第四章 シルアを救う Ⅰ

カイラ

 その後、私たちは引き続き王都に向けて旅を続けていた。

 そんなある日の深夜、私は突然目を覚ました。強い殺気。私は思わず枕元にあった刀を手に取る。ここは宿の中、部屋の中には私一人。やはりこの世界に来てから感覚は鋭敏になったような気がする。


 しかし次の瞬間、カチャリと音がして部屋のドアが開く。もちろんドアには鍵がかかっていた。私は窓を開けて星明りを入れると剣を抜いて侵入者を見据えた。

 星明りでかすかに見えた侵入者はシルアと同じぐらいの年の少女だった。手には鎖鎌を構えているが、私が剣を抜いているのを見ると殺気が薄くなる。ぱっと見ただけだが並の使い手ではなさそうだ。


「気づかれたか」


 彼女は少し面倒くさそうに言う。


「何者? 私を殺して何の得があるって言うの?」


 この世界には知り合いはいないし、お金も持っていない。全く殺される心当たりはなかった。私の言葉に人影ははあっ、と面倒くさそうにため息をついた。


「私はシルアを連れ戻しに来た」

「シルアを連れ戻す?」


 考えてみれば私はシルアの出自をよく知らなかった。どうも盗賊か何かのようだとは思っていたけど、それも本当かはよく分からない。私も出自を詮索されても困るから特に追及しなかったけど、剣の腕や明らかにカタギではなさそうな知識に通じていることから、それなりの過去があってもおかしくない。むしろ絶対に訳アリではあると思ってはいた。

 私が困惑しているのを見て今度は刺客が困惑する。


「あなた、何も知らずにシルアと行動を共にしてるの?」

「そうだけど」

「え、ちなみにシルアのことは何だと思ってた訳?」

「やたら腕が立つ私に懐いてる謎の人?」

「嘘、信じられない」


 私の雑な答えに彼女は頭を抱える。気持ちは分かるけど私も大概訳アリだし、大体いきなり部屋に侵入した相手と雑談しているあなたも大概だと思うけど。


「あーあ、連れの相手をさっさと討てばシルアも大人しく戻ってきてくれると思ったんだけど、失敗しちゃったしな」


 女は心底困ったと言うように頭をかく。いや、そんな堂々と「さっさと討てばとか」私に言われても。

 しかし今の彼女からは殺気を感じないので、私を討つのはとりあえず諦めたのだろうか。


「戻るって、何かの組織にいたの?」

「まあそんなところ。他人には言えない闇の組織だけどね」


 闇の組織ではないけど似たような光景を違う立場から見たことがあったような、と私はふと思う。


「ねえ、相談なんだけどあなたはシルアとは身の上話をしないぐらいには親しくない関係だった訳でしょ? 私がシルアを連れていくのに協力してくれない? お金なら出すけど」


 唐突に女がそんな提案をしてくる。うーん困った。シルアが逃げてきたということは本人はその組織に居たくないんだろうけど。でも、ちょっと何とも言えなさすぎるな。


「戻ったらシルアはどうなるの?」

「素直に戻ってくれたら私はまた一緒に組んで仕事をしたいって思ってる」


 彼女の言葉を聞く限り彼女自身はシルアに好意を抱いているようだ。見た感じ、刺客とかではないように思える。そもそもシルアを殺すつもりなら私ではなくシルアの部屋に侵入しているだろうし。


「ちなみにどんな組織なの?」

「腐敗した貴族たちが圧政を敷く王国を倒そうって言う正義の組織」


 彼女は自嘲するような笑みを浮かべて言う。真面目な顔でそのような紹介をするほどには本心ではそう思っていないのだろう。もしかしたら、世間ではテロリストと呼ばれるような類の組織かもしれない。


「なるほど。そういうことならシルアを説得するのを手伝ってあげる。じゃ、一緒に行こうか」


 まだ私はどうすべきかよく分からなかったが、シルアを交えて三人で話せばもっと組織のことが分かるだろう。その方が、後悔のない判断が下せるはずだ、という打算はあった。判断をするにしても可能な限り情報を集めてからにしたい。少なくとも、ここで何も知らずにこの追手と戦ったり、シルアを突き出したりはしたくない。


「それはありがとう。ところで、シルアに縄をかけてから話す方が素直になってくれると思うんだけど、どうかな?」


 シルアと言い彼女と言い、恐ろしい人物ばかりである。さすが”正義”の組織。やり方が物騒だ。


「さすがにそれはだめかな」


 短いとはいえ一緒に旅していた娘にそんな仕打ちはさすがに出来ない。追手は落胆したようだったが、それ以上何かを要求して通るとも思えなかったのだろう、諦めたようだった。


 私たちがシルアの部屋に入ると、シルアも私と同じように窓を開けて剣を構えていた。さすがに感覚は鋭い。

 シルアは彼女の顔を見ると一瞬驚いたが、どこかで予期していたのか元の表情に戻る。


「なんだ、沖田さんとカイラじゃない。こんな夜中に何の用?」


 シルアははあっと息を吐くが構えた剣を降ろす気配はない。

 何の用? と聞きつつも事情は察している雰囲気だ。


「シルア、戻って来てよ。今ならまた昔みたいに一緒に組めるよ」

「私別に好きで王国転覆活動してた訳じゃないんだよね」

「やっぱりテロ組織なの?」

「はい、私たちは王国に不満を持つ者を集めてテロや反乱分子の支援などを行ってきました」


 王制。イギリスやフランスはそういう政治体系だと聞いたことはあるけど、詳しくはどんな感じなのかよく分からない。シルアの言葉を聞いたカイラは露骨に嫌な顔をする。


「ちょっとシルア、そうやって部外者に組織のことを教えて一蓮托生みたいにするのやめて欲しいんだけど」


 確かに、私が組織のことを知ってしまえば私も組織に追われるようになり、シルアを見捨てることが出来なくなる。つまりシルアは無理やり私に秘密を共有して仲間にしようとしているのだ。

