その2

 ルカ自身は図書館を利用したことはないが、だいたいの位置と数は把握している。区内の地図を覚えるとき、まず公共施設の位置から優先的に覚えたおかげだ。

 ルカが真っ先に思いついたのは、異民局と同じ地区にある中央図書館だ。その名にふさわしく施設の大きさも蔵書数も区内トップで、ここならまず間違いないはずだ。

(……やべ、異民局とケッコウ近いんだった。先輩たちに見つかったらどうするかな。『図書館に教科書置き忘れた』は、ちょっと苦しいか?)

 バスに乗りこんだあとでそのことに気づいたが、上手い言い訳が思い浮かばないまま、目的の停留所についてしまった。

(さっさと移動したほうがいいんだろうけど、走ると逆に目立つか?)

 異民局のある一帯は人通りが多い。下手に通行人をかき分けて走るより、人の流れに任せたほうが人目につかないかも知れない。

 ルカはなるべく道の端に寄り、顔を伏せたまま早歩きで図書館へ向かう。そうした努力のかいもあってか、図書館に到着するまで知り合いに声をかけられることはなかった。

 脳内地図だけが頼りのため多少不安もあったが、イヌマキの生け垣に囲まれた中央図書館は、ルカの想像よりはるかに立派だった。

 建物は渡り廊下を挟んだ本館と別館に分かれていて、木造2階建ての本館だけでもざっと400㎡ほどの広さがありそうだ。

 背の高いマンサード屋根や均等に配置された縦長の窓、表面全体が一体化したような横張りの外壁などは、19世紀末から20世紀初頭にかけてヨーロッパで流行したアール・ヌーヴォーの流れをくむ様式だが、ルカにはそこまでの知識はない。

「こういう西洋趣味も、この街を作った誰かさんのセンスなのかな?」

 館内に足を踏み入れたルカは、さっそく受付にいた図書館司書に新聞のバックナンバーについてたずねた。4種類の全国紙を保存しているとのことで、1階の資料配架コーナーに案内してもらう。

「4つあっても何がどう違うのかさっぱりだな。……コレでいっか」

 書架に並んだ新聞の山を見回し、その中から名前に見覚えのある一紙を選ぶ。

「小学校の新学期っていつだ? 4月くらいか? じゃ、このへんからか」

 ルカは棚に積まれた新聞を10部ほど抱えあげると近くの閲覧席へ移動した。

(大きい事件なら、一面と総合面、あと社会面あたりを見ていけばいいか)

 世間を騒がせた事件の記事だから目立つ扱いに違いないという単純な発想だったが、案の定、調べ始めて2時間とたたないうち目的の記事にたどりついた。

「……お! これか?」

 調べ終えた新聞を脇へ起き、次の新聞を手に取った途端、探していたワードが飛びこんできた。

 日付は今年の4月20日。一面には「サイタマ・愛犬不審死」「小学生が毒餌を手作り」「児童はイジメの主犯格か」など、事件のあらましと衝撃の大きさを伝える見出しが乱舞している。

 加害者や地域への配慮もあってか、最初の記事には細かい住所は載っていなかったが、翌日の記事では関係者が通う学校の名前も公表されていた。

「サイタマ……、たしかトーキョーの上のほうだったよな。なら、そんな離れてないか」

 ルカはカバンから手帳を取り出すと、新聞に記されている地名や学校名をメモしていく。しかしすぐにその手が止まった。

(待てよ、そういえば……)

 図書館に入ったとき、受付に「資料の複写案内」の張り紙があったことを思い出したルカは、手帳を手にしたまま同じフロアにある地図コーナーへ向かった。

 コーナーの書棚には日本だけでなく世界各地の地図が並び、国内だけでなく洋書の資料も多数そろえられている。

 ルカは県別の道路地図や旅行ガイドを取り出すと、手帳の地名と見比べながら必要と思われるページを選び出し、受付まで持っていった。

 手数料と引き換えに番号札を渡され、待つこと10数分、カウンター横の掲示板にルカの持つ番号札のランプが掲示された。

 コピーに使用した地図を棚に戻したあと、閲覧席に戻ってきたルカの手には、縮尺の異なる3枚の地図のコピーがあった。

 もっとも縮尺の小さい地図から順に「24区からサイタマまでの道筋」「サイタマの全エリア」「襲撃目標である小学校のある一帯」が確認できる。

 ルカは新聞記事と地図を照らし合わせながら、襲撃目標である小学校をはじめ、移動の際に目印になりそうな最寄り駅や道路などに印をつけていく。

 さらに、書架に残しておいた3紙の中からも同じ日付のものを持ってきて、新しい情報がないかつきあわせていく。

「担任の名前は載ってないか。生徒ひとり守れなかったくせに、自分は逃げ隠れとか、情けないヤツ」

 加害者の行状を知りながら放置していた以上、学校関係者はすべてイジメの共犯者である。ルカが彼らの現状や心労についておもんぱかってやる理由などひとつもない。

「あとは6年生の教室だな。ガッコウって結構入り組んでるからなあ。フロアは学年順になってるハズだから、上から探していけばいいだろうけど。……あれ、でも中学は3年が一番下だったな。学年で決まってるわけじゃないのか?」

 新聞記事の中には小学校を遠景でとらえた写真もあったが、これだけでは校舎の内部構造までは分からない。

「お約束じゃないとしたらメンドーだな。ウチのガッコウは、玄関に案内図があった気がするけど、アレも場所ごとで違ったりするのか?」

 もし案内図があったとしても、じっくり見ている時間があるとは限らない。教職員に見とがめられたら騒ぎになるだろう。

「探してる間に逃げられたらアホすぎるな。だったら先に校門をふさいどくべき? ……ん、小学校って裏門とかあったんだっけ? あったような気がするなあ……」

 ブツブツと独り言をいいながら襲撃の計画を練り上げていく。

「Aの取り巻きって、正確にはどんだけいるんだ? 一匹でも逃したら後悔どころじゃないからな」

 イツキのクラスにたどり着きさえすればあとは簡単である。目についた児童を尋問して、有罪が明らかになったヤツらをまとめて処刑リストに載せてやるだけだ。

 あるいは、名指しされた児童たちが責任をなすりつけあい、告発合戦が起きるかもしれないが、それでクラスメイト全員が該当したとしても構わない。

「いちいちより分けなくていいから、そっちのほうがラクだな」

 無関係な児童まで巻きこむつもりはないが、結果的に被害が拡大したとしても一向に構わない。騒ぎのせいでトラウマやPTSDといった二次被害が出たとしても、それはルカの責任ではない。

「そもそもイジメを放置した学校の責任だからな。そのくらいの後始末はやってもらわないと」

 襲撃場所に関する必要な情報を入手し、襲撃計画についても目処がついたルカは、満足げなようすで昼過ぎに図書館を後にした。

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