その7

「!? 先ぱ……い?」

 既視感に襲われながら、ルカが声の主を見やると、そこにいたのは奇っ怪な形状の鳥であった。

 全身が炎に包まれている、というより、鳥の形をした炎と呼ぶべきそれは、リンが魔法で作り出した人工使い魔「苟且霊ペクス」に他ならないが、むろんルカはそのことを知らない。

「勤務時間外に魔法使ったらダメって言われてるでしょ。レンゲ君まで連れ出して。さっさと降りな」

 奇妙な鳥はクチバシに口の形をした折り紙をくわえていて、リンの声はそこから聞こえてくる。

 燃える鳥と折り紙という取り合わせは、ルカの理解を越えていたが、カラクリが分かったところで素直に指示に従うつもりはない。

「スイマセン。どうしてもイツキに最後の思い出をあげたくて。ぐるっと一周したら戻りますんで」

 なぜリンに見つかったのか、そんなことを考えても仕方がない。今考えるべきは、いかにしてこの状況を切り抜けるかだ。

「ツバキさんに許可もらってあげるから明日にしな。こんな暗くちゃ何も見えないでしょ」

「いや、夜景を……」

「街灯もろくにないのに夜景もないじゃん。間違って海に出たらどーすんの? そんなチャチな船、壁にぶつかったらバラバラだよ」

 苟且霊ペクスは相対速度を合わせながら、操縦席の付近を行ったり来たりする。視界をふさがれたルカは飛行船をうまく操ることができない。

「カベってホントにあるんですか? 見たコトないですけど」

「異世界の技術だからね。本土むこうからはただのカベに見えてるよ」

「侵入を防ぐためのモノなんですか?」

「それだけじゃないけどね。誰かが境界線を越えたらスグ分かるし。どっちかっていうと抑止かな。何も無いと知りたがりな連中が寄ってくるじゃん。そういうのいちいち相手にしてたらメンドーでしょ」

「中の人間はいいんですか?」

「ほとんどの住民は外に出ようなんて考えないし。バイト君もそうだったでしょ? 無断で出ようとしたら地下送り。それなら開放的なほうがいいでしょ、見た目だけでも。……ってワケだから、バカなコト考えてないでさっさとウチに帰りな」

 ──バレてる!

 ルカは直感的に察した。理屈ではない。口形の折り紙から発せられる声に乗せて、冷たい圧が伝わってくるのを感じた。第2層へ行った帰りの外周列車のときと同じだ。

苟且霊コイツ、やっぱりワザとジャマしてたのかっ)

 苟且霊ペクスが足止めのために妨害しているのなら、つまりリン自身がこちらに向かっていることになる。

 ルカは意識を集中すると、視界をふさぐ苟且霊ペクスに構わず、飛行船を前進させた。船体後方の推進ノズルが勢いよく空気を吐き出す。

「バカなコトってなんです?」

「バイト君がこれからやろうとしてるコトだよ」

「やり返すのがバカなコトなんですか? 一度踏みつけられた人間は、ずっと踏まれ続けろっていうんですか!? そんなのヘンでしょ! 被害者にはやりかえす権利がある!」

「ないよ。異世界の力に頼るだけでも情けないのに、無関係な人間巻きこむなんて論外だよ」

「無関係!?」

 聞き捨てならない発言であった。

 イツキの受けた被害に関して、関係者全員の責任を追求するルカにとって、これ以上の禁句はない。

 地雷を踏まれたルカは一気に逆上した。

「そんなヤツいないでしょ!? クラスのヤツらはみんな関係者ですよっ。加害者も同然だ!」

 だがこのとき、ルカはより重要なことに気づくべきであった。

 すでにリンは、ルカの復讐計画の全容を把握している。

 これまで誰にも話したことがないのに、いつ、どのような形で露見したのか。そして、そこまで知られていたのなら、なぜ今日この時まで見逃されていたのか。

 さまざまに疑念の生じる発言だったのだが、頭に血が上ったルカはそんなことにすら気づかない。

「直接手を下したヤツだけじゃない! 見てて止めなかったヤツも! 知ってて放置してた教師だって! みんな……っ」

「はいはい、わかったわかった。そういうのいいから」

 加害者を糾弾するルカの叫びを、リンは素っ気なくさえぎる。

「その手の御託は聞き飽きてるんだ。ホント、どいつもこいつも……。いちおう聞いておくけど、バイト君、自分が歪んでるって自覚ないよね?」

「ありえないですって。前に言いましたよね? 俺、グルカンクリアしてますよ」

「私も言ったよね。たいして意味ないって」

 飛行船は加速を続けているが、あいかわらず苟且霊ペクスは、火の粉に似た何かを撒き散らしながら、搭乗席の周りを浮遊している。

「たまにいるんだよ。原世界こっちに戻ったときに人格変わるヤツ。懐かしい景色見たショックで頭がバグって、飛ばされる前の状態にリセットされるらしいよ。性格とか倫理観とかひっくるめて。だからパッと見はフツーで、後遺症も軽度マイルド扱いされる」

