戦闘
が、それに対し彼女は表情を引き締めるだけで返答はなかった。
そこで私の中にある疑念が浮かび上がってくる。彼女が本当に桜ちゃんだったらどうしよう? 一応彼女が桜ちゃんじゃないと思える根拠は二つある。
一つ目は桜ちゃんは健康だったこと。彼女は最後の部活でも元気に私に挑みかかって来た。おそらく健康な人はこんな世界には来ない。
ただ、もし悪魔が違う理由で、例えば異世界で何らかのミッションを達成すれば私を助けられるとかそういう理由で桜ちゃんを誘惑していないという保証は全くない。
二つ目は彼女が桜ちゃんとしての記憶を持っていないこと。しかし悪魔が桜ちゃんから私に関する記憶を奪っていないという保証はない。相手が常識外の存在である以上、常識でその行動を予想することは出来ない。それに、あの悪魔であれば記憶を失った桜ちゃんが私を倒すのをおもしろいと思うかもしれない。
彼女が桜ちゃんではないと言い切れなくないと分かったとき、私は全身に悪寒が走った。ここで彼女を斬り殺してはならない。でも彼女が桜ちゃんである確率は高くない。というか普通に考えれば他人の空似である。かといってここで引き返せばカイラの祖母かシルアに害が及ぶ。
私は思わず敵地であることも忘れて逡巡してしまった。
が、逡巡しているのは私だけで相手は違った。
桜ちゃん、いや、彼女はすっと距離を詰めた。普段の私なら気づけたかもしれない。しかし動揺のせいか、気が付いたときにはすでに彼女は目の前にいた。
「!?」
とっさに私は剣を抜いて防御を試みる。
ガン、
が、次の瞬間息が出来なくなるほどの衝撃が全身に走り、気が付くと私は空を見上げていた。右手に愛刀が残っていることだけが不幸中の幸いだった。
これはまずい。桜ちゃんを殺すのは忍びないけど殺されるのはもっと嫌だ。そして手加減出来るほど弱くもない。私の感覚がこの世界で強化されたように、桜ちゃんの動きも元の世界よりも俊敏になっているような気がする。
次第に生存本能が理性を浸食していき、集中力が戻ってくる。私は即座に体勢を立て直して立ち上がる。私の変化を感じ取ったのか、彼女も嵩にかかって追撃することはしなかった。
ただ、剣を鞘に収めて次の一撃の機を待つ。
一瞬、お互いは静止した。
先に仕掛けたのは私だった。相手が桜ちゃんだったら本気でかからないといけない。そう思うと神経が研ぎ澄まされていく。
「せいっ」
私が間合いを縮めようとするのに合わせて相手も剣を抜く。目にも留まらぬ速さで剣が抜き放たれる。私は攻撃を放棄して愛刀でその居合を受ける。ずしり、と大岩でも落ちてきたかのような重さが剣を通じて腕にのしかかってくる。私は両足が地面にめり込むような錯覚を覚えながらその攻撃を受ける。
そしてそこで違和感を覚える。桜ちゃんの抜き打ちも凄かったが、彼女とは受けた感覚が違う。例えるなら、彼女の居合は山で、桜ちゃんの居合は風。何回も彼女と戦ってきた私にはその違いがはっきりと分かった。
つまり、彼女は悪魔が桜ちゃんに似せて作った偽物。
「私の居合を受けきるとは」
彼女の表情がわずかに変わる。鍔ぜり合いが続くものの私は彼女の剣圧に耐えた。
が、彼女が強敵であろうと逡巡から解放された以上全力を出すことが出来る。
「全く、手口が悪辣なんだから。でも、化けの皮が剥がれた以上容赦はしない」
腕にぎしぎしと重圧が伝わってくるが、私はむしろ勝機を見出していた。剣を抜いて相手を斬りさき、鞘に戻すまでが居合である。いくら力に自信があるからといって鍔ぜり合いに持ち込んだ時点で相手の不利は確定している。
私は体を浮かせると剣圧に弾き飛ばされるようにして距離をとった。すかさず彼女は剣を鞘に収めようとする。
ここだ。
「せいっ」
彼女が剣を収める方が先か。私の突きが先か。桜ちゃんと試合をしたときはよくこういう対決になったものである。そして彼女は桜ちゃんより速さにおいてはわずかに劣る。ならば私の方が速いはず!
