生意気だけど可愛い女の子

 私は肩を揺さぶる激しい手の動きにより目を覚ました。


「眠い……」


 目を開くと傍らにはいつになく神妙な表情のシルアが座っていて、私の肩をゆすっていた。でも何で起こされたんだろう。殺気や第三者の気配は感じない。シルアとはあんなことがあった後なのでそのまま同じ部屋で寝ていた。

 ちなみに窓の外を見たが真っ暗で、私が寝過ごしたということでもなかった。


「どうしたの?」

「すみません。でも、ちょっとしておかなければならない話がありまして」

「聞こうか」


 私は眠い目をこすりつつ姿勢を正す。するとシルアは親切にも温かいお茶を差し出してくれた。一口飲むと体の中に暖かさが伝わり、眠かった私の意識が覚醒していく。


「ときに、沖田さんは私が何で沖田さんと行動を共にしていると思ってます?」

「最初は変な人だなって思ってたけど……」


 そこで私はふと気づく。シルアは常々組織を抜けたいと思っていた。私と出会ったときすでにシルアが組織を抜けていたのか、私と出会った瞬間に抜けることを決めたのかは分からない。シルアは組織に人質をとられている様子はない。

 もしあったらカイラも真っ先にそのことに言及しているだろうから、組織を抜ける抑止力は“抜けたら追手を出す”ということだろう。


 そして私と行動を共にする理由は私への好意や尊敬以外に何かありそうな雰囲気もあった。

 しかし一体私に何をさせるつもりだったのだろう。


「もしかして、最初から私を巻き込むつもりだったの?」

「ご明察です。私たちの組織“闇の十字架”は王国の圧政に立ち向かうために結成された組織です。私やカイラは素質があったため戦闘員として訓練されて様々なことをさせられました。多分、私は一般人よりはそういうことに鈍感だとは思うんですがそれでも裏の仕事ばかりさせられていると嫌な気持ちにはなってくるんです」


 確かにシルアは隠密や毒の扱いなど、カタギではなさそうな技術に通じているところがあった。また、盗みや殺しを厭わない価値観もそうだ。彼女はどちらかというと露悪的な人物だったが、だからといって心の中では思うことがあったようだ。


「あの日もそうでした。魔物召喚の供物として生命の実を必要としていた組織はあの村に実があることを掴むと私を派遣しました。私も悪徳役人を討つとかなら気持ちよくやりますが、こそ泥のような真似はいい気がしませんでした。そんな鬱屈した気持ちが重なっているところであなたと出会ったんです」

「それは……ごめん」


 私が実を手に入れたせいで組織に戻れなくなった。そういうことかと思った私は自分の判断を悪いとは思っていなかったけど一応謝る。

 が、シルアは首をぶんぶんと振る。


「何謝ってるんですか。謝るのは私ですよ。あのとき私は思ったんです。“この人なら私を守ってくれる”と」

「!?」


 私は咄嗟に彼女の言っている意味が分からなかった。


「あの鮮やかな剣技なら並大抵の追手も斬り伏せられるし、他人のために貴重な生命の実を惜しげもなく譲る優しさ。あなたなら組織の追手から私を守ってくれる。私はあのときそう考えたんです」

「なるほど」


 そう考えるとシルアの行動は辻褄が合う。シルアは色々言いつつも基本的には私についてきたし、返済は迫ってくるもののお金も貸してくれた。それは私の性格から判断して、同行している時に襲われれば私がシルアを守ると確信があったからだろう。


 さて、それは分かったがわざわざそれを私に自白したシルアの意図は何だろう。今シルアが言っていたことは私が少し想像を巡らせれば思いつくかもしれないことでもあったとはいえ、わざわざ口にするメリットは思い当たらない。


「私は結局自分が大事なので今の話をしゃべっても、じゃあ罪悪感があるので沖田さんにこれ以上迷惑をかけないために素直にカイラについていく、とは言いません。正直、助けて欲しいです」

「シルアらしいね」


「そうですけど、そう言われても嬉しくないです。今打ち明けたのは、黙ってても勘づかれるかもしれないし、それだったら自分から話した方がまだ心証がいいかなと思ったからです。そのうえで、沖田さんはそんな私のために自分の身を危険に晒してカイラの祖母を助けに行くんですか? 私に幻滅して見捨てることも出来ますよ」


 シルアにも罪悪感はあるのだろう、その口調からはそこはかとなく私に対する申し訳なさが読み取れた。

 でもシルアは罪悪感で私にそう言ったのではない。罪悪感があるからと言ってそれが主要な行動原理になるとは限らない。


「でも、シルアは私がそう言っても行動を変えないっていう確信があって言ってるんでしょ?」

「確信というほどのものではないですよ。ただ、そうであって欲しいとは思っています。もっとも、こんな私がそんなことを言う資格があるとは思えませんが」


 シルアは視線をそらす。シルアの行動は私から見ても罪悪感を抱くべき行動だとは思う。ただ、私は私で何か大層な信念があって善行をしているという訳ではない。

 どちらかというと、単にそうすると自分が納得する、ああすると自分が嫌になる、というだけの基準で行動を決めている。だからそれに対して罪悪感を抱かれると少しだけ気持ち悪い。


「シルアの罪悪感を減らすためにたとえ話をしてあげる。例えば他人に金貨一枚あげるのは親切なことだ。渡す方は金貨一枚分、身を切ってる訳だから。でも、金貨を一枚しか持っていない農民が金貨一枚渡すのと、金貨を百枚持ってる大商人が金貨一枚渡すのは同じ親切じゃないんだよ。貧乏な農民の金貨一枚の方が百倍重い」

「何が言いたいんですか?」


 唐突なたとえ話にシルアは怪訝な顔をする。


「私はこの世界で最強の剣士だからシルアを護るのは大して親切でもないってことだよ」


 言っていて顔から炎が出そうになるぐらい恥ずかしい台詞だった。

 共感性羞恥のせいか、すぐにシルアの顔も真っ赤になったが、やがて溜め息をつく。


「はあ、相変わらずお人好しですね。金貨百枚持ってる人でも金貨百枚払うのは結構な親切だと思うんですけどね」

「だから、私は金貨千枚ぐらい持ってるってば」

「はいはい分かりました。じゃ、私はカイラと酒場で積もる話でもしながら待ってるのでさくっと奪還してきてください」


「そうそう、シルアはそうじゃないと」

「もう、私を何だと思ってるんですか」

「何って……ちょっと生意気だけど可愛い女の子だけど」

「……っ」


 私の口からはつい軽口が飛び出してしまう。でも、いつもなら文句の一つでも言ってきそうなシルアが沈黙してしまって少し調子が狂う。もっと「そうでしょう」みたいな返しを期待してたんだけど。

 そこで私は眠気を思い出し、会話が途切れたところで私は再び横になった。

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