 仕方ないので私はこれ以上組織の情報を暴露される前に口を開くことにする。


「でもシルア、私は何にも分からない他人だけど、ここでこの追手の娘を斬って逃げたいほどシルアは組織に戻りたくないのかな。私はどんなところか分からないけど、彼女がシルアを案じているのは本当に思えるし、彼女に免じて戻ってもいいんじゃない?」


「沖田さん、何でそんなにカイラの肩を持つんですか?」

「肩を持つというよりはお互い仲悪くなさそうな二人に争って欲しくないってだけ。それに、私組織のこと何も知らないし。まあカイラさんには暗殺されそうになったからそういう組織とは思うけど」

「あはは……」


 カイラは笑ってごまかそうとするが本当は笑ってすむことではない。


「でも、やっぱり私いつまでもあんなテロ活動をしていたくはない。王国が悪いのは分かるけど、何をしてもいいって訳じゃない。そもそもそういうのが良くないって私に教えてくれたのは沖田さんでしょう?」


 シルアは毅然と言い放つ。


「確かに……」


 そう言われてしまうと私は何も言い返せない。おそらく、それまで犯罪まがいの行為をしていたシルアの良心を刺激したのが私の行動だったのだろう。


「まあ、あんまりいいことではないかもしれない。でも、そこを飲み込んで一緒に来てくれないかな。これは泣き落としだから」

「困ったな、単に強い追手だったら何人来ても私と沖田さんで返り討ちにする予定だったんだけど」


 勝手に私を予定に組み込まないで欲しい。いきなり襲い掛かってくるような相手なら多分そうしていたけど。


「私たちと一緒に来るっていうのは? 私と沖田さんといれば、どんな追手が来ても返り討ちに出来ると思うけど」

「だから私を当然のように頭数に入れないで欲しいんだけど」


 私は実を手に入れたら帰るから。

 が、カイラは私の言葉を無視してシルアとの話を続ける。


「シルア、私が何の手綱もなく派遣されてきたと思ってる?」


 カイラの声は少し冷たかった。非合法な組織から逃げていった人の友達を追手にすれば一緒にいなくなる可能性がある。そうならないようにするために人質をとっているということか。

 そんなカイラの言葉を聞いてシルアはうんざりした顔をする。


「だから、組織のそういうところが嫌いなんだってば。また病弱な祖母を人質にとったんでしょ?」

「残念だけど、好き嫌いだけじゃどうにもならないって」


 二人の話は平行線のようだった。しかし話せば話すほど彼女を斬りたくなくなってしまう。話を聞く限りカイラの方も組織が好きで所属していたいという訳ではないだろうし。


 ただ、連れ帰れと言われた以上シルアを連れ帰らないといけないし、一人でいるよりはシルアと一緒にいた方がいいのだろう。

 このままではどちらが先に折れるかの我慢比べになってしまう。


 とはいえ人質がいるならカイラは折れることは不可能だろうし、シルアも私を勘定に入れて強気になっている。それにはいそうですかとシルアをテロ組織に連れ戻す手伝いをするのも寝覚めが悪い。

 聞いている私は面倒になってきた。


「分かった分かった、私がカイラのおばあちゃんを取り返してくるよ、それでいいでしょ?」

「え……ちょっと何言ってるんですか。そんな簡単に取り返せるなら苦労しないし、途中でばれたら本当に殺されますよ。あ、沖田さんが、じゃなくておばあちゃんが、です」

「私はただの通りすがりの人。カイラともシルアとも何の関係もなく私は組織を襲う。それでいいかな」

「いや……何も良くないですし。失敗したらどうするんですか」


 シルアが呆れた目でこちらを見る。


「そしたら、そのときに二人で決着をつけてよ」


 私の言葉に二人は静まり返る。何せ自分たちの問題だと思っていたところに、部外者である私が唐突に話の中心に躍り出てきたからだ。


 普通に考えてそんな簡単に祖母が奪還出来るものではないし、私の言ってることはふざけているように聞こえるだろう。私は詳しい事情を知らないのでなおさらだ。でもそれで失敗して一番困るのは私だ。何せ多分死ぬのだから。だから二人とも私が何を考えているのかよく分からない、といった様子である。


 でも、私の考えていることは単純だったりする。現状私にとれる選択肢はカイラを追い返してシルアと逃げる(高確率でカイラは無事ですまない)か、シルアを強引に連れていくことしかない。後者の場合、どこかでシルアが気持ちに折り合いをつけてくれないと再びシルアが脱出するだけである。


 となれば問題を解決するにはカイラも組織から抜けてもらうしかない。カイラの人質を見つけることはかなり困難を伴うが、幸い私には悪魔という心強い知り合い(?)もいる。彼に祖母の場所を教えてもらおう。私は勝手にそう決めた。

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