その8
「これ以上、彼らに手を出すことは許さない」
店内が静寂に包まれた。
直前まで活気づいていた捜査官たちは、その場で動けなくなっている。まるで時間が止まったかのようだ。
しかしそれは特殊な力の効果ではない。あくまで心理的な作用によるものであった。ダイナーの椅子に腰掛けた、たったひとりの少年の声に、百戦錬磨の捜査官たちが気圧されていた。
ユウトは決して大声を出したわけではない。声の大きさでいえば、パーカーを相手に話していたときより抑えているくらいだ。
「君たちはなにか大きな誤解をしている。今日僕がこの場へ来たのは、僕の大事な友人であるアレクに呼び出されたからだ」
変わったのはユウトのまとう空気であった。
「君たちに改めて言う必要もないだろうが、彼は祖父の代から祖国に忠義を尽くしてきた軍人一家で、自由と正義のために戦うことに生涯をかける誇り高い男だ」
さきほどまでの陽気な笑顔は消え、声も表情も氷のように冷えきっていた。
「そんな彼だからこそ、君たちの命令に従って僕を呼び出したんだ。忠誠を誓った国家の命令には逆らえない。例えどれほど不当な命令だとしても。決して脅迫に屈したわけじゃない。そんな、不器用なほどに高潔な男の頼みだからこそ、僕はここへ来て、こうして君たちの前にいる」
ユウトが一語発するたびに、凍てつくような鋭気が捜査官たちの肌に突き刺さる。
「はっきりさせておくが僕は君たちを軽蔑している。国家権力を振りかざし、彼の誇りを土足で踏みにじった君たちと同じ空気を吸ってると思うだけで吐き気を覚える。すぐにでもまとめて下水に流してやりたいくらいだ。だが今はやめておこう。そんなことをしたらアレクの信頼に背くことになるからだ。僕のような人間にとって彼は得難い友人であり、その彼に軽蔑され、交友を絶たれるなんて、想像しただけでゾッとする。──しかしそれにも限度がある」
捜査官たちを射すくめるユウトの眼光が冷気を増した。捜査官たちの中には実際に寒気を覚える者も現れ始めた。
「君たちがこうして無事でいられるのは、彼のおかげだということを覚えておいてもらおう。もし君たちが彼らへの感謝を忘れ、恩を仇で返すようなら、僕は彼の友人として最後の義務を果たす。この先、彼らに顔向けできなくなったとしても、友人たちが苦しむ姿を見るよりはるかにマシだからだ」
ユウトはゆっくりとダイナーを見回し、その場にいる捜査官ひとりひとりを見すえる。
「君たちには彼らの名誉と安全を守る義務がある。今後の生活の保証のみならず、今回の一件で失われた尊厳を回復するために全力を挙げると誓ってもらう。──スタイン捜査官、僕は下品な冗談は嫌いだ。君の浮気相手と一緒にされては困る。ベルフォート捜査官、面白いオモチャを持っているようだが、それで僕を殺せると思うならやってみるがいい」
名指しされた2人はギョッとした顔でユウトを見返した。心の内を言い当てられたのは明らかだ。
「警告しておくが、君が次に放つ弾丸はジョーの眉間に当たるよ。必ずだ。最愛の息子を射殺したくないなら、金輪際、銃を持たないことだ」
ベルフォートと呼ばれた人物は、右手を腰にまわした姿勢で硬直している。極度の緊張で武器を握った手を開くことすらできない。
怯える捜査官たちを冷視しながらユウトは話を続ける。
「アレクの顔を立てて作戦には協力する。ただし、僕の友人たちを粗略に扱った報いは受けてもらう。この作戦に関わった者、許可した者、全員だ。オペレーターのオルゲンにケリー、君たちもだぞ」
遠く離れた司令部のオペレーションルームで会話を傍受していた通信担当官と情報分析官は、イヤホン越しに名前を言い当てられ息を呑んだ。
「ひとりの例外もなく、等しく罪を背負ってもらう。罰を受けるのが嫌なら、彼らの安全のために生涯を捧げることだ。自殺や逃亡を考えているなら好きにすればいい。君たちの愛する者に代わってもらうだけだ」
「……正体を現したな」
パーカーは右腰のホルスターから愛銃を抜き放つと、ユウトの眉間に狙いを定める。
「異世界でたまたま得た力を誇示し、
「君たちの意思などどうでもいい。罪には報いがある。それだけだ」
「我々に敵対する者は、すなわちアメリカの敵だ。アメリカを敵に回す覚悟はあるのか? 貴様ひとりで我が国の
パーカーは傲然と言い放った。自分とアメリカを同一視するような物言いは、自尊心と愛国心が歪にもつれあって生まれた錯覚に過ぎないのだが、本人はそのことに気づいていない。
だが、いくら大国の権威を振りかざしたところで、ユウトは歯牙にもかけない。
「僕にハッタリは通じない。大統領はこの件については知らされていない。そうだろ? 君がベッドの中で上司と決めた作戦だ。ああ、クルーズのデッキで酒を酌み交わしてる最中だったかな? それはこの際どうでもいい」
「!? 貴様……、馬鹿な、なぜ……」
「重要なのは長官の許可も得ていないということだ。この件が公になって困るのは君たちのほうじゃないのかな?」
交渉の切り札をあっさり失った挙げ句、面前でスキャンダルを暴露されたパーカーは絶句し立ち尽くした。ユウトの言葉にいろめきたったのはパーカーの部下たちであった。
「どういうことです
「大統領直々の極秘任務だったんじゃ!?」
「お前ら落ち着け! 今はそんな話をするときじゃない! 騙されるな! 帰還犯の虚言だ!」
バグネイルが声高に制止を試みるが耳を貸す者はいない。ダイナーにいた捜査官全員がパーカーに詰め寄る。
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