その3

 平日の学校を狙うなら、襲撃は来週の月曜日、イツキの安楽死決行日しかない。

(日曜の深夜にこっちを出ても、夜明け前には学校に着くよな。授業が始まるまでどっかに隠れてるか)

 夜のうちに校内を探索しておこうかとも考えたが、防犯設備の存在を思い出し断念した。

 ルカが異世界に飛ばされる前に通っていた学校でさえ、玄関や通用口に警報装置らしきものがあった。戻ってきてからの本土の現状すら定かではないのに、学校の警備状況など知るわけがない。

(下手に動いてバレたら意味ないしな。大人しくしてたほうがマシだ)

 ルカなりに周到かつ極秘裏に計画をねったつもりであった。

 ところが、決行当日、出発まであと数時間というときになって、思わぬ形で計画が露見してしまった。


「ただいま! すまん、遅くなった」

 買い物袋を下げたルカは、玄関から居間まで慌ただしく直行してきた。

「あちこち見て回ってるうちに『海行くか!』ってなって、東馳込ひがしはこめまで出ちゃったよ」

 その日、昼過ぎに家を出たルカは、シュンスケら友人数人と合流し、これまで行ったことのないエリアを案内してもらっていたのだ。

 若者向け中心の古着ショップや格安の日用雑貨店、釣りの穴場など、いろいろ教えてもらった。

 地図を見ているだけでは知り得ないことばかりで、つい時間を忘れて遊び回ってしまい、夕食の買い物を済ませて家についたときには18時を回っていた。

「スグ作るからな。待っててくれ」

 イツキの安楽死を明日に控え、今日は2人の共同生活の最終日となる。この日の夕食は、ルカがひとりで作ることになっていた。

 2人の間で取り決めたのは昨晩のことだが、その少し前からルカはひとり思案をめぐらせていた。

「いちおう人生の節目なんだし、何かやってあげたいよな」

 残忍で血なまぐさい襲撃計画を立てるかたわら、のどかな送別会のアイディアも練っていたのだが、なかなかいい案が浮かばなかった。

「センパイたちに話振る……ってのはやりすぎか? あんま接点なかったしな。最後にしんみりするのはヤだけど、派手に祝うのもヘンだよなあ。……て、ああ!」

 演出のプランを決めあぐねているうち、もっとも重要なことに気づいた。

「そうだ、イツキがどう思ってるかだ。大げさなのは苦手だったりするのかな? 何も言ってこないし」

 仮に当事者のイツキが、最後の夜を静かに過ごしたいと望んでいたら、ルカはいらぬお節介を焼くことになる。それでは本末転倒だ。

 本人の意思を確認するためイツキに事情を打ち明けたところ、はじめは驚いたようすだったが、話を聞くうちにルカの気遣いに感謝し、送別会については受け入れてくれた。

 その後、2人で意見を出し合い「ルカがひとりでイツキをもてなし、これまでの練習の成果を見せる」という形に収まったのである。

 夕食のメニューは、基本に戻る意味で一番最初に教えてもらったカレーライスを選んだ。ただそれだけではさすがにさびしいので、肉屋でからあげやメンチカツといった惣菜も買いこんでいる。

「にんにく、しょうが、と。……よし、じゃそろそろタマネギ、だったよな。えっと……」

 まだ手つきにおぼつかないところはあるが、何も知らなかった数日前と違って、台所に立つ姿もだいぶ様になっている。

 ルカが調理している間、弟子の背中を見つめるイツキは、なにか言いたげに身を乗り出しては思いとどまるといったことを何度か繰り返していたが、一心不乱に食材と格闘するルカはまったく気づかない。

 やがて大きなトラブルもなく料理が完成し、買ってきた惣菜やサラダを皿に盛りつけ、2人とも食卓についた。

「お、これ! けっこうよくないか?」

「……うん、スゴくおいしい。丁寧にアクをとっていたから、コクがあるのにすっきりしてる」

 イツキに教えてもらったレシピ通りとはいえ、牛赤身肉を使ったビーフカレーは会心の出来といってよかった。

 大きめに切った牛肉は歯ごたえも柔らかく、スパイスの効いたコクのあるルーとよく合っている。たちまち一杯目をたいらげたルカは、足早に席を立つと台所でおかわりを盛りつけた。

「で、そこの駄菓子屋がさ、奥の部屋にゲームの筐体がめちゃくちゃ並んでて、もうほとんどゲーセンなの。しかも全部10円! 『平城京ストレンジャー』とか『クッチャラー』とか古いヤツばっかなんだけど、逆になつかしくてさ。手当たり次第にプレイしちゃったよ」

 食事中、ルカはいつものように上機嫌でしゃべり続けていた。2人にとっては、もう日常的な光景である。

 食卓に重苦しいムードが漂っていたのは、イツキの安楽死決行日を告げられた当日だけで、翌日にはすっかり元通りになっていた。

「その店、駄菓子だけじゃなくて、焼き鳥やおでんもあって、どれもめちゃくちゃうまかったなあ」

 食事の間も、たびたびイツキは物問いたげな視線を送っていたが、町巡りの報告に夢中なルカは、少年の反応をうかがうこともなくしゃべり倒していた。

 イツキが思い切って口を開いたのは、食事が終わりテーブルの片づけを始めようとしたときだった。

「あの……!」

「うん? どした?」

「……今日、家の中を掃除したんだ。最後だからさ。短い間だったけどお世話になったし……。もちろん明日もやるけど。細かいところは今日のうちにやっておこうと思って」

「そっか、どうりで。なんかキレイになってると思ったんだ」

 ルカは部屋中を見回しながらうなづいた。

 玄関を開けたときから、部屋の中がいつもと違うことには気づいていたのだが、具体的に何がどう変わったのかハッキリせず、勘違いかもしれないと思っていたのだ。ようやくその理由が分かった。

 家中の窓や戸棚がピカピカに磨きあげられ、無造作に積まれていた空き箱や古新聞の束も整理されている。

「いいのに、そんな気ぃ使わなくても。世話になったのは俺のほうなんだから。でもありがとな」

「換気扇とか窓とか、時間のかかるところだけ先にやっておこうって。……それで、それでさ、ルカさんの部屋を終わらせて出ようとしたとき、机の上の本を崩しちゃって。……見ちゃったんだ、ノート。あと地図も。あれ、僕の学校の場所だよね?」

「……あー」

 疑念と不安のないまぜになった目を向けられたルカは、少し困ったように頭をかくと悪びれもせずに言い放った。

「バレちゃったか」

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