次の実
「ねえ、シルアは何で実を探してるの?」
翌朝、私たちは連れ立って街道を歩いていた。シルアは本当に私に興味を持っているらしく、特に怪しい素振りも見せなかった。
異世界の(しかも訳ありそうな)女の子と突然二人きりになって何を話していいか分からなかったので私はそんなことを尋ねた。
「私はお金のためですかね」
「何でお金が欲しいの?」
「幼いころ借金で家族が離散したからです」
「ふーん?」
シルアは細々としたことを話す気はなさそうだった。昨夜はあんなに情熱的に私に迫ってきたというのに。でもそういうのは分からなくもない。相手が恋人だとしても必ずしも自分が抱えている全てのことを話すという訳ではないのだから。
ストレートに解釈するならシルアは家が借金で離散して、それから盗みをやって生計を立てているという風に見える。
だとしたら私についてくる理由はないが、もしや私が大金を隠し持っているとでも思ったのだろうか。さすがにそんなことはないはず……うーん、分からない。
案外、本気で盗みをしている自分を変えたいと思っていて、私をそのきっかけにしようとしている、とかであるかもしれない……というかそうあって欲しい。
「それで沖田さんはなぜ実を?」
本当のことを言うか少し考えたが、特に隠す理由はなかった。
いや、彼女に同情されながら一緒に旅するのはやりづらいという気持ちはあるけど。でもシルアは私が病弱だから同情を寄せるというような、そういうたまじゃないだろう。
そう思って私は打ち明けることにする。
「実は私、こう見えて不治の病で余命わずかなんだよね」
「え」
シルアは絶句した。そりゃそうか。
「いやいや、本当にそうならあの娘に実を譲ってる場合じゃないでしょう! 何やってるんですか!」
「そうなんだけどね」
シルアは信じられない、という顔でこちらを見つめている。
理屈で言えばシルアの言うことが正しい。言うまでもなく私は自分の命が大切だ。日本に戻ってやらなければならないこともある。でも、やはりあの母娘から実を奪うのは間違っている。
もっとも、何が合っていることで何が間違っていることかなんていうのは感覚的なことだからその場になってみるまで分からないけど。
私は昔から時々「沖田さんは優しい人だね」と言われることがあるが、正直実感はない。自分にとって正しいと思うことをしていないと気持ち悪い、それだけのことだ。
「うーん、言葉では言いづらいけど、そういう性分というかそうじゃないと気持ち悪いというか」
「そうなんですね! 私は逆にどんなことをしても生きろ、他のことは全てそれからだって思ってます」
「色々あるんだね」
この世界の常識はよく分からないが、どちらかというとシルアの考えは私の考えよりも常識に近いような気もする。
「でも実が欲しいなら私と一緒にいていいの?」
「うーん、それはいったん休みにします。それに、私の望みはあくまで金なので実を売る以外にも方法はありますし。今はそれよりも沖田さんの剣と生き方をもっと見ていたいです」
「そう言われると照れるな」
今の私はこの世界の人から見ても剣が強いらしいが、いまいち実感が湧かない。
「あ、次の村が見えてきましたよ」
「良かった、今日は野宿しなくていいんだね」
「そうですね。田舎の村なら安くてもそこそこのところに泊まれますから」
「え……」
そこで私は言葉に詰まる。
「どうしたんですか?」
「いや、だって私お金持ってないから」
「何でですか……ていうかこれまでどうやって生きてきたんですか!?」
「実は私、記憶喪失で直近の記憶がなくて。昨日目を覚ましたところなんだよね。それでたまたまあの娘の家に厄介になっていたって訳」
「いやいや、そんな重いことを続けてさらっと言われても」
シルアはドン引きする。確かに本当に記憶喪失の人はこんなにあっさりしてない気もする。ただこの世界についての知識が何もないだけで。何かその辺の事情をうまく説明する方法はないだろうか、と思ったが思いつかない。
「一応育ってきた時の記憶はあるから自分が誰なのかとかは分かるし、もしかしたらあまり細かいこと考えない性格だからかも」
「道理で何か不思議な感じがするって思いましたよ。あーあ、まさか私が他人の宿代を払う日が来るなんて」
そう言ってシルアはわざとらしく嘆いてみせる。
「すみません……」
申し訳ないと思いつつお金がないのは確かなので私は甘えてしまう。
とはいえ、宿代を出してまで私と同行したがるシルアもシルアだが。
「ま、いいですけどね。私が一緒に行きたいって言ったわけですし」
次の村もとりたてて先ほどと変わることのない村だった。シルアはまっすぐに村の真ん中付近にある宿を目指す。旅慣れていて大体村のどの辺に宿があるのかすぐにわかるのだろう。
何でもない村だが街道沿いにあるからか、宿はそこそこの人で賑わっていた。
入ったところにある酒場では旅人や商人が陽気にしゃべりながら飲んでいる。ちらっと料理を見てみるとやはり日本とは全然違った。シルアが手続きをしてくれているのに申し訳ないという気持ちもあったが、私は早速聞き込みを開始する。
「すいません、つかぬことをうかがいますが生命の実ってこの辺にないですか」
「何だあ嬢ちゃん、生命の実なんてそうそうある訳ないだろ」
私が適当に選んで話しかけた旅人風のおっさんは呆れたように言う。
さすがに貴重なものらしい。悪魔はこの方角だと言っていたが、もう少し先なのだろうか。
「ですよね。でも話だけでも聞いたりしませんか?」
「ねーな」
「おや、お嬢さん生命の実を探しているのかい?」
するとおっさんと相席していた商人風の男が私の方を興味深げに見る。
「はい、そうです。何か知ってるんですか?」
「最近ここいらじゃ噂になってるんだ。生命の実を持っている商人が病人やその他実が欲しい人の間を回って値を吊り上げてるって」
えぇ、商人が持ってるのか。私はお金なんて一銭も持ってないって言うのに。それを聞いて一気に暗い気持ちになる。
「病気の母親がいるのに値を吊り上げるなんて、とか村の伝統的な祭祀にどうしても必要なのに、とか非難の嵐らしいぜ。俺も一応商人だし、金にがめつい方だとは思っているが、さすがにあそこまであからさまなことは出来ないな」
話を聞く限り相当望みは薄そうだったが、今回の実を手に入れなければ悪魔は次の手がかりをくれないだろう。
それに、もしかしたら私の剣の腕を買ってくれるかもしれない。私の剣が、生命の実に釣り合うほどの腕なのかはよく分からないけど。
「その方、なんて名前ですか?」
「オズワルド。お嬢さんもあいつから実を買うならせいぜい大金を持っていくがいい」
「あはは……」
そう言われると笑うしかない。大金どころか宿代すら出してもらっている身だ。
「あ、いたいた。沖田さん私が宿とってる間に何してるんですか」
振り向くと呆れきれ顔のシルアが立っている。
「一応実の情報集めておこうと思って。宿ありがと」
「はいはい。にしても知らない人に普通に話しかけてくなんてすごいですね」
「まあ、知らない人しかいないし」
「なるほど……それで何か分かりました?」
「一応」
そう言って私は今聞いた話をシルアに伝える。話を聞いたシルアはうーんと首をひねった。
「私は無理だと思いますけど、沖田さんがチャレンジすると言うなら私もついていきますよ」
「シルアは正直だね」
「お金稼いだら生命の実買う前に宿代返してくださいね」
「う」
思ったより現実は甘くなかった。
こうして私たちはその日はそれぞれの部屋で眠りについた。
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