襲撃
その予感は村を出て早くも的中した。明らかにこちらの様子をうかがっていると思われる人影がある。とはいえこっちをうかがっているからといって斬る訳にもいかない。相手はまだ何もしてないのだから。
「分かります?」
私がそわそわしていると、オズワルドがこちらの表情をうかがう。
「分かりますよ。ただ見られてるだけですけど」
オズワルドは荷馬車を一台曳いて移動している。そのため、私たちはオズワルドを荷馬車に入れて私が前を、シルアが後ろを歩き、左右を三人ずつの護衛で守るという布陣をとった。不穏な気配を感じつつもしばらくは何事もなく歩く。やはりこれだけ護衛がいれば数人の暴徒では手が出せないのか。
そう思っていると、道は次第に山の中に入っていった。山道は狭く、馬車が通る際に左右を護衛することは出来ないため危険だ。やむなく護衛たちは前後に振り分けられるが、嫌な気配は濃くなっていく。
「オズワルドさん、気を付けて」
「私は素人なので気を付けてもどうにもなりません」
それはそうだけど。
が、そんな嫌な気配とは裏腹に一向に敵は襲ってくる気配がない。襲うのであれば狭い山道が一番都合がいいはずだけど。もしかしたら襲おうと思ったけど護衛が増えていてしり込みしているのだろうか。可能性は否定出来ないが、その可能性に甘えることは出来ない。
「どう思う?」
しばらく歩いた後、しびれを切らした私はシルアに尋ねてみる。こういったことにはシルアの方が詳しいだろう。しかしシルアも怪訝な顔をする。
「分かりません。でも、相手の雰囲気は変わっていません。そもそも最初から襲う目的ではないのか、それとも私たちには分からない何かを待っているか……」
確かに相手が必ずしも襲う目的とは限らない。例えば、オズワルドが隠し場所から生命の実を取り出すのを待っている、とか。いや、その場合は結局襲うのか。シルアの言葉に私は改めて気を引き締める。
三時間ほど歩いたところで私たちは見晴らしのよい平地に出た。眼下には森が続いているが、遠くには村でもあるのか畑があるのが見える。やはりここは辺境の方であるようだ。小麦でも育てているのか、黄金色に見える。
「いったん昼食にしましょうか」
「はい」
オズワルドの言葉で私たちは移動を止める。馬車を止め、オズワルドは一抱えもありそうな布の包みを持って馬車から降りてくる。そして包みを置いて馬車を背に腰を下ろした。
「宿で包んでくれた弁当です。一緒に食べませんか?」
包みの中には竹の籠が入っており、ふたを開けるとたくさんのサンドイッチが現れた。今朝の朝食にも出たが、柔らかいパンで肉や野菜、卵などをはさんだものである。サンドイッチは竹の籠の中にぎっしりと詰まっており、オズワルドの分だけでなく私たち同行者の分も十分ありそうだった。
「ではありがたく相伴させていただきます」
一応私たちは護衛なのでオズワルドを囲むように半円状になって座る。オズワルドがサンドイッチを口に入れると、それを合図にしたかのように皆がサンドイッチを手に取る。やはり主人より先にご飯を食べるのははばかられるのだろう。
私も一応彼らを待ってからサンドイッチを口に入れようとする。私のは卵だ。柔らかいパンと柔らかい卵。卵はほのかに甘く味付けされている。そしてかすかな苦み。
「やられた!」
突然シルアが口の中のものを地面に吐き出す。それを見て私は反射的に口の中のものを吐き出す。
一方、最初に食べ始めたオズワルドは一つ目のサンドイッチを飲み込んでから初めてシルアの急変に気づく。
「どうしました……う」
そして突然苦しそうに腹を押さえる。
「うああああああああああああっ!」
「苦しいっ!」
それを待っていたかのように護衛たちも苦しみ出す。中には昏倒する者や倒れてのたうち回る者までいた。さっさと吐き出したシルアだけは苦痛に顔をゆがめているものの気は確かなようだ。たまたま口に入れるのが最後になった私だけは助かったらしい。
正直、私は護衛と言っても斬り合うことと敵の気配を察知することしか出来ないので搦め手には無警戒だった。だが、怪しげな気配で私たちの注意をそちらに向けて毒を盛るという作戦だったのだろう。完全にしてやられた。
「……沖田さんは大丈夫ですか?」
