その4

 目的のリサイクルショップは、松形まつかたたちのアパートから車で20分ほどの距離にあった。

 道路沿いに建てられた2階建て家屋の店頭には、数台の自転車やソファ、洗濯機などが並んでいる。手書きの値札がついているところからして、すべて売り物なのだろう。

 リンは店の入り口をふさぐようにしてCCVを停車させると、パトカーから出てきた警察官たちを振り返った。

「店の周辺を抑えて、誰も出入りできないようにして。バイト君、そいつ連れてきて」

 ルカがパトカーから松形を連れ出している間に、リンはさっさと店の中に入っていく。

「店長、いる?」

 狭い店内は中古品の山で埋めつくされ、商品棚で仕切られた通路はまるで迷路のように入り組んでいる。

 リンが迷いのない足取りで店の奥まで進むと、カウンター奥の座敷から中年の男が出てくる。

「なんだ、またアンタか。今日は何のようだ?」

「コイツから買った品物は? 全部出して」

 リンは松形の襟元を引っ張り、店主の前に突き出す。

「いてて! おい、乱暴すんなよ!」

「カンベンしてくれよ、なんだいきなり」

 松形と店長が同時に声をあげるが、リンは男たちの抗議を無視して話を続ける。

「こいつが売ったモノを出せっていってんの。持ち主に返すんだから」

「なんだい、また盗品だったのか?」

 事情を察した店長は、わざとらしくため息をつく。

 松形たちの「仕事」は承知していたが、中古品を買い取るときにいちいち出どころを確認する義務はない。「盗品だと知らずに買った」ものを、持ち主に無料で返却してやる義理もない。 

(最低でも買値の3倍だな。大事なもんならそれくらいふっかけても出すだろう)

 打算をめぐらしながら、店長はふてぶてしい顔でリンを見返した。

「そりゃ気の毒な話だが、こっちも商売だからね。買い戻したいなら金をは……」

 空気を裂く音がして、アカマツ製のカウンターが二つに割れた。振り下ろされたリンの手にはいつのまにか紅い刀が握られている。

 刀の切っ先は、大きく開かれた店長の足と足の間を通過し、床上1mmの位置で止まっていた。

「ひーっ!? なっ、なななな……!」

「さっさと出して」

「ははははっい!!」

 リンのひと睨みで商魂を投げ捨て店主は、イスからとびあがると必死の形相で店内を走り回り、半壊したカウンターの上に品物を並べていく。

「これで全部? あとでウソが分かったら罪が重くなるからね」

「ま、待ってくれよ! 俺はこいつから買っただけだ。盗品だなんて知らなかった! ほんとだ!」

「コイツが前科持ちだってのは知ってるでしょ。それでも怪しいと思わなかったっていうなら故買屋の免許は取り消しだね。おマヌケさんに務まる仕事じゃない」

「そ、そりゃ少しは思ったけどよ……」

「なんで通報しなかった?」

「そ、それは……」

「前に言ったよね? 盗品と承知で売買したらアンタも同罪だって。24区ここではそれがルール」

「……」

「許してほしいなら買い取ったモノ全部持ち主に返しな。売った物があるなら買い戻すか、被害者が納得できるだけの物を用意する。できないならアンタも共犯だ」

「わ、分かった分かった! 必ずそうする!」

 リンが背を向けて出口へ向かうのを見送ったあと、店主は松形に恨みがましい目を向けたが、当人はヘラヘラと笑いながらリンの後に続いた。

 外で待っていた警官に松形を引き渡すと、後の処理を任せてリンとルカはその場を離れた。

 CCVが進路を北に取ったため、異民局に戻るのだろうとルカは思ったが、リンは建物の少し手前でCCVを止めると、そこでルカを降ろした。

「私はフウマたちと合流するから、先に戻ってて」

「取り調べですか? 俺はいいんですか?」

「バイト君にはまだ早いよ」

 にべもない言い方だが、確かにその通りであった。去っていくCCVを見送り保安課のオフィスに戻ったルカは、慧春えはるに事の次第を報告した。

「お疲れさま。初めての出動はどうだった?」

 出動と聞いて最初にルカが思い描いたのは、彼自身が重要な役目を与えられ、期待以上の活躍をする姿であった。

 それに比べたら現実はなんとも地味な役回りで終わってしまったが、さすがにそんな幼稚な妄想をバカ正直に打ち明けられない。

「メチャクチャ緊張しました。後ろで見てただけですけど」

「退路を断つのも立派な任務よ。まだバイトなんだしね。今は現場の雰囲気を肌で感じてくれるだけでいいの。少しずつ慣れていきましょ?」

「はい」

「じゃあ、今日はもう作業はいいから、報告書をまとめてくれる? 現場の状況や確保の段取り、そのほか気づいたことは何でも、できるだけ細かく書いてみて。ちょっと大変だと思うけど、これも仕事に慣れるために大事なことだから」

「分かりました」

 自分の席につこうとしたルカは、あることに思い至り、再び慧春のほうに向き直った。

「あの、帰還犯を捕まえるトキって、いつもあんな感じなんですか?」

「あんな?」

 漠然とした問いかけに、慧春は小首をかしげた。

「あの、今日の現場って、センパイだけで犯人を抑えにいったじゃないですか? フウマさんとアオイさんがいるのに。いつもそんな感じなのかなって」

 いくらリンが腕利きとはいえ、万が一のことを考えたら手勢は多いほがいいのではないか。せっかく人手があるのだから全員で事にあたったほうが確実だし、危険も少ないはずだ。

 ルカの疑問を理解した慧春は、ひとつうなづくと机の上に置かれたファイルを手に取った。

「チームの編成パターンはいくつもあって、任務の内容によって変わるの」

「内容? 犯人を逮捕する以外にですか?」

「もちろん。潜入調査や人質の救出も私達の仕事よ? 任務の目標や現場の状況、必要なスキル、いろいろな要素を踏まえて、メンバーのポジションを決める。今回の場合、潜伏場所の状況がおおよそ特定できていたから、以前から段取りを決めていたの」

 慧春はファイルに挟まれていた書類を2枚取り出した。1枚は松形たちのいたアパートの見取り図で、もう1枚は周辺の地図だ。

「建物は木造2階建てで、部屋はすべて四畳半。入り口はひとつで、階段も廊下も人がすれ違える程度。こういう現場だと複数で押し入ると、かえって混乱してしまうの」

「それでセンパイが先行したわけですか」

「ええ。フウマ君でもよかったんだけど、そこは現場の判断ね」

「いろんなパターンがあるんですね」

「いろいろな状況が想定されるからね。帰還犯の相手をするときはとくに。訓練でも意見を出し合って、修正箇所を見直したりしてる。練習してないことを本番で成功させるのは難しいし、どれだけ用心しても想定外のことは起きるから。フウマ君が前に出ることもあれば、アオイちゃんが指揮を執ることもある。単独で行動したり、ペアを組んだり、全員一斉に行動することもあるわ」

 いずれ自分もそうした訓練に参加するようになるのだろうか。そんなことを考えながら、ルカは作業報告書の作成に入った。

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