カツン、と音がして私の突きは固いものに当たった。女は抜きかけた剣の鍔で私の突きを受けたらしい。よくそんな技を、と私は感嘆する。
が、すぐに私は剣を引く。彼女も一度鍔で受けた以上剣を戻さないといけない。
だが、もはや居合は私に通じないと踏んだのだろう、そのまま剣を抜いて私に斬りかかる。普通に撃ち合うとどのくらいの使い手なのか。間髪入れずに私は再度突きを繰り出す。
「うっ」
彼女は身を捻ってそれをかわす。わずかに剣先がかすり、ぱっと鮮血が飛び散った。それを見て私は何とも言えない気持ちになる。彼女が桜ちゃんでないのはいいのだが、動揺を除いて真剣に撃ち合ってみるとやはり一枚劣る。
そんな奴を一瞬でも桜ちゃんではないかと思ってしまったなんて、と自分の中に苛立ちが湧き上がってくる。
そんなことを考えている間も私の突きは続き、今度は彼女の右手をかすめる。
「っ」
彼女は声にならない悲鳴を上げて距離をとる。私も自分が冷静さを欠いていることに気づき一息つこうとする。格下の相手に、苛々しているせいで負けてはうまくない。
が、そこで彼女は懐から紐のようなものがついた球を取り出した。
風に乗ってふわりと硝煙のにおいが鼻腔をくすぐる。
「貴様っ」
そもそも私が勝手に剣術勝負をしている気分になっていただけで、彼女は元から闇の組織の一員だから手段を選ぶ必要はなかったのであるが、私はその行動に壮絶な怒りを覚えた。
後々思い返してみるとどう考えても身勝手ではあるのだが、剣術勝負と思っていたところで爆薬を使うなど許せることではない。
そんな私の心とは無関係に彼女は紐に火をつけてこちらに投げつけてくる。
「死ねっ!」
選択肢は二つしかない。退いて避けるか、進んで斬るか、である。
爆弾がどのようなものか分からない以上どちらが正解かは分からないが、気が付くと私は前に踏み出していた。その選択には私の怒りが関係しているのだろう。
導火線を火が伝い、彼女は爆弾を投擲するべく小さく手を動かす。一度距離をとってしまったためにわずかに間に合わない。
例え彼女に私の攻撃が命中しても爆弾が爆発すればお互い木っ端微塵だろう。
が、今更退くことも出来ない。私の突きが彼女に迫る。
そのとき、彼女の傍らで倒れていたカイラの祖母がうっと血を吐いた。それまで意識不明だったが、まるで身体のどこかを突かれたかのように。
それを見てほんの一瞬だけ私の動きが遅れて彼女の手から爆弾が離れる。爆発に巻き込まれると分かっているからか、彼女の表情は晴れない。
空中に放たれた爆弾に向かって、小さな炎が導火線を伝っていく。
そのときだった。私の剣は細い導火線を正確に両断した。小さな炎はふらふらとあらぬ方向に飛んでいき、爆弾はそのまま地面に落下する。
さすがの私でも導火線を狙って寸断することは出来ない。一歩間違えれば爆弾を両断してドカン、だった(爆弾を剣で斬って爆発するかは分からないが)ことを考えるとかなり危険だった。
「もらったっ!」
まぐれではあるが爆弾は無力化した。
私の突きはそのままの勢いで彼女の胸を貫く。
「ぐはっ」
致命傷を受けた彼女は血を吐いて倒れた。
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