その5

 一方、ルカは、イツキが期待通りの反応をしてくれたことに満足していた。

(コレだよ。こんな風に言えるのがイツキなんだ。ホント、すげーよ)

 繊細で純真なイツキが、ルカの復讐計画を知って反対しないわけがない。

(あれだけのコトされて恨んでないハズないのに。それでも相手のコトを考えて、こんな必死になれるなんて、俺にはゼッタイムリだ。人としてソンケイする。マジで。こんなデキた人間、ほかにいるか?)

 自分を必死に思いとどまらせようとする少年を見つめながら、ルカは感激に浸っている。

(いるわけない。当たり前だ。人をイジメるような連中からしたらカッコウのエモノだ。ゼッタイやり返さないって分かってんだからやりたい放題だ。サンドバックだ。動物ならあっという間に狩り尽くされる。ゼンメツキグシュだ)

 常識の通じないケダモノ相手に無抵抗主義は無力であり無意味だ。ときにはやり返すことも必要なのだ。そうでなければ自分の身を守ることはできない。

(ケドそれはイツキが悪いからじゃない。イツキはこのままでいいんだ。悪いのは優しさにつけこむヤツらだ。そんなヤツらと同じトコまで、イツキが落ちる必要はない。そーいうヤツの相手は俺みたいなのがちょうどいい。あっちでさんざんやってきたんだ。そういう意味じゃ俺も同類だ)

 異世界での振る舞いについては、ルカなりに多少の罪悪感もあるのだ。王女の歓心を買おうと躍起になっていた自分をかえりみて、「ちょっと調子に乗りすぎてたな」と赤面したりもする。

 だが、これから行うことに関してそれはない。

異世界むこうであんだけ死体の山積み上げたんだ。あと10やそこら増えたって同じだ。王女様のプレッシャーがないぶんゼンゼン楽だ)

 イツキの前で「殺意がない」と明言したのはルカの本心である。だが、ルカの中では加害者の処刑は確定している。明らかな矛盾なのだが、ルカ自身はそのことに気づいていない。

 ルカにとって、処刑自体は「作業」にすぎない。庭師が芝の手入れをするように、淡々と処理するだけだ。

(けど、イツキにそれは無理だろうな。相手に同情しちゃうからな。そいつがどんだけクズだと分かっていても。スゴイよ、ホントにスゴイことなんだ、それは)

 イツキの境遇に同情するあまり、ルカの中のイツキ像は肥大化を重ね、いつの間にやら世俗の垢にまみれない清浄な存在にまでなっていた。

 そのため、うなだれていたイツキが不意に顔を上げて放った一言は、予期せぬ方向からのカウンターとなってルカを直撃した。

「……分かった。いいよ。じゃあ、僕も行く」

「行く? どこへ? いつ?」

「学校だよ。僕もついて行く」

「……なんで? 何しに行くんだ?」

「復讐するんでしょ? 僕の。それなら僕がここに残るのはおかしいでしょ?」

「え? う、うん? そう? そうか? ……うん? いや、待って。おかしくないよ。だって、イツキはそんなコトするつもりなかったろ?」

「そうだよ、でもルカさんはやるつもりなんでしょ? 僕の代わりに。なら僕も行くよ」

「ダメだ、それはダメだよ。何でそんなコトをいうんだ? イツキはそんなコトしなくていいんだよ」

「どうして? だって僕の復讐でしょ? 僕は当事者だよ? 被害者は僕なんだよ? なんで僕が行ったらダメなの?」

「……っ」

「僕がいっしょにいけば、イジメた相手を探す手間が省けるよ。当たり前だけど。時間をかけたくないんでしょ?」

 ルカは開きかけた口を閉じた。明らかにイツキの言っていることのほうが筋が通っている。

(まいったな。まさかこんなコトになるなんて……。イツキには、薄汚い連中と同じトコに立って欲しくないんだけどな)

