その2

「現れました!」

 部下に言われるまでもなく、河東かとうは「それ」を視界にとらえていた。 

「デカい……。なんであんなノが動くんです……!」

 動揺する副官の疑問に河東は無言で応じた。分かるわけが無いからだ。

「来ました! 現れました! 視聴者のみなさま、ご覧いただけますでしょうか!? 道路の奥! ご覧ください! 東池袋方面から暴走車両がやって来ます!」

 避難勧告を無視してビルの屋上に陣取っていたマスコミ連中が興奮したようすで騒ぎまくる。

「大きい! 大きすぎる!! 車というより戦車、いえ、まるで戦艦です!!」

「戦艦とは大げさだが、言い得て妙ではあるな」

 リポーターの過剰な表現を、河東は半ば呆れ気味にそう評価した。

 現れた暴走車両は確かに巨大であった。片側4車線の道路にギリギリ収まるほどのサイズから考えて、全幅および全高はおよそ10m、全長は20mほどありそうだ。

 海上をゆく船舶としてはむしろ小ぶりな部類だが、陸上を走る車両と考えたら異様な大きさだ。それが時速40km以上の速度で迫ってくる。

「おそらく錬鎔術れんようじゅつとやらだろうな。何でもかんでもつなぎ合わせるとは聞いていたが、なるほどここまで無節操な能力か……!」

 イエローベースに配色された巨体を構成しているのは、工事現場で稼働していたショベルカーやブルドーザーなどの工事用重機と、途上で奪われた警察車両であろう。

 巨体の最上部後方に設けられた操縦席を「艦橋」、巨体のあちこちに生えた鉄製の巨大アームやショベル、排土板ブレードを「砲塔」に見たてれば、「戦艦」という表現もあながち間違ってはいない。

 だが感心ばかりもしていられない。

「想定よりガードが堅いな。操縦席の中がまったく見えん」

 河東は双眼鏡をのぞきながら舌打ちする。

 当初の作戦では、交差点内にバリケードを築き、暴走車両が動きを止めたところで、周囲のビルに待機中の狙撃手たちが羽勝木わかつきを射殺する手はずになっていた。

 しかし、非常線を突破した際には全面ガラス張りだったはずの操縦席が、ここへ来るまでの間に厚い防護板で覆われてしまっている。

「アレは……、特型警備車の可動式防弾板でしょうか?」

「おそらくな。車体を取りこんだときに流用したか」

 副官の質問に応じた河東は、心中で迅速な選択を迫られていた。

(ダメだな、作戦失敗だ。現状の装備ではヤツを阻止することはできん。このままバリケードを維持してもヤツのエサになるだけだ。それくらいなら素通りさせたほうがマシだが、しかし……)

 そうなればこの先の再生拠点区域への侵入を許すことになる。大きな被害が出ると分かっていながら、みすみす見逃すことにはためらいがあった。

 とはいえ有効な打開策も浮かばない。その間にも陸上戦艦は接近している。もう悩んでいる時間も無かった。

(やむを得ぬか……!)

 河東が苦渋の決断のもと、車両の配置転換を命じようとしたときであった。

「現れました!」

 先ほどの部下が、先ほどと寸分たがわぬ報告を告げにきた。ただひとつ異なるのは、報告する表情や声に喜色があらわになっている点であった。

 河東が部下の指差すほうを振り返ると、東の空の彼方から高速で飛来する緑色の影があった。

「ああ! 視聴者のみなさん! ラトヴァーです! ご覧ください! ラトヴァーが駆けつけてくれました!」

 心強い援軍の到来にマスメディアの陣取る屋上で歓喜の叫びが爆発する。


 ──ラトヴァー。

 異世界クリュネアドゥーイン出身の帰還民。グリーンを基調としたプロテクターで全身を覆い、パワーもスピードも常人を遥かに上回る。

 その名は現地語「樹海の王ラトヴァユーリ」に由来し、体内に宿した「世界創生の源」九天樹クリュネアドメイの実の効果によって、さまざまな植物の力を操ることができる。

 特撮世界から飛び出してきたような外見のおかげで、本土では子供たちを中心に人気を集める「ヒーロー」である。

 なお、その正体が異民局職員の帯刀たてわき馮守ふうまであることは、ごく限られた者しか知らず、一般に公表されているのは「異民局所属の帰還民」という情報のみである。

「機動隊もかなわない凶暴な帰還犯によって、私達の平穏な暮しが踏みにじられてしまうと、誰もが絶望していた矢先! 不安に怯える私たちの前に! またしてもラトヴァーが現れました! 異世界から帰還した救世主! ニホンの守護神! もう安心です!!」

 聴衆を鼓舞するような語り口は、事件現場のリポートというより格闘技番組の実況を思わせる。

 巨大車両の異様に威圧され、息をひそめていた野次馬たちも、興奮しきったメディアの勢いに乗せられて大歓声を上げる。

 飛来するラトヴァーに向け、交差点周囲の建物群から熱狂的な声援が降り注ぐ一方、地上で暴走車両の対応におわれていた機動隊の間には正反対の空気が満ちていた。

「ハッ! ようやくお出ましか。呑気なもんだ」

「要請受けたらさっさと来やがれっ。どこで道草食ってやがった」

「もったいぶりやがって。俺たちはテメーの引き立て役じゃねーぞ」

 帰還民に反感を抱く隊員たちが小声でささやきあう。

 任務中に不平をもらすなど本来はありえないことである。これは、帰還民に対する隊員たちの不満の大きさの表れであり、同時に彼らもまた、ラトヴァーの到着に安堵し気がゆるんだ証でもある。

 河東のそばにひかえる副官が声のした辺りをにらみつけると、隊員たちは即座に口を閉じ姿勢を正した。副官は口に出しては何も言わず、河東も副官に目配せしただけで、部下たちをとがめはしなかった。

 その河東たちの頭上を緑の影が高速で通り過ぎていった。

 高度を下げながら交差点上空を突っ切っていくラトヴァーの姿は、「陸上戦艦」を操る羽勝木からも視認できた。

「ホウホウホウ! 誰かと思えば、いつぞやのボンサイ男か! その薄汚い枯れ姿、忘れはせんぞ!」

 異世界に飛ばされる前の羽勝木は、風采の上がらぬ定年間近の会社員でしかなかった。

 一回り若い上司にペコペコ頭を下げていた老人が、別世界で奇妙な技術を学んで戻ってきたときには、プライドと功名心を肥大化させたマッドサイエンティストもどきになっていた。

 原世界ホーム・ワールドに戻ったあと、しばらくは帰還民であることを隠していたようだが、まもなくして会社の上司を殺害して逃亡、その後は裏社会に属して武器の密造や密売を繰り返していた。

 その羽勝木の潜伏先を強襲し、逮捕したのがフウマであった。

「出て早々に会えるとは願ってもない! 囚人生活の恨みつらみ、ここで晴らしてくれるわ!」

 陸上戦艦の船体に生えたクレーンや油圧ショベルなどの各種アームが、羽勝木の怒号に呼応して一斉にかま首をもたげ、上空から迫るラトヴァーめがけて襲いかかった。

 錬鎔術れんようじゅつによってゴムのように変質したアーム群は、物理法則を無視した屈曲を繰り返しラトヴァーを包囲する。

 後方から見ていた河東たちは、陸上戦艦の触手に狙われたラトヴァーが回避行動を取ると予想した。

 ところが実際は逆であった。緑の影はさらにスピードを増し、肉薄するアーム群を風のようにすり抜けると、そのまま陸上戦艦の甲板先端に激突した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る