その3

 ドォォォ──ン!! ガッガガッ! ギャッ! ギャリ! ギャリ! ギャリ!!


 隕石の落下にも似た激しい衝撃音のあと、耳障りな破砕音が交差点中に鳴り渡る。

 フロントに強烈な一撃を受けた陸上戦艦は、車体先端を道路に突き刺し、耕運機さながらにアスファルトを削り取っていく。後部車輪は路面から大きく浮き上がり、完全にバランスを失っていた。

「うおおお! おのれ! おのれ!」

 制御を失った陸上戦艦は激しく蛇行を繰り返し、何度も左右のガードレールにぶつかりながらようやく停止した。

 操縦席にしがみついていた羽勝木わかつきは、転げ落ちかけていた体を起こしながら、うなり声をあげる。

「小癪な真似をしおって! しかし生憎だったのう。ワシの機動要塞は無敵じゃ! そんな攻撃ではビクともせんわ。こうして……ヌウ?」

 羽勝木は不審そうに首をかしげ、レバーやペタルにそえていた手足の動きを止める。

「なんじゃ、どうなっとる? 動かんぞ? まさかあの程度で故障するわけが……」

 羽勝木が操縦機器や計器類の具合を調べ始めたとき、それまで落下地点で片ヒザをついた姿勢でじっとしていたラトヴァーがゆっくりと立ち上がった。

 防弾板の隙間から外の様子を目にした羽勝木は、甲板の上で起きている異変に気づいた。

 黄色やオレンジ色に染まった車体の一角、ラトヴァーの立っている辺りだけが、やけに緑がかっている。木の蔓や葉っぱのようなものも見え、まるで人工芝を敷いたかのようだ。

「? なんじゃあれは」

 老眼鏡を兼ねた特製ゴーグルの望遠機能をオンにし、甲板を注視した羽勝木は故障の原因を悟った。

「おのれ! そういうことか! 姑息なヤツめ!!」

 陸上戦艦の動きを止めていたのは、車体の内部に入りこんだ蔓であった。

 その奇妙な蔓は、ラトヴァーの落下地点を中心に四方八方へ広がり、わずかな隙間から車内へと侵入、シャフトやギアに絡みつき機能不全に陥れたのだ。

 蔓は現在も驚異的な速度で成長を続けていて、すでに車体前方に設置されたアーム類が動かない。巨大な陸上戦艦を外と内から浸蝕している。

 無法の限りを尽くしていた陸上戦艦を瞬く間に制圧したラトヴァーは、悠然とした足取りで羽勝木の居座る操縦席に向かってくる。

 敵が正面から近づいてくるのを見て、羽勝木はせせら笑った。動揺したようすは微塵もない。

「フフン! よもや、もう勝ったつもりではあるまいな? ワシの機動要塞を侮るなよ!」

 羽勝木が操縦席のスイッチを押すと、甲板の両脇に無作為に並んだ配管群の中から4本のロープが飛び出し、ラトヴァーを絡め取った。

「ガハハハハハ! かかりおったなバカめ!」

 ラトバーの腕や胴に絡みついたロープはクレーン車の高炭素鋼ワイヤーロープを転用したもので、錬鎔術れんようじゅつによってビニールヒモ並の柔軟性を得ているが、人力で引きちぎることは不可能であった。

「馬鹿が! 何をやっている!」

 後方で戦いの様子を見守っていた河東かとうが、双眼鏡をのぞきながら毒づく。

(何をしたか知らんが、停車させたのなら、さっさと飛んでいって羽勝木を確保すればよかったのだ。それをノコノコ近づいて罠にかかるとはっ。相手を侮って油断したか。超人とはいえしょせん素人だな)

 力に溺れた帰還民が醜態をさらすのは小気味良い光景だが、立場上、傍観しているわけにもいかない。帰還民の一味とはいえラトヴァーは味方である。

 河東はビルを振り仰ぐと、通信機を通して狙撃手たちに指示を出す。

「車両の停止を確認した。羽勝木を狙えるか? 可能なら即座に射殺して構わん。狙えそうなら、あの緑のマヌケを捕らえているロープのほうでもいいぞ。抜け出すのを手伝ってやれ」

 後半は作戦指示というより、ただの皮肉である。非常識な力で暴れまわる帰還民たちや、それをもてはやす野次馬たちへの不快感から出たものだ。

 巨大車両の暴走が止まったおかげで、河東にも皮肉を口にするだけの余裕ができたわけだが、それは言い換えれば緊張の緩みでもある。

 後日、河東はこの騒動を思い返すたび、自身の軽率な言動を恥じ猛省することになる。

「隊長! あれを!!」

「どうした? ……! なんだあれは! いったい!?」

 副官の声に振り返った河東は、陸上戦艦の甲板で燃え上がる炎を目にし絶句する。

「あ! ああー! これは! これは大変なことになったぁ! ラトヴァーが拘束されたと思った直後、なんと犯人は火を放ちました!! このままではラトヴァーが焼き殺されてしまう!!」

「ガハハハハハ! ボンサイ男の人間タイマツじゃ! まだまだガソリンはたっぷりあるぞい! 貴様を灰にしたあとは、貴様の生やした小汚い根っこもすべて焼き払ってくれるわ!!」

