その6
エレベーターホールの造りはどの階も同じだった。ホールを横断する廊下の右側に入った2人は、その後、道なりに突き進んだ。来たときとは違って、丁字路にぶつかることもなければ、階段の上り下りもない。
一度だけ鉄格子に行く手を塞がれたが、リンが門番らしき人物にミナミの名刺をかざすと、あっさりと通行が許可された。
鉄格子をくぐったあと、ルカは見覚えのある三叉路に出た。
「ここ、来るとき最初に通った分かれ道じゃないですか?」
「よく分かったね」
「……わざと遠回りしたんですか?」
「このデタラメっぷりは、実際に歩いてみなきゃ分からないでしょ。ケイケンだよ何事も。それに帰りに遠回りするよりいいと思うけど?」
「それはまぁそうかもですけど」
「ミナミさんの名刺、大事にしなよ。この町のフリーパスみたいなもんだからね。さっきみたいに通行証代わりにもなるし、住民に見せればたいていの頼みは聞いてもらえるから」
「へー、スゴイ効力があるんですね」
「そうだよ。バイト君にはもったいなさすぎるよ」
どうやらこの町では、ミナミから名刺をもらうということは相当のステイタスらしい。ルカが名刺を受け取ろうとしたとき、リンが「まだ早い」といった意味がようやく分かった。
分かれ道から先は、来たときと同じ通路をたどった。
外周列車のホームまで来ると、すでに貨物の積み込み作業は終わっていて、あたりに作業員らしき人影はなく静まりかえっていた。
途中、身体に何かが戻ってくるような感覚を抱いたルカは関所でのやり取りを思い出し、車両の席につくなりリンにたずねた。
「センパイ、関所でのアレ、どうやったんです?」
「アレって?」
「ほら、
ルカの斜め前に座るリンは、往路より広くなったスペースを満喫するかのように足を組む。
「使えるよ。話ちゃんと聞いてなかったでしょ」
「……あれ、そうでしたっけ?」
「ちゃんと聞いてたなら、ツバキさん、なんて言ってた? 覚えてる?」
「あー……、この島には、帰還民の力を抑制する結界みたいなものがあって……」
突然口頭試問を受ける羽目になったルカは、リンの顔色をうかがいなら、出発前に受けた
「で、それは下に行くほど効果が強くなっていって、最下層では一切の力が使えなくなる、だったような……?」
「……まぁ、いいか。だいぶ抜け落ちてるけど」
かろうじて赤点は免れたルカはほっと胸をなでおろす。
「つまりそういうコト。まぁ、
「え? 最下層では一切使えないんですよね?」
「らしいね」
「??」
「……ああ、そういうコトか」
困惑した顔のルカを見て、ようやくリンは後輩の勘違いに気づいた。
「ココは最下層じゃないよ」
「違うんですか!?」
「じゃなきゃ、第2層なんて言い方しないよ」
あとになって、そういうものだろうか、とルカは首をひねったが、このときはそんな余裕はなかった。
「最下層はここから2,000mくらい下らしいよ」
「……どんだけデカイんですか、この島」
ルカが呆れてため息をついたとき、ホームと車内に発車ベルの音が響き渡った。ベルが鳴り止むと同時に外周列車のドアが閉じられ、先頭車両からゆっくりと動き出した。
「松形っていえば、ホントに大丈夫なんですか?」
「なにが?」
「さっきのアレですよ。人権的なコトであとあと問題になりません? 松形も言ってましたけど、キビシすぎるっていうか。法律的なコトは本土と同じって言いましたよね?」
「そんなに変わらないって言っただけ」
「ええ……」
ごまかされたような気がしないでもないが、本職のリンにここまで堂々と言い切られたらどうしようもない。
「あの引き渡し場所にいた人たちって、異民局の人なんですよね?」
「違うよ」
「あれ、そうなんですか?」
「下の人間を雇ってるだけ。なんで?」
「いや、『下の支部ってこんな感じなんだ』って思ったんで」
「あそこにいるのは犯罪者だけ。そんなトコに支部なんて作るわけないじゃん」
「ですよね。下のコトには関わらないんでした」
第2層が異民局の管轄外であることは、来るときに松形と話していたことだった。
「あ、けど、ナワバリ争いみたいな話もしてたじゃないですか。異民局の人間が常駐してたらそういうのも無くなるんじゃないですか?」
リンは細い足を組み替えながら、熱のこもらない声で応じた。
「いい心がけだね。バイト君が正式採用されたら第2層の専属職員として推薦してあげるよ」
「いやいや! 俺は無理でしょ。センパイとか経験者じゃないと……」
予想外の重責をふられたルカは両腕で大きな✕の字を描く。
「自分でやれないのに他人にやらせようっての?」
「え!? ヤ、そうじゃないですけど……。でも、じゃあ、なんで放置してるんです?」
「人もお金も足りないからだよ」
窓枠に頬杖をついたリンの顔が、暗闇のトンネルと明るい車内を隔てるガラスに映りこむ。
「バイト君は来たばかりだから分からないだろうけど、
「……」
「そういうトコから頑張って、今みたいな住みやすい環境になったわけ。それでも事件は起きるし、ちょっとでも手を緩めたら、すぐ元に戻っちゃう。ギリギリでやってんの。だから下のコトは下の人間にやってもらうしかない」
24区ができた経緯についてはルカも知っていたが、その当時の状況については初耳だった。てっきり移住が始まった時点で、ある程度、都市機能が整っていたのだと思っていた。
「だいたい、他人に迷惑かけまくったヤツが快適だの安全だの求めるのがズーズーしいっての。お仕置きなんだから『行きたくない』って思わせないと意味ないっての」
第2層の過酷な環境そのものが犯罪抑止力になるという。その考えはルカにも理解できた。
「言っとくけど、ミナミさんも
下目遣いの視線がルカを射すくめる。
「あの人たちが、
「……なんかサツバツとしてますね」
「おたがいサマ。あっちだって分かってるよ。キレイごとじゃ済まないってね。ヒーロー気取りのヤツには向かないシゴトってコト」
冗談めかして放たれた最後の一言は、言葉の針となってルカの胸に刺さった。
「べつにそんなつもりはないですけど」
「じゃあ、なんでバスをほったらかしにしたの?」
「バス?」
「公園のど真ん中でハデに止めてみせたじゃん。バイトの初日に」
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