シルアが苦しそうに声をかけてくる。
「言われてみれば、お腹が少し痛む程度」
私もつい一口目を飲み込んでしまっていたがなぜかお腹が少しぎゅるぎゅるする程度だった。ちょっと変なものを食べたかなという程度である。
「ということは先ほどまでの気配は」
「はい。沖田さんは警戒を。私はオズワルドさんを介抱します」
言うが早いかシルアはオズワルドをうつぶせにさせると口の中に指を突っ込む。そして指をもぞもぞさせるとオズワルドはうげえ、と声を上げて胃の中のものを吐き出す。シルアは随分手馴れているようだ。
正直あれはやりたくないので周囲の警戒で良かった。
そう思ったのも束の間、山の中から武器を持った数人の人影が歩いてくるのが見える。先頭を歩いている男に見覚えがあると思ったら、例の金貨三十一枚の男だった。従えているのは似たような者たちである。大方、普段は普通に村で畑を耕しているような男たちが急遽武器を手に取ったのだろう。
「まさか君がこいつの護衛をしているとはな」
「こいつがどんな悪徳商人でも、あなたがやったのはれっきとした犯罪だから」
私は剣の柄に手をかける。が、男は何かに憑かれたかのように話し始める。その表情はこの前見た鬼気迫るものと比べると憑き物が落ちたようだ。
「気づいたんだ。こいつのやり方だと実の値段はどんどん上がり、俺たち皆が損をする。だから逆に俺たち皆が手を組めばいいと。そこで俺はアレク村の村長に手を回した。村長が毒を手配し、俺が襲う。完璧だろう? そうすればこれ以上実の値段が上がることはない。君もそんなやつに付き合うことはない」
男は自分の作戦がほとんど完全に決まったからか、得意げに語る。
ふと、オズワルドから強奪した実はどうするんだろう、と思ったけどそれを聞いても仕方がない。
「残念だけど、私は彼の護衛を引き受けた。だから彼を守るし、第一私はどんな事情があろうと強盗殺人なんて許せない」
「そうか? こいつが実を売らずに俺の妹が死んだらそれは殺人と言えるんじゃないか? だとしたら俺の行動は正当防衛だろう!」
男は声を荒げる。
「その理屈だと私がオズワルドを守らなかったら私も殺人になるんだけど」
こいつの言っていることは出発点は正しくとも結論が滅茶苦茶だ。男たちは私が意志を変えないと見て、武器を構えたままじりじりと近づいて来る。
「問題ない。そいつらは毒で死ぬからお前にはどうしようもないさ。ていうか何でお前は立ってるんだ」
男は話している間に私に毒が回ることでも期待していたのだろうか、かすかに焦りが見える。私一人相手に油断しないところとか周到に策を巡らせてくるところとか、見所がなくはない人物だけど。
「それはたまたまだけど。数人で私に勝てると思う?」
私は剣を抜くと男に向かって構える。男は少し険しい表情になる。
「うるせえ! ここまで来た以上やるしかないだろうが! やれ!」
男たちが剣や槍を振り回してこちらに向かってくる。
しかし実戦経験があるとはいえシルアに比べれば全く大したことはない。私は軽く足を踏み出すと斬りかかってきた男のうちの一人の懐に入る。
「本当はこんなことしたくないのに!」
額をつんと指でつつくと男はそのまま後ろに倒れる。
そこへ他の男の剣が迫る。
今度は軽く跳び上がると剣は私の下で空を切る。
私は下にいる男の顔面に峰を打ちおろす。先ほどの男との差が激しいが、私の指はそんなに長くないのだから仕方ない。男は悲鳴を上げて崩れ落ちる。
さらに着地した私は慌てて剣を構えようとする男に足を突き出す。足を蹴られてバランスを崩した男は無残にも転ぶ。
こうして瞬く間に三人の男が倒れた。
あいつもこれで実力差を分かってくれるといいけど。
「私は本気出してないけどまだやる? やるんなら今度は本気で斬るから」
出来れば普通の人間を斬りたくはない。だからこそ私は本気で斬ることも辞さない、という視線で男を睨みつける。それを見て私の意志の強さが伝わったのか、男の表情が変わる。
「くそ、逃げるぞ!」
男はさすがに勝てないと悟ったらしい。顔を真っ赤にして走り出した。
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