その7
「どうやら誤解は解けたみたいだね」
椅子の上でくつろぐユウトの姿が、パーカーのささくれだった心を負の方向に刺激する。
「……甘く見るなよ、
「やれやれ、人違いだと分かってもそれかい? 困ったな。いったいどう言えば納得してくれるんだか」
ユウトはしかつめらしく腕を組んで考えこんだあと、両腕をひらいて肩の位置まであげてみせた。
「しょうがない。君たちに協力するよ。とりあえず話を聞かせてもらえるかな?」
「ユウト!?」
友人の降伏宣言に驚愕しアレクが体ごと振り返ると、ユウトはいつもと変わらぬ調子で笑いかけた。
「申し訳ないアレク、そういうことなんで、今日のところは帰ってもらえるかな? 政府の極秘案件らしいからね、君たちには聞かせられない」
「ユウト……?」
ユウトは居並ぶ捜査官たちには目もくれず、まるで友人同士の昼食会を中断するような口調でアレクたちに帰宅をうながす。
「……何をいっている? 貴様に決定権などないぞ」
それを握っているのは自分だと言わんばかりのパーカーをよそに、ユウトはアレクたちに語り続けた。
「レイク・キシミーで釣り上げた大物の話は、今度ゆっくり聞かせてもらうよ。それとキャス」
「……?」
「進学祝いは前に言っていたグローブとバットでいいかな? 欲しい物があったらなるべく早めに教えてくれるとありがたいな。ああ、ミシェル怒らないで。誕生日の約束を破ったおわびもかねてるんだ」
「そんな、あの、でも……、アレク?」
返答に困ったミシェルは夫に助言を求めたが、銃弾飛び交う戦場でも平静さを失わなかった男が、このときばかりは妻に返す言葉がなかった。傲岸不遜を地で行くドンでさえ、ユウトの変貌ぶりに困惑を隠せない。
「戯言はそこまでにしておけ」
戸惑うアレクたちに代わって詰め寄ったのはパーカーであった。
「コイツらは同行させる。貴様が余計なことをしないよう任務が終わるまで拘束する。いわば保険だ」
「手間を省いてあげてるんだけどな。その手の工作は通じないって分かっただろ?」
アレクたちを拘束しようと、RSAの捜査官たちが包囲の輪を狭める。
ところが、妻と娘を背にしたアレクが戦闘態勢を整えた矢先、当のパーカーが部下の動きを制した。
「……いいだろう。バグネイル、車を用意させろ。一家を自宅まで送り届ける」
「!?」
パーカーが態度を急変させたことに捜査官たちは騒然となった。
「せっかくだがそれには及ばないよ。そうだろ、ドン」
「お? ……おお、まぁな」
状況を理解できないのはドンも同様であったが、ユウトに水を向けられると素早く理性を取り戻した。
ミシェルとキャサリンを乗せてきた彼の愛車はダイナーのすぐ前に駐車してある。
おまけに2ブロック先には、彼らの帰還を待ちわびるコースターズの仲間たちも待機している。ダイナーを出てしまえば安全を確保できるのだ。
「ケイティ!? いいんですかっ?」
困惑したバグネイルは、言外に指示の撤回を求めたが無駄であった。
「構わん。責任は私がとる」
改めてパーカーから指示を受けた捜査官たちは、納得し難い表情のまま手にしていた武器を収め、アレクたちを店の外へ送り出した。
去り際、アレクが重ねて謝罪しようとするのを、ユウトは片手を挙げて止め、屈託なく笑いかけた。
「今日はみんな疲れただろ? 帰ってゆっくり休むといい。明日目が覚めたら全部よくなってるから」
後ろ髪を引かれる思いで店を出たアレクたちは、ドンの車に乗りこむとすみやかにダイナーを離れていった。
ユウトはダイナーの戸口に立ってそれを見送り、友人たちを乗せた車が視界から消えたところで、ようやく店の中へ戻りパーカーのもとまで戻ってきた。
「パーカー主任、寛大な配慮に感謝するよ」
「……なんの話だ?」
ユウトにいぶかしげな視線を向けたパーカーは、急にハッとしたように顔を上げ周囲に視線を走らせた。
「ヤツらはどこへ行った!?」
「? ヤツらとは?」
問われたバグネイルは上司の質問の意味をつかみかねた。
「ギャレット少佐だ! どこへ行った! なぜ誰も気づかなかった!?」
パーカーの怒声を受け、捜査官たちは再びざわつき出した。バグネイルは動揺を抑えこみ上司に対する。
「少佐たちはご命令通り帰宅させました。そろそろ自宅に到着する頃だと思いますが……」
「なんだと!? なぜそんな勝手な真似をした!? 誰の命令だ!? すぐ連れ戻せ!」
だが、誰もその場を動こうとしない。ふだんであればパーカーの命令一下、一斉に動き出すはずの捜査官たちは上司を取り囲んだまま微動だにしない。
捜査官たちのパーカーを見る目は不審の色に満ち、たがいにひそひそとささやきあっている。
「何をしている! 急いで少佐たちを連れ戻せ! 余計な指示を出したのは誰だ!?」
「ケイティ、命令したのは貴方ですよ? ほかに誰がいるっていうんです。いったいどうしたんですか?」
「!?」
パーカーは部下の言葉に虚をつかれたようであった。放心状態で数秒間立ち尽くしたあと、何かに気づきユウトをにらみつけた。
「……貴様だなっ」
「どの件のことかな?」
「とぼけるな! 貴様が私にやらせたんだな!? そうだろ! そうに決まっている!」
パーカーが異世界の力に言及したことで、ようやく捜査官たちも先ほどの上司の奇妙な命令に合点がいったが、加害者と決めつけられたユウトはすまし顔でこれを否定する。
「いったい何を根拠に? 君たちは僕のファイルを見ているんじゃないのかい?」
「……っ!」
確かにRSAにあるユウトの資料には、人を操る類の能力についての記述はない。もしそのような力があると知っていれば相応の対策を取っていた。
だが状況から考えてユウトの関与は明白だ。そうパーカーは確信している。
「図に乗るなよ。
パーカーは店内の捜査官たちに向け強い語気で言い放った。
「ギャレット少佐とその家族を国家反逆罪で逮捕しろ。弁護士の接見も不用だ。厳重に拘束したうえでバラフートの重警備独房に隔離する。妨害する者はみな共犯者とみなせ。抵抗するなら射殺も許可する!」
わずかに弛緩していた空気がたちまち緊張をはらむ。捜査官たちは背をただし、速やかに命令を実行すべく、ダイナーを飛び出していく。
──かに思われた。
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