 ルカがこれからやろうとしていることは犯罪行為である。その程度の自覚はある。事情を知らない者は、ルカをそこらの帰還犯と同列にみなし、誹謗中傷を浴びせてくるだろう。

 もちろんルカ自身は無知な人間の評価など気にしないが、イツキまでそうした世間のバッシングに巻きこまれるのは忍びない。

 イツキには「無辜の被害者」でいて欲しかった。たとえ、その日のうちにこの世を去る身といえども。

(……けど、それは俺のワガママなのかもな。直接やり返したいって思うのは当然だ。それくらいヒドイめにあったんだから。愛犬まで殺されて。それでもガマンしていたこれまでがスゴすぎるってだけなんだよな。イツキがその気になったんなら、俺は全力で手助けするべきだ。そうなんだ)

 かなり歪な思考を経てルカは自分を納得させた。これはある意味、ルカの妄想が生み出した虚像のイツキを現実のイツキにすり合わせる行為でもあった。

「……わかった、いいよ、いっしょに行こう。じゃあ主犯のお仕置きはイツキに任せるよ。なんかやりたいコトあるか?」

「やりたいこと?」

「みんなの前でハダカにしてやるとか、子分たちにそいつを殴らせるとか、なんでもいいんだ。やられたこと思い出してみ。ほら、ちょっとそこ座ってさ」

「う、うん」

 ルカにうながされイスに腰を下ろしたイツキは、額に手を当てて考えこんだ。

(まだうまくイメージできないかな? もともとそういう性格じゃないしムリないよ)

 なかなか「やりたいこと」が思い浮かばないらしく、数分経ってもイツキは同じ姿勢のまま固まっている。ルカはさらに助け舟を出すことにした。

「あとは、……そうだ、クマとかトラに変身できないか? フツーに殴るよりイイだろ?」

「ムリ。よく知らないから……」

「そっか。そういやそうだな」

 イツキが変身できる対象は、「自分を食べた相手」に限られる。

 初めてその能力について聞かされたときは、イツキが例の異世界猫に食われるようすを想像し血の気が引いたが、捕食される前に体をゼリー状に変化させるため、本人は苦痛を感じないという。

 対象に完食された後、その体内で消化され、血肉となって全身くまなくリサーチ、情報収集を終えると自動的に排出され、再び人間形態に戻るらしい。

 異世界で身につけた能力なので、向こうの世界にいない動物になれるわけがなかった。

「じゃあ、ほかに何かないか? 強い動物なら何でもいいんだけど」

「強い……。ジルワナートルとか?」

「ジルナ? なに? どんなやつ?」

 未知の動物について、言葉だけで説明するのは難しい。イツキはこっちの世界にいる動物を思い浮かべ、その中から似ているものを選び出していく。

「んっと……、ゾウくらいの大きさで、腕が4本ある、ゴリラ?」

「……クマより強いよな、それ。いいじゃん! そいつでボコボコにしてやろうぜ」

「う、うん……。でも、ズルくないかな?」

「そんなコトないよ。あるワケない。大勢でひとりをイジめるほうがよっぽどヒキョーだよ。ガツンとやってやればいいんだ。2年分の利子つけて」

「……わかった。それで、いつ出発するの?」

「あ、そうだな。ん~、いちおう、仮眠とってから行くつもりだったんだけど……」

 だがそれは、もとを正せば「出発を気づかれないよう、イツキが寝静まるまで待つ」という理由が先にあってのことで、イツキが同行するのであれば前提から変わってくる。

「準備はデキてるし、もう出ちゃおっか」

「え!? 今すぐ?」

「こっそり移動するなら夜のほうがいいってだけで、日が落ちたらあとはあんま変わんないからな。こっちにいてもやることないし。どうせ仮眠するなら、向こうに着いてからのほうがいいだろ」

「でも、どうやって学校まで行くの? 本土行きの電車って、夜は止まってるよね?」

 人工の島であるリンカイ区から本土までは最短距離でおよそ10km離れている。

 海で隔てられた2つのエリアをつなぐのは、異民局の管理下にある専用列車のみで、たとえ運行時間内であっても許可の無い者は乗車できない。

「あ、船? 風船で船を作るの?」

 イツキはビルの屋上での一件を思い返した。転落した自分を受け止めてくれた巨大な箱型風船。ルカがあれを作ったというのなら、ゴムボートくらいたやすいはずだ。

 ところが、ルカは首を左右に振り「半分だけ正解」と笑った。

「夜中の海は危ないんだ。潮の流れも分からないし。だから空を飛んでいく。船は船でも飛行船だな」

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