その2
客車の中は、中央の通路を挟んで4人がけのボックス席が左右に並んでいる。ルカたち以外の乗客は見当たらない。
リンは出口に一番近い席の窓際に座ると、自分の正面に
一行が席について間もなく発車のベルが鳴り響き、列車の扉が閉じた。外周列車が動き出すと同時に、松形もおしゃべりを再開する。
「ニイチャンさ、下がどういうトコかホントに知らないんだな」
「はぁ。エリア全体が刑務所みたいなもので、何が起きても警察も異民局も干渉しないってコトと、異世界で身につけた能力が使えないってコトくらいしか」
「そりゃキホン中のキホンだな。イチバン肝心なコトが抜けてるよ。下じゃ、時間の流れが違うって知ってるか?」
「時間?」
「ハー、やっぱ知らねぇのかっ。ダメだなぁ、ニイちゃん! 異民局の人間がそんなコトも知らねーとはさぁ」
松形は勝ち誇ったように講釈を始めた。
「いいかいニイチャン、上と下じゃ、時間の進み方が倍以上違うんだぜ。日によってバラつきがあるみたいだけどよ、俺が前に行ったときは、5年も下で暮らして、戻ったら1年しか経ってなかったからな」
「え、なんですかそれ。じゃあ、下にいる間はどんどん年取っていくってコトですか?」
「まぁ、上の人間から見たらそうなるわな。下で暮らしてるぶんには何も変わらんけど」
「……あ、だから下で畑を作れば、第1層より早い周期で収穫できるって?」
「そうそうそう。分かってきたじゃんよ。牛とか豚とか飼ってるぜ? デカイ池で魚増やしてるやつもいるしな」
「……刑務所ってわりに、のどかなんですね」
「ああ? ドコがよ?」
「だって、畑耕したり、牛育てたりしてるんでしょ? なんか牧歌的じゃないですか。犯罪者だけのエリアっていうから、もっとこう、サツバツとした場所かと思ってましたよ」
「ハー……、ほんと何も分かってねーな、ニイちゃん……」
松形は手錠をしたまま器用に肩をすくめる。
「誰もやりたくてやってるんじゃねーよ。そりゃ中にはそういうヤツもいるかもだが、たいていのヤツは仕方なくやってんの。働かないと生きていけねーから」
「スゴくフツーのことに聞こえますけど?」
「だーかーらぁ! そうじゃねーっての。いいか? 下には警察もお役所もねーんだぜ? となりゃ誰も法律なんて守らねーよ、だろ? バイオレンスな世紀末で、俺みたいな善良でか弱い人間がひとりでいたら、あっという間に殺されちゃうわけよ。そういう目にあいたくなければどうすればいい? そう! 強えヤツの下につく! これしかねー。下には、そういうグループがいくつもあって、村だったり、町だったりが出来上がったのよ。
外周列車の停車駅といえば、第1層から追放された人間が最初に降り立つ場所になるわけで、そこに集落ができるというのはもっともな話に思える。
「なるほど。みんなで仕事を分担して、町を運営してると」
「だぁ、違う違う! そんな甘い話じゃないっての。グループがデカけりゃデカイほど、そのトップに立つヤツは相当のワルなわけよ? そんなヤツが他人のために働くか? んなわけねーっての。手下に働かせてその上がりをちょうだいするだけ。俺らみたいなのは、下っ端の下っ端のそのまた下っ端として酷使されるわけよ。強制労働。奴隷だよ奴隷。カワイソーな話だろ? な?」
松形がルカ相手に第2層に関する講義を行ってる間に、外周列車は速度を落とし始め、やがて目的地に到着した。
まだ車両が動いているうちから、リンは座席から立ち上がりドアの前へ向かう。その手に握られたロープに引きずられるように松形が後に続き、その背後にルカが並ぶ。
「なんかずいぶん雰囲気が違うなぁ」
ルカたちが降り立ったホームは、客車部分と貨物車部分がバリケードで仕切られており、バリケードの向こうでは早くも多くの作業員が動き回り、荷物の出し入れが始まっていた。
「だろ? 陰気臭くてほんとイヤになるぜ」
第1層のプラットフォームも質素な作りではあったが、第2層の場合は全体的に薄暗く、鉄骨もむき出しで、無骨というか粗雑な印象を受けた。
