救出へ
翌日、眠れなかったらしいシルアがようやく眠りにつくのを待って私は宿を出た。彼女と話をしていたら悪魔に祖母の場所を教えてもらったことを隠していることを変に思われてしまうかもしれない。
途中で宿に向かっていたカイラと出会った。出会ったというよりは隠密していた彼女を私が無理やり見つけただけだけど。
「結局、私が一人でおばあちゃんを見つけてくることになったから、シルアに手を出すのは待っといてね」
「いやいや、そんなこと出来る訳」
カイラは口をぱくぱくさせて反論しようとする。
私はそんなカイラの口を指でふさぐ。
「お願い、三日だけちょうだい」
「でも」
「嫌だと言うならあなたを縛り付けて三日待ってもらってもいいんだけど」
それを言われるとカイラは沈黙した。そう、残念ながら彼女では私に勝てない。カイラは何か言いたげに私を睨みつけるが、結局言葉は発されなかった。闇の組織で生きてきただけあって、実力差こそが全てと思っているのかもしれない。何であれ、それで相手が引き下がってくれるのなら私は構わない。
カイラを信用する訳ではないが、カイラがシルアを連れ戻しても私がカイラの祖母を攫ってしまえばカイラは組織に戻れない。だからカイラは私の行動の結果を待ってからでないと動くことは出来ない。
それから一日ほど歩いて私は王都郊外にやってきた。三日とは言ったものの、片道一日と考えれば実質一日である。王都に着くころには日も暮れていた。私は王都と聞いて東京のような大都会を想像していたが、端っこの方は廃墟が広がっており、栄えているのは一部の地域だけのようだった。
中央には日本の城とは違った風情の、ファンタジーゲームで出てくるような城がそびえたっていたがその雰囲気はどことなく暗い。王国の衰退の道を象徴しているかのようである。
さて、私が探している廃屋はそんな廃墟の中にあるのだが、問題は今行くか夜明けを待つかである。いつ気づかれるか分からない以上早い方がいいというのが一般論だが、今救出すれば一日かかる道を老女と一緒に引き返すことになる。一日かけて旅してきた以上それは体力に不安が残る。
逃げるのには夜の方が都合がいいような気もするが、逆に逃げる私を闇討ちするのも夜の方が都合がいいとも言える。
色々考えた末、私は白昼堂々街道を歩いて帰ることにした。どうせ、老女を連れていたら迅速な逃亡や隠密は難しい。だったら人通りを利用して身を護る方がやりやすいだろう。
そんな訳で、その晩私は普通に王都の宿で寝泊まりした。王都の宿は高かったが今の私の懐は温かい。お金があるついでにちょっとおいしいお酒をいただいたりもした。どうせ日本には持ち帰れないお金だからある程度は使っていかないともったいないというところはある。そんな訳で私は異世界でしか食べられないおいしいご飯を堪能した。
翌朝。私は早起きすると宿を出て、一人の物乞いをしている少年を道案内に雇った。そして目的の廃墟へと向かっていく。廃墟だけあって人気はほとんどない。時々、家を失ったと思われる者が廃墟で雨風をしのいでいるのを見かけるぐらいだ。私は目的地に近づくと少年を置いて、一人で家に向かう。
すると、そこには廃墟に似つかわしくない踊り子のような服装の女がいた。彼女は傍らで眠る老女の喉元に剣を突きつけている。
……これは。
「……まさか本当に来るとはね。カイラ、あなたを追手に出すのに人質に何も警戒していないと思った?」
彼女はこちらを向きながら呆れたように言う。
もしかして察知されていた? それとも悪魔の罠?
だが、その割には私に対してカイラと呼び掛けている。
「ってあなたは誰? もしかしてカイラの変装!?」
が、女は私の姿を見て急に困惑する。カイラ以外の者がここに現れるとは思っていなかったらしい。なるほど、ということは単にカイラを追手に出すにあたって人質の警備を強化していたら警戒網に私が引っかかっただけということか。写真がない世界だとぱっと見で私がカイラかどうかは分からなかったのだろう。
それよりも私は彼女の顔に見とれてしまう。ここが異世界である以上彼女とは初対面のはずである。
が、彼女の容姿は驚くほど桜ちゃんに酷似していた。桜ちゃん、もといこの女は左手の剣をゆっくりと鞘に戻す。私がカイラでないと分かった以上人質にそこまでの価値はないと判断したのだろうか。だとしたらそれは好都合ではあるが、別の問題がある。
左手を剣の柄にかけて少し腰を沈めたその体勢が桜ちゃんそのものであることである。
「桜ちゃん?」
私は思わず口に出してしまう。
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