その3

 窓際で寝転がっていた異世界猫ラムラーレの耳がピクリと動いたとき玄関のドアが開いた。

「ただいまっ」

 ルカがリビングに入ってくると、ラムラーレも窓際からトコトコと歩み寄り、テーブルのすぐそばで変身を解いた。

「はい、これ。あとおみやげ。ウマそうだったから買っちゃった」

 ルカはイツキに買い物袋を渡したあと、紙袋に入ったメンチカツを差し出した。

「……ありがと」

「学校帰りでもよく買うけどさ、なんか飽きないんだよなあ、こういうの」

 ルカが着替えのためいったん部屋へ戻っている間に、イツキは、テーブルの上に食材を並べながら、手にしたメンチカツを一口かじった。 

 サクサクとした衣の下から、厚みのあるミンチ肉の旨味と玉ねぎの甘みが顔を出し、口の中に温かな油と肉汁の香りが広がっていく。

(……あったかい)

 ボリュームたっぷりな肉をかみしめるたび、かすかにスパイスの風味を感じる。

(カレー粉まぜてるのかな? 初めてだ。……けど、おいしい)

 慣れ親しんだ味ではないのに、どこか懐かしさがこみあげてくる、そんな不思議なメンチカツであった。

 部屋着に着替えたルカが戻ってきたところで、2回めの調理実習が始まった。前回と同様、イツキがひとつひとつ作業内容を説明し、指使いから細かく指示を出し、ルカがそれを実行していく。

 昨日の今日で急に上達するわけもないが、それでも作業そのものは昨晩とほとんど変わらないため、ルカの手つきも少しはマシになっていた。

 指示するイツキのほうもコツをつかみ始めたのか、その日の回鍋肉ホイコーローはなかなかうまくいった。あくまで前日と比べての話だが。

 食事中の話題はさまざまだ。といっても、ほとんどルカが一方的に話すだけである。

 ルカの話はとりとめがなかった。学校やバイト中の出来事や、その日の調理実習の自己評価、作った料理の出来栄えなど、思いつくままに語るからだ。

 聞き役に徹しているイツキはときおり短く応じるか、首をふって答えるくらいだが、ルカの見るところでは、会話そのものを嫌っているわけではないようだ。

 そのイツキが食事が終わりかけたときルカに問いかけてきた。

「明日の夕食?」

「……うん。なにか、作ってみたいモノ、ある?」

「作ってみたいものかぁ……」

 ルカは皿に残った料理を口にしながら考えこんだ。メニューの選択に悩んでるのではない。その逆であった。もともと食に関してあまりこだわりがないため、パッと思いつくものがないのだ。

(戻ってきたトキは、原世界こっちの食べ物が珍しくて、いろいろ食いまくってたけどなあ……)

 半年以上経った今は郷愁感も薄まり、最近は、カレーライス、うどん、ミックスサンドイッチなどなど、手頃な値段のものをルーティーンワークのように繰り返している。

(カレーは作ったしなあ。うどんもなあ……)

 脳内で貧弱なレパートリーが浮かんだり沈んだりしていたとき、直近の記憶から急浮上するものがあった。

「……そうだ! カラアゲ! 明日はカラアゲやってみたい!」

 肉屋で買い物をしていたとき、店頭の惣菜コーナーを眺めながら、「こういうのをササッと作れたらカッコイイよな」などと、だいそれた野心が芽生えたのを、たった今思い出したのだ。

「……揚げ物は準備も片付けも大変だし、もう少し、慣れてからのほうがよくない……?」

 油を使う料理は、失敗したとき大きな事故につながる可能性もあり、イツキとしては慎重にならざるをえない。

 とはいえ、自分から希望を聞いた手前、ルカの意思を無視するわけにもいかず、控えめに妥協できないか探る。

 しかし今日の成功体験で気が大きくなってるルカは、そんなイツキの配慮にもまるで気づかない。

「やっぱそうかな? けどノンビリしてる時間もないんだろ? なら、とりあえず一回やってみて、それでドコがダメか分かったほうが練習になると思わないか?」

 一見筋が通っているためイツキは思わずうなづいてしまったが、もちろんこれもこじつけにすぎない。ルカが最初からそこまで考えていたわけではない。

(どうしよう、揚げ物はホントに危ないんだけどな。掃除も大変だし)

 数人分まとめて作るならともかく、一人暮らしでの揚げ物は手間がかかかるだけで割に合わない。惣菜を買ったほうがよっぽどラクなのだ。

 そう思うイツキだったが、やる気になってるルカを前にしていると、別の思案も浮かんでくる。

(本人がやりたがってるならいいのかな? やる気が一番大事だって父さんも言ってたし。それにやり方知っておくのは悪いコトじゃないよね)

 考えてみれば、イツキも両親から料理を教えてもらっていたとき、好きな料理ほど熱心になっていたし、覚えも早かった気がする。

「……いいよ。じゃあ、必要なモノをまとめておく」

 からあげはそれほど難しい料理ではない。下準備をしっかりしておけば、あとは火加減さえ間違わなければいい。

 ルカほどではないにしても、イツキもまた、今日の料理の出来栄えに手応えを感じていたのだ。

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