その2

 同居2日目。

「……今日帰りに、これ買ってきて。今日のと、明日の朝のぶん」

 朝、登校の準備を整えたルカが部屋を出ると、廊下で待っていたイツキがメモを差し出してきた。

 メモには、明日からの朝食用として、卵や味噌、海苔、納豆など細々した品物が並んでいる。

「うわぁ、すごい。明日からこんなのが食べられるのかぁ。なんか旅館みたいだな」

「……ふつうだよ」

 昨晩、2人で話し合い、朝食の仕度はイツキの担当に決まった。きっかけは食事の片づけをしているとき、イツキのほうから提案してきたのだ。

「……ルカさん、学校、通ってるんでしょ? だったら、朝は僕が作るよ」

 学校のほかにバイトもあるのに毎日早起きするのは大変だろう、その点、自分は昼間やることがないから、というのが理由であった。

 ルカにしてみれば非常にありがたい申し出だったが、素直に受け入れてよいものか迷った。

 いくら料理が得意とはいえ、保護対象の年少者にそこまで世話になっていいのだろうか。早く自炊に慣れるために自分も参加すべきではないか。

(けど、それって結局、イツキの負担になるだけだよなぁ)

 たがいの呼び方については、食事中にルカのほうから持ちかけた。呼び捨てのほうが気軽なのだが、イツキがなじむのであればどんな呼ばれ方でも構わない。

(手伝うにしても、もう少しマシになってからだな)

 料理を教えてもらう約束はしたが、食事のたびに余計な負担を強いるのは申し訳ない。時間に余裕のある夕食時だけにとどめるべきだろう。

 あるいはルカのプライドを傷つけないよう、イツキは遠回しな言い方をしてくれたのかもしれない。

「……ん?」

 買い物メモを見ていたルカは、「夕飯」の項目に並ぶ食材のひとつに首を傾げた。

「か、かい、なべ、にく? なにこれ? 羊の肉?」

「……。……回鍋肉ホイコーロー

 生徒の常識のなさに言葉を失ったイツキは、不信感のにじむ視線を向けながら正解を教えてくれた。

「ああ! ホイコーローね、そうそう、思い出した! いやあ、異世界が長くてド忘れしちゃって。……あれ? ホイコーローって中華だよな? なんで?」

「……べつに。野菜を切る練習になるし……」

「え、ホイコーローって野菜使うんだっけ? 肉のイメージなんだけど」

「……肉も使う、けど、野菜炒めみたいなものだよ。もともと家庭料理だから、そんな難しくないし……。でも、嫌なら別のに……」

「や、ダイジョウブ! コレでモンダイなし。『なんで?』って思っただけだからっ」

 メモに伸ばされたイツキの手を慌ててかわすと、夕方頃に帰宅する旨を告げてルカは家を出た。


 バイトのない平日の放課後にルカがやることといえば、シュンスケとのゲーセン通いが定番のコースだ。

 転校してきた当時は、「学生らしさ」を求めて部活動に入ろうかと考えたこともあるが、補習授業やカウンセリングに追われてるうち、今のスタイルがなじんでしまった。

 たまに知り合いのいる部活に混じることもあるが、あくまで暇つぶしの一環で、本気でうちこむきにはなれない。

 ルカとシュンスケが通っている「SAGAYA」は、本土ではとっくの昔に姿を消したレトロな雰囲気のゲームセンターである。

 懐かしい電子音が反響する薄暗い店内には、一回50円のゲームが所狭しと並び、店のもっとも奥まった場所に設けられたコインゲームコーナーからは、ひときわにぎやかな音が響いてくる。

 その日は、部活が休みでヒマを持て余していたクラスメイト3人も同行し、なかなかの大所帯であった。

 店に入ったルカたちは、示し合わせたように散開した。好みのゲームに興じたり、他人のプレイを眺めたりと、思い思いに行動して時間を潰す。

 そして1時間ほど過ぎたところで、ルカとシュンスケはファタンジー風アクションゲームの前に立ち、協同プレイを開始した。

 最初は2人だけだったが、やがて他の3人も筐体の周りに集まってきて、ルカがゲームオーバーになるや、中のひとりがすかさず50円を投入しゲームに加わった。

 何度もコインを投入しまくり、金に物を言わせて全ステージをクリアし、一同が満足しきったところで、その日の散財は締めくくられた。

 興奮冷めやらぬ5人はゲーセン裏手の公園に移動し、自販機で購入したジュースを手に、たがいの健闘をたたえあった。

 日が沈みかけた頃、ルカはシュンスケらと別れ、自宅近くにある商店街へ向かった。

 夕暮れに照らされた「南斎白商店街」と書かれたゲートをくぐると、車一台がかろうじて通れるほどの狭い道路の両脇に、八百屋に肉屋、電気屋に文法具屋、床屋、布団屋などなど、地域住民の暮らしを支える店舗が軒を連ねている。

 家路につく学生や会社員、夕飯の材料を探す買い物客たちに混じったルカは、店先に立って客を呼びこむ店主たちの威勢のいい声を浴びながら、買い物メモを片手にあちらこちらの店を渡り歩く。

「長ネギよし、キャベツよし、ピーマンよし、全部あるな。あとは豚バラか」

 揚げ物の匂いを漂わせる肉屋の前に数人が列を作っていた。列の最後尾につき何気なくカウンターをのぞきこんでいると、惣菜コーナーに並ぶ数種類の揚げ物が目を入った。

 やがて順番が回ってくると、手にしたメモを読み上げながら、惣菜のひとつを指差した。

「豚バラ150gください。それとあと、メンチカツふたつ」

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