その5
警察署での取り調べに立ち会ったリン、フウマ、アオイの3人が保安課のオフィスに戻ったのは、勤務時間をとっくに過ぎた19時35分のことであった。
「フウマ以下3名、戻りましたぁ」
「みんな、お疲れさま」
すでにルカは帰宅している。オフィスに残っていた
「ほんと疲れました……」
「アイツら、うだうだうだうだ言い訳ばっか! リストの確認くらいさっさとやれっての!」
「でも、リンちゃん先輩来るまでは、もっとひどかったですよ。ずーっと文句ばっかり。それが、リンちゃん来た途端、大人しくなったんだから」
「いったいどんだけ締め上げたんだか」
「フツーよ、フツー。ちょっとなでてあげただけ」
静まり返っていた室内が一気に賑やかになる。
「ヒロさんの差し入れが冷蔵庫に入ってるから、みんな食べて。私とススキ君はもういただいたから、残りは3人で分けてね」
「やった!」
冷蔵庫に駆け寄った女子2人は、キレイに折りたたまれた箱を開き歓声をあげる。
「わ、シュークリームだぁ!」
「私、大好きです!! ヒロさんのシュークリーム!」
後から歩み寄ったフウマも、アオイの差し出した箱からひとつ手に取る。
「いつも有り難いな。また何かお礼しないとな」
「私、ヒロさんの差し入れもらえるだけで、この仕事やってよかったって思う」
「そこですか!?」
それぞれのお菓子を手にした3人は、自分たちの席に戻ると残った仕事の処理にかかった。糖分を補給したおかげで頭がスッキリし、書類の整理もはかどる。
1時間ほどして、全員が本日の仕事を済ませたのを見計らうと、慧春は今日の出動時におけるルカのようすについて意見を求めた。
「悪くなかった」
最初に口を開いたのは、ルカの仕事ぶりを一番近くから見ていたフウマであった。
「終始落ち着いていて、窓をふさいだときの魔法も手慣れていた。たしか、あっちで魔族だっけ? 凶暴な連中と暮らしてたって話もうなづける」
「どうかなぁ。すぐビクつくとこあるし。アンタがそばにいたからじゃない?」
監督責任を負っているぶんリンの採点は辛い。先日の無人屋敷探索中に見せたルカの狼狽ぶりも減点の理由になっている。
「かも知れんが、そのへんは慣れだろ?」
「かもね」
リンが含みのある言い方で話を打ち切ると、アオイが恐る恐る手を挙げた。
「あの、私も、とくに問題なかったと思います……。それに、彼の風船の魔法、ですか? スゴイと思いました。とても頑丈なのに形も自由に変えられて、まるでしつらえたようにピッタリと壁に固定されてました」
アオイの手には人事部から送られてきたルカのファイルがあった。
「実際に見るまで実感なかったですけど、いろんな場面で利用できそうじゃないですか。彼の魔法は、ウチの仕事に最適ですよ」
「同感だな。救助作業もイケそうなのは大きい。彼の力を有効に使うためにも、さっさと特練に参加させるべきだと思うね。本人も乗り気だったしな」
「またそれ?」
リンはいささかうんざりしたようにフウマを見やる。
「私らの訓練は実戦を想定したもので、バイトにケガさせるわけにはいかないし、だからって手を抜いたら意味ないでしょ」
「現場に立たせておいてか?」
「だぁから、ちゃんと安全は確保してたじゃん。ってか、そのヘンは会議でシたよね? バイト君に何かふきこんでたみたいだけど、うっかり忘れてた?」
「覚えてるさ」
今回、ルカを現場に同行させた理由は主に2つ。1つはルカ自身に現場の雰囲気を感じてもらうことであり、もう1つはリンたちがルカの立ち居振る舞いを観察することである。
「バイト君がどう思ってよーが、学生やってる間はバイトが原則だし、バイトのうちは安全第一。本採用されたら訓練なんてイヤでもやらされるんだから、あとの楽しみにとっとけばいーの」
今日の出動はリンの独断ではない。
ルカを現場に同行させる件について、数日前の班会議で議題に挙げたのは慧春であり、主旨を説明したうえでリンの意見を採り入れ決定した。その場にはフウマもアオイも同席し、納得していたことである。
リンにとっては今さら蒸し返す話ではないのだが、フウマは引き下がらない。机に右ヒジをつくと、対面に座るリンのほうへ身を乗り出す。
「そこが分からん。学生に兼業させたって、
フウマの隣に座るアオイは、どっちの言い分も分かるだけに、口を挟むこともできずフウマとリンの顔を交互に見やる。
おろおろするばかりのアオイと対象的なのが慧春で、机の上で左右の指を絡ませたまま、2人の会話を静かに見つめている。
保安課の慣例として、新人の指導方針は担当者に一任されている。ルカの処遇についてはリンの意向を最優先し、よほどの事情がない限り慧春が口を出すことはない。
では、横槍を入れているフウマに非があるのかといえば、そうとも言いきれない。保安課の戦力拡充という点で彼の主張は理に適っていて、前例に照らし合わせても何も間違ってはいない。
会議のときはまだルカの「風船」の実用性を理解していなかったが、それを知ったことで新たな見解を抱くのは当然のことだ。
さらに、保安課内では自由な議論が奨励されており、チーム内での疑念や不安を解消するためなら、どれだけ意見をぶつけ合ってもとがめられることはない。
「なんで今回だけこだわる? 何か気になることがあるのか?」
「まだアイツの全部を見てないからだよ」
「? 何か隠してるっていうのか?」
「違う。けど何か『隠れてる』気がする。それがハッキリするまではチームに入れる気はない」
「え?」
思わず声を発したアオイは慌てて口をふさいだが、リンとフウマはそちらに注意を向けることはなかった。
しばらく無言で視線をぶつけ合ったあと、フウマは前のめりだった姿勢を改め、ゆっくりと椅子の背もたれに体を預けた。
「……なるほど。そういうことか」
断定を避けてはいるが、リンの言わんとすることがフウマには理解できた。
たしかにそれは、ルカを間近で観察しているリンにしか判断できないことであり、フウマが口出しすることではない。
部下の議論を静観していた慧春がおもむろに口を開いた。
「他に気になることはない? じゃあススキ君の件はこれで決まりね。彼の指導はリンちゃんの判断に任せるけど、ひとりだといろいろ大変だし、気づかないこともあると思うから、みんなも協力してあげてね?」
「はい」
「リョーカイです」
3人は同時にうなづくと、それぞれ机の上を片づけ帰りの仕度を始めた。一同は局内の食堂で遅い夕食を済ませたあと、それぞれの帰路についた。
同僚たちと別れ、ひとり自宅へ向かう道すがら、リンは何気なく頭上を振り仰いだ。明るい月の浮かぶ空は、記憶にあるトーキョーの空よりも多くの星が瞬いている。
「戻ってきたからって無かったことにはならないよね」
星に向かってつぶやくと、リンは再び歩き出した。
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