 頭ごなしに病人と決めつけられるのは不愉快だったが、ルカは反論しなかった。どうせ聞いてもらえるわけがない。

「ケド、心に刻まれたモノがそんな簡単に消えるわけがない。心のフタが一時的に閉じたようなモンだから、こっちの生活に慣れて、最初のショックが収まったら元に戻る。心のフタが開いてホントの人格が出てくるわけ。今のバイト君がそれ」

 リンの説明を聞いていて、ひとつだけハッキリしたことがある。もう後戻りできないということだ。地上に降りればその場で拘束されるに違いない。

(逃げるしかない! とりあえず町から出る。あとのコトはそれからだ!)

 飛行船の最高速度なら、このうっとうしい鳥型の火だって簡単に振り切れる自信がある。

(加速する前の方向が大事だ。学校まで一直線になるルートに乗りさえすれば……!)

 ルカの家とイツキの小学校が直線上でつながるルートを地図上で確認し、その目印になる建物もチェック済みだが、慣れない上空から月明かりだけを頼りに見つけるのは一苦労だ。

 苟且霊ペクスに邪魔されながらも、夜の闇に目を凝らして目標物を探していると、ルカの背後から不安そうな声がかかる。

「ねぇ、やっぱりもう……」

「ダイジョウブ、心配するな」

 ルカは後部座席にいるイツキを振り返り、力強く笑いかけた。

 いったん吹っ切れてしまえば怖いものなど無い。どうやら異民局が強権を振るえるのは24区内限定のようだから、島を出てしまえばリンたちも自由に動けないハズだ。

 もし本土も安全ではないというなら、復讐計画は一時保留してほかの国へ逃亡してしまえばいい。

 異民局もしょせんは政府の末端組織にすぎない。狭い24区内ですら人手不足で困っているのに、国外まで追求の手が及ぶとは思えない。

「俺が歪んでる? どこがです? 理不尽な目にあって、やりかえすのがおかしいんですか? フツーのことでしょ? ただ殴られてろっていうんですか?」

「だからもうイイって。この話は終わり」

 折り紙の口を通してリンのうんざりしたようすが伝わってくる。

 その間にも飛行船はぐんぐんと速度を上げ24区の上空を移動する。

(よし、このまま一気に……ん?)

 暗闇に染まる視界の先に、赤い点のようなものが見えた。

 光を見た瞬間にルカが思い浮かべたのは、高層建築物に設置される航空障害灯であったが、すぐにその可能性は捨てた。この町にそんな高い建物は存在しないし、光はせいぜい地上から20m程度の高さしかない。

 なによりルカは気づいていた。視界の中で大きくなるにつれ、その光が人の形をしていることに。

(先回りされた──!)

 光の正体は、完全武装を整えたリンだった。地上からそそり立つ煙突のてっぺん、直径1mほどの穴の上に仁王立ちになり、高速で接近する飛行船を待ち構えている。

(そっか、そりゃそうだな)

 ルカの目的が島から出ることだとバレているのだから、いちいち追いかけ回すまでもない。出口に先回りしてルカが来るのを待てばいいいのだ。単純な話である。

「異世界の力を使うのがダメなんですか? 何が悪いんです? 自分で身につけた力ですよ。親の力に頼るよりマシじゃないですか? ショーシンショーメイ自分の力ですよ。コレが……っ」

「──『コレがダメなら格闘技習ってやり返すのはどうなんだ?』って?」

「……っ」

 脱出計画に続いて口論でも先回りされたルカは、何も言えずむなしく口を開閉した。

「フクシュー系はみんなそう言うんだ。判で押したように同じコトばっか。テンプレすぎて聞き飽きたよ」

 八つ当たり気味の皮肉を浴びせながら、リンは左右の腰に下げた刀の柄に手をかける。

「世界の枠からはみ出ておいて、平等に扱えとかズーズーしいんだよ。だいたいこの国では仕返しは禁止。権利を口にするならそのくらい覚えとけ」

 抜き放たれた2本の刀身が、闇夜に浮かぶ月光の如く赤い輝きを放つ。一対の霊刀「紅雪ルベクス

」と「赤霜ルベイナ」である。

 右手の紅雪ルベクスを掲げながらリンは厳然と言い放った。

芒薄すすき昴鶴るかく蓮華れんげ・アヤーン・五黄いつき。特区管理法違反および殺人予備の容疑で逮捕する。逃がしはしないけど、無駄な抵抗はしていいよ」

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