょう。その途中で私が救出してから死んだと分かれば私への復讐に切り替わるかもしれません。もしくは深い絶望に囚われて幽鬼のような余生を送るかもしれない。それはおばあちゃんを守ることよりも重い荷物ではないですか?」
「……」
つい口調が熱くなってしまった。私の剣幕におばあちゃんはかなり気圧されたようで、少し黙ってしまう。この世界の人たちにはもうちょっと自分の命を大事にして欲しい。
「でも、私を守っていてはカイラにも危険が……。カイラ一人なら何でもない相手でも、私がいたら……」
「分かりました。そこまで言うなら悪鬼のごとき私が助けてあげますよ」
本当はそこまでするつもりはなかった。組織を抜けたカイラが組織の追手と戦うのはどっちが悪いという訳でもなく対等な戦いだと私は思う。今回カイラを助けたのもどちらかというと一緒にいたシルアを助けるためだった。正義をなしたというよりは、仲間を助けたかったという心境である。
だから最低限しか関わるつもりはなかったけど、気が変わったのは正直に言ってしまえば組織の長が生命の実を持っているらしいからでもある。そいつを倒して実を奪えばカイラも助かるんじゃないだろうか。多分だけど。
「ありがとうございます。あの、あなたはこんなに強くて立派なお心を持つなんて一体何者なんですか?」
「ただの高校二年生の沖田霞」
馬上の老女は私の自己紹介に静かに首をかしげたのだった。
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