その2
テントから出たシプトンとヴィッサーが目にしたのは、視界を覆う猛吹雪のベールであった。
「な、なんだ、こりゃ……」
少年たちが出入りしていたときのようすから、テントの外が薄暗いのは分かっていた。てっきり夕暮れどきだと思いこんでいたのだがそうではなかった。
吹雪が収まっているのは、彼らのテントを中心にした直径30m程度の範囲だけであった。より正確に描写するなら、吹き荒れるブリザードの真っ只中にドーム状の無風空間ができていたのだ。
完璧に除雪された地面の上に折りたたみ式の照明ライトが立てられ、陽の光の届かないドーム内を照らし出している。
「これも、異世界の能力、なのか?」
シプトンは恐る恐るドームの境目まで歩み寄った。
吹雪によって叩きつけられた雪が、まるでドームの外殻を形成するかのように空中で停止している。シプトンが見つめるなか、その「雪壁」はどんどん大きく広がっていく。
「どうなってるんですかね、これ……」
ドームの境目には何もない。ガラス一枚さえ存在しない。にも関わらず、雪も風もシプトンたちのいる空間に入って来ない。
眼前でけたたましいほどの轟音を立てて風が荒れ狂っているのに、わずかなそよ風すら感じないのは、じつに奇妙な体験であった。
「おお……!」
「すごい、なんだこれ……」
気づけば他のテントにいたスタッフたちも外に出てきていた。シプトンが見たところ全員無事のようだ。
「マリアム! 治療は終わった?」
頭上からの声に驚きシプトンが振り仰ぐと、ドームの天井あたりから、さきほどの少年がゆっくりと降りてくるところだった。
背に翼があるわけでもないのに空中を浮遊している。少年の周囲だけ重力がないかのようだ。
「全員体調は問題ない。意識のほうは、動いているうちに回復するだろ」
大地の上に降り立った少年はマリアムの言葉にうなづくと、シプトンたちに向けて撤収の準備に入るよう告げた。
「僕たちは
「
「助かった!!」
──
帰還民の互助団体を起源とするアメリカ政府の公的機関で、国内の事故や災害現場での救助活動を主目的とする。
ここでいう「パラディン」とはPUVDに所属する帰還民の総称である。もともとは中~近世のヨーロッパで高位騎士に用いられた「
クルーのなかには憎むべき帰還民に助けられたと知って顔をしかめる者もいたが、少年は構わず続けた。
「救助希望者は荷物をまとめたのちそこのシートの上で待機。その際、RSA発行の証明書を提示するか、この用紙にサインするように。出発は今から30分後」
少年が示した先には、幅5m、長さ10mほどの青いシートが敷かれていた。
「秘密保持? 情報規制しようってのか? 我々の安全はどうなる!?」
「これまで撮影した分は? まさか没収されるんじゃないだろうな?」
撮影スタッフたちは口々に疑問や不安を言いたてたが、少年は同じ言葉を繰り返し、最後にこうつけたした。
「この空間を維持するにも限界がある。希望者は急ぐように。荷物を置き忘れても責任は持たない」
少年が説得とも脅迫とも取れる説明をしている間に、マリアムはさっさとシートの端に座りこみ、懐から取り出した本を広げている。
「……なんなんだ、こいつら。信用していいのか?」
「これ、夢じゃないよな?」
「死にかけて幻でもみてんのか俺」
もともと帰還民に反感を抱いている集団だが、そうでなくても少年たちの行動に「何か裏があるのでは」と勘ぐるのも無理からぬことであった。
登山者とは思えない軽装でいきなり現れ、まともな説明もなく居丈高に指示をする。シプトン一行でなくても怪しむ条件がそろっている。
「家に帰れるなら夢でも幻でも構うもんか! ここで氷漬けになるよりはマシだっ」
煮え切らない仲間たちにしびれを切らしたのか、スタッフのひとりが背を向けてテントのほうへ歩き出した。
「……だな! だいたい俺たちをだますために、わざわざこんなトコまで来るとも思えんしな」
「待てよ、秘密保持に合意するのか? もう活動できなくなるかもしれんぞ?」
変節をためらう声もあがったが、仲間たちを止める効果などないことは発した本人が一番分かっていた。
「ならアナタは残りなさいよ。契約書の代わりに自分の死刑執行書にサインすればいい」
「最近は死神もお役所仕事なんだな。まさか羊皮紙じゃないよな。羽ペン持ってるか?」
「どっちにしろ、ヒミツは完璧ね。あ、ジェニーに伝言ある? 手紙書くなら急いでね」
「おい、待てって! 俺も行くって!! なんなんだよお前ら……!」
ひとりが決断すると、雪崩を打つように他の者も続いた。当たり前の話ではある。帰還民への反感を捨ててしまえば、ここでためらう理由も余裕もないのだ。
しかし、そうした流れに逆らう者がひとりだけいた。
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