 ビルの屋上でリポーターが悲鳴混じりの実況を続け、陸上戦艦の羽勝木が勝利を確信して高笑いする。

 甲板の配管からはいまなおガソリンが断続的に放出され、火勢はますます勢いを増していく。

 ワイヤーで固定されたラトヴァーは身動きすることもできず、燃え上がる炎の中で緑色のプロテクターも真っ赤に赤熱している。

「全員に集合をかけろ! あのデカブツに取りついてラトヴァーを救出する! ワイヤーカッターと消火剤も用意させろ!」

 河東は副官に救援作戦の指示を出しながら、内心ではバックアップ態勢を整えていなかった自身の怠慢を悔いていた。

 他方、屋上に陣取ったマスメディアは、火だるまになったヒーローのようすを余すところなく実況している。

 ジャーナリストとしての使命感がそうさせるのか。あるいは、めったにない残忍な処刑ショーに立ち会えたことで、興奮しているだけかもしれない。

「あまりに凄惨な光景のため映像は中断しております! これは……、これはあまりに酷すぎる! 見ていられません! ラトヴァーは全身を拘束され身動きできないようです! 今から機動隊が救出に向かうようですが、とても間に合うとは思えない! ラトヴァーを包んだ炎は、まったく消える気配がなく、それどころか天をつく勢いで燃え広がり、すでに2倍ほどの大きさに……。……え? あれ? なんだ? なんかヘンな……」

 リポーターのつぶやきは、その場にいる者全員の疑念を代弁していた。

「なんだ? 何が起きてる? ……まさか、あれは……、ラトヴァーが……大きくなっているのか!?」

 河東の視線の先、陸上戦艦の甲板上に、いつの間にか身の丈10mほどの赤色の巨人が立っていた。

 炎が勢いよく燃え上がってるように見えたのは錯覚だった。

 徐々に大きくなっていく巨人の体の表面に火がまとわりついていただけで、その僅かな火も、まるで巨人の体内に吸いこまれるようにして消えてしまった。

 言うまでもなく、その巨人はラトヴァーであった。全身を覆うプロテクターは緑から赤に変化し、腕や胸周りなど全体的にボリュームアップしている。

 全身を拘束していたはずのワイヤーロープもいつの間にか千切れ飛んでおり、自由を取り戻したラトヴァーは、予想外の展開に驚き声を失う羽勝木や見物人たちをよそに、まるで何事もなかったように歩みを再開した。

「き、貴様いったい何をした! その姿はなんじゃ!? よもや火をエネルギーにしているとでもいうのか!? バカな! ありえん! そんな植物がこの世に存在するわけが無い!」

 わずか数歩で操縦席の前に達したラトヴァーを見上げ、ようやく我に返った羽勝木は憎悪に満ちた声を絞り出す。

「そうか、わかったぞ! 貴様、ワシをたばかったな! おかしいと思っておったのだ! 空を飛ぶ植物など聞いたことがないからな! どうせ魔法か何かだろう! 何が聖なる大樹の実だ! 何が植物の王だ! ワシらを油断させるために能力を隠していたのだな! そうに決まっている! この卑怯者め! ペテン師め!」

「だました覚えはないし、仮にそうだとしても、お前に文句を言われる筋合いはないな」

 凶悪な犯罪者からいわれのない中傷を浴びせられ、フウマは心底呆れてつぶやいた。

 大気に満ちるマナを取りこみ、腺毛から分泌した魔力で自身を浮遊させる空中花クッカトゥーリ。

 粘着性のある蔦をクモの巣状に張り巡らし、罠にかかった獲物を酸で溶かして捕食する食獣花ヴェルコルミ。

 高温の炎と熱を求めてマグマの湖に根を生やす紅燈花キュティラルカ。

 いずれもクリュネアドゥーインに生息する植物である。そこらの道端に生えているようなものではないが、植物に詳しい者ならば名前くらいは聞いたことがある。

 クリュネアドゥーインに行ったことのない羽勝木が知らないのは当然だが、だからといってわざわざ教えてやる気もない。

 そもそも異世界には異世界ごとの常識がある。異世界帰還民でありながらその程度のことも理解せず、自分の狭い常識に囚われている羽勝木が愚かなのだ。

 ラトヴァーは巨大な手で操縦席の屋根を引き剥がし、ギャンギャンと喚いている羽勝木をつまみだすと、腕から生やした蔓でがんじがらめにし強引に口を封じた。

 帰還犯逮捕により事件は解決。ラトヴァーが現場に到着してから10分足らずの出来事である。

 羽勝木の意気込みとは裏腹に、戦闘はあっけなく終わった。ラトヴァーことフウマの完勝である。

 ミノムシ状態の羽勝木を小脇に吊り下げたラトヴァーは、コメントを求めて大声で呼びかけるメディアや、勝利を祝って拍手喝采する野次馬たちには目もくれず、来たときと同じように無言で飛び去っていった。

「愛想のないヤツだ」

 東の空に去っていく帰還民を見送った河東は、毒気を抜かれた表情でつぶやくと、隊員たちを集めて撤収および事後処理について指示を出していく。。

 静けさを取り戻した音羽池袋線には、蔓に覆われた陸上戦艦の成れの果てと瓦礫の山だけが残されていた。

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