ルカと松形のやりとりに構うことなく、リンはポケットから鍵を取り出すと、ホームにただひとつだけある鉄製の扉を開いた。
扉の先は四畳半ほどのスペースがあり、左手奥の壁に階段が見えた。階段はどうやら螺旋状になっているらしく、しばらくの間、窓も扉もない階段をひたすら上がり続けた。
ルカや松形の息が荒れ始めた頃、ようやく階段が終わった。すでに方向感覚はなくなっていて、自分がどちらの方角を見ているかもわからない。
階段を上がりきった踊り場には鉄の扉がひとつあるきりで、リンは先ほどと同じ鍵を使って扉を開いた。
扉の向こうには2mほどの短い廊下が続き、廊下の突き当りは、やはり同じような鉄の扉で塞がれていた。
踊り場から廊下へ足を踏み入れたとき、ルカはかすかな違和感を覚えた。体から何かがスッと抜けたような不思議な感覚だった。
「どーよ、ニイチャン。フツーに戻った気分は?」
ルカの心境を見透かしたように、松形がニヤニヤと笑いかける。
「あー、これってそういうコトなんですか」
松形の言い方から察するに、たった今、ルカは異世界で身につけた力を失ったようだ。
「あんま実感はないですけど」
ルカが腕や足をぐるぐる回している間に、リンは廊下の奥まで進むと、扉の表面を拳で軽く叩いた。
扉の向こう側からのぞき窓が開かれ、短いやり取りのあと鍵の開く音がして、扉がゆっくりと開かれる。
「護送対象は連続窃盗犯の松形
鉄の扉の先は、大昔の牢屋を思わせる、10m四方ほどの広さの部屋であった。左右と天井はコンクリートの打ちっぱなしで、正面全体は頑丈な鉄柵が張り巡らされ、その向こうには雑草の生えた地面が広がっていた。
「いかにも『関所』って感じですね」
扉を開いてくれた警備員らしき人物は、リンから渡された書類にざっと目を通すと、鉄柵の前に立つ同僚に目配せしたあと、右手にある通用口から出ていった。
「辛気臭ぇなぁ、あいかわらず。立ってるだけで気が滅入るよ。地下に落とされて最初の一歩目からこんなモン見せられてどーよ? 精神エーセー上、よくねーと思うんだよなぁ。な?」
リンが事務手続きをしているかたわらで、当事者の松形はのん気に講釈を再開していた。
「こんなトコでずっと生活してたら、やさぐれるのもトーゼンだろ? そう思わん?」
「はぁ。まぁ、そういうコトもあるかも知れませんね」
「あるんだよ。だからさ、悪人を減らしたいなら、もうちょっとこう、なんてねーの? 社会復帰のための更生的な? そういうトコも重視したほうがいいんじゃね?」
「必要ないよ。地下送りにされたヤツが『二度と戻りたくない』って思えばそれでいい」
ずっと無視を決めこんでいたリンが初めて口を開いた。
「いやいや。分かってないなぁ。そんなアマちゃんばかりじゃねーんだって。よその世界で生き抜けたヤツはさ、どんな環境にだってテキオーしちゃうのよ。何度送られても反省なんてしないし、出てくるたんびに同じこと繰り返すぜ? あ、もちろん俺は違うけどな。ちゃんと反省したからさ」
「どうでもいいよ。反省できないヤツは一生地下で暮らすんだから」
「……あ、そうなの? きびしいね~……」
淡々と語るリンのようすに不安を感じたのか、松形はどこか芝居がかった動作でルカのほうをふりかえった。
「あ~、そうだそうだ。あのさー、俺、どんくらいで出てこれる?」
「え? さぁ? 俺に言われても」
「前が1年だったから、2年くらいか? まさか5年とかねーよな? な?」
「いや、だから知らないですって。聞いてないんですか?」
「なんだよ、ニイチャンっ。隠すことねーだろ? なぁ! そんなに長くねーよな?」
さっきまでの余裕は消え去り、松形は手錠のかかった両腕でルカにすがりつく。
「こんなトコで20年とかカンベンしてくれよ!? なぁ!」
「だから俺は……っ」
「聞いてなかった?」
不安にかられて喚き散らす松形の背中に無情の宣告が刺さった。
「アンタは二度と上には戻れないよ」
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