金策

 その夜。


「沖田さん……このペースでやってたら金貨三十枚集めることには、実の値段金貨百枚ぐらいになってますよ」

「むしろそれまで売れ残ってるといいけど」


 私たちは疲労困憊して山の中をアレク村に向かって歩いていた。しかも熊の死骸を引きずりながら。今日は一日中山の中を歩き回り、かろうじて遭遇した熊は一頭だけだった。それも夕方ごろにかなり山の奥に入ってやっと見つけた熊だ。


 私は熊が強いから金貨分の価値があるのかと思っていたけど、どうもそれだけではないらしい。まあ、強いのは強かったけど、どちらかというと純粋に数が少ないからだろう。


 そして、持って帰る熊の死体が重い。私もシルアも専門家じゃないから熊の解体とか出来ない。山中を駆け回った疲れと先が見えないことによる精神的な疲れに熊の重さが加わり、私たちはかなり参っていた。


「これは熊解体の専門家一人雇った方がいいかも」

「熊の専門家、いくらくらいで雇えるんですかね」

「またお金か!」


 結局何をするにしてもお金の問題が立ちはだかる。私はうんざりした。

 こうして私たちは剣を杖のようにして歩いているのだった。

 夜も更けてきてから、ようやく私たちはアレク村にたどり着いた。


 何でもない村だったが、疲れ切った私たちには天国にも見えた。これでオズワルドがいなかったらどうしよう、と心配になる。もしかしてずっと熊を引きずってオズワルドを探さなければならないのだろうか。そんなことを考えつつ、私たちは宿に向かう。ていうか宿に泊まるとき熊どうするんだろう。


 村に入り、シルアが宿をとっている間私はどうにか熊を小さく出来ないか考えていた。とはいえ考えてもどうにかなるものでもなく、何とか手足を縛ったりして扉を通れるようにする。


「じゃあシルア、手伝って」

「え、どう見ても入らないんですけど」


 熊を見て絶句するシルア。どうも扉を通れるようになったと思ったのは私だけだったらしい。シルアは私を残念な人でも見るような目で見る。


「いや、入るよ、きっと」

「無理ですって」


 そんな問答を聞きつけた宿の人や酒場で飲んでいた客も集まってくる。


「どうしたんですか?」

「うお、熊だ!」

「困りますよそんなもの持ち込まれたら」


 ついに宿の人まで出てきてしまった。それを見てシルアは私の袖を引く。


「無理ですよ、もう諦めましょう」


 ついにシルアが匙を投げる。


「おや、どうされましたか?」


 幸いというかなんというか、騒ぎを聞きつけたオズワルドが階段を下りてくる。私の顔はぱあっと明るくなる。


「オズワルドさん! ぜひ熊を買ってください!」


 私の顔が明るくなるのと対照にオズワルドの表情は驚愕に染まっていく。


「本当に狩ってきたんですか……しかもこんな夜中に渡されても……」


 そしてオズワルドの驚愕は困惑に変わっていく。そりゃそうか。

 が、すぐに何かを思いついたのか営業用の笑顔になる。どうでもいいけどこの人結構表情豊かだな。


「銀貨八枚ならいいですよ」

「う……」


 二割も値切られてしまったが嫌とは言えない。今は一刻も早く熊を手放したかったので不承不承頷く。

 オズワルドは慣れた手つきで札を取り出すと、“オズワルド購入済み”と書いて熊にぺたりと貼る。なるほど、名の知れた商人ならそうしておけば盗難の抑止力になるのか。


「銀貨八枚なら山分けで四枚ずつですね。そこから沖田さんの借金と今日の宿代を清算すると……はい、どうぞ」


 シルアが私に銀貨を一枚渡す。


「何これ」

「何って、沖田さんの取り分ですよ」


 そんな当然のように言われても。ちなみに宿の支払いとかは任せきりにしていたので、いくらだったのかよく分からないのでこの分け前が正しいのか確かめようがない。もっとも、今の私にとっては銀貨一枚も二枚も大して変わらないけど。


「生きていくのって大変だね」


 私は世知辛い感想をもらす。シルアは何をいまさら、と言いたげだったが口には出さないでくれた。私は銀貨一枚、シルアは銀貨七枚を持って宿の部屋へと戻った。その晩、色んな意味で疲れた私は吸い込まれるように眠りに落ちた。




 翌朝、私とシルアは宿の酒場で朝食を食べていた。今回はちゃんと自費で出した朝食なので今までより少しおいしかった。財布の中身はさみしいけれど。


「ところで沖田さん、今日も山に入るんですか?」


 シルアがとても嫌そうな顔で聞いてくる。

 あるよね、質問の形をとってるけど相手に決まった答えを求めてることって。だけど私はシルアの圧力には屈しなかった。人にはどんなに困難と分かっていてもやらなければならないことがある。


「それしか方法はないから。嫌なら来なくてもいいよ?」

「ついて行きますよ、沖田さんが行くなら、地の果てまでも……」


 シルアはげんなりとした表情で答える。その台詞をそんなやる気なさげに言う人を初めて見た。逆にそんなに嫌なのについてくるシルアもすごいけど。

 そんな風に私たちが朝からテンション低くなっていると、宿の外からオズワルドが戻ってきた。確か私たちが朝食を食べ始めるのと入れ違いに出ていったはずだ。商人の朝は早いなと思っていたけどどうしたんだろうか。

 そして私たちの姿を見るとほっとした様子で声をかける。


「良かった、まだいたんですね」

「私たち? もしかしてもう熊はいらないとかですか?」

「まだ狩る気だったんですか」


 オズワルドは素で驚く。


「それもいいですが、昨日の村まで護衛をお願いしようかと。お二方それぞれ金貨一枚ずつでどうです?」

「え?」


 私は首をかしげる。最初は金貨三十枚に比べると断然安い金額ではあるが、今は金貨一枚を稼ぐ大変さを知ってしまった。

 村と村の間は熊を探しても全然見つからないし、他に危険な動物とか、あと魔物もいなかった。山の中を駆けずり回って銀貨八枚で村と村の間を歩くだけで金貨二枚。訳が分からない。

 もちろん危険が全くないとは言えないが、すでに六人も護衛がいるところに加わるのであれば熊の比ではないだろう。シルアも露骨に訝しそうにしている。


「いや、何というか宿を出たら嫌な気配を感じましてね。ただの思い過ごしだといいのですが」


 オズワルドの顔が曇る。今までもたくさんの恨みをかってそうな人物ではあるし、そういう気配には鋭いのだろうか。


「昨日もここの村長でしたっけ? その人にしこたま恨みかったんですか?」

「そうですね。それでも金貨三十五枚まで吊り上げましたが」


 オズワルドは涼しい顔で語る。すごいな。まあ私も金貨三十五枚持っていたら出すけど。日本には持っていけないし。


「いいんじゃないですか? 一日山の中を駆けずり回って金貨一枚より街道をゆっくり歩いて金貨二枚ですから」

「いえ、ですから嫌な気配が……」

「そ、それはもちろん分かってますよ」


 シルアが護衛の仕事を舐めていることが分かったが、熊相手でも何とかなった以上、ちょっと恨んでいる相手ぐらいなら大丈夫だろう、というシルアの気持ちは分かった。


「大丈夫です。私たちがどんな敵でも倒します」

「まあ、何もなければそれが一番いいんですけどね」


 オズワルドは少し不安そうに言う。しかし一回宿を出てからわざわざ戻ってきたってことはよほど不安な何かがあるってことなんだろうな。

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