その3
リンが2人を尋問している間、アパートの周りには、監視担当のアオイや後方に待機していた警察官たちが合流していた。
「すごいな。話に聞いていた以上だ」
フウマはアパートの壁に密着した巨大な風船を見上げて感心していた。
ルカの作り出した風船は厚さ1mほどもあり、角部屋の窓を2方向から塞ぐようL字型をしている。しかも全体がガラスのように透き通っていて、数歩後ろに下がると何も存在しないように見える。
「ぴったり張りついてるみたいだが、これも向こうの動物の皮か何かなのか?」
「風船の素材はロック鳥の胃袋の皮です。『材質変化』の魔法で、色を透明にして、接地面の粘着性も上げてます」
「形は自由自在と聞いたが、なるほど。たいしたもんだ。このサイズでもあっという間に作れるんだな」
「風船っていうか、バルーンアート、ですね。いろんな使い道が、ありそう」
フウマの言葉にアオイもうなづく。
「でも俺が使える魔法ってこれだけなんで」
「それを言ったら俺なんてモノを壊すだけだぞ。よっぽど便利じゃないか」
「いやぁ、むしろそういうのに憧れてたんですけどね」
ルカが使う風船の魔法は、1つ目の異世界で習い覚えたものだ。
異世界に放り出され行き倒れになっていたところ、通りすがりの旅芸人の一座に拾われた。芸を覚えれば食うには困らないと言われ、一座の老人に師事したのがきっかけだった。
練習を重ね、ようやく芸人の末端に名を連ねることができたとき、一座が野盗の襲撃に遭い、逃げる途中でルカは殺された。
次に気がついたときには、2つ目の異世界に飛んでいた。あとで知ったのだが、魔王城で行われていた転移魔法の実験の影響で召喚されたらしい。
召喚された者はルカだけではなかった。ルカが目にしただけでも100人近くいたはずだ。そのほとんどは遺体だったが。
もともと魔族たちの目的は別の世界への扉を開くことであり、異世界の人間が召喚されたのは想定外だったという。
召喚された者のうち、役に立ちそうだと判断された者は奴隷にされ、そうでない者はその場で殺された。
ルカも危うく殺されるところだったのだが、苦し紛れに披露した風船芸が、たまたま実験の見物に来ていた王女の眼鏡にかない、暇つぶし相手兼ペットとして生きることを許されたのだ。
昔の主人との出会いを思い返していたルカは、現在の上司がまだ戻って来てないことに気づいた。フウマとアオイの2人は、まだ風船を見上げながら何やら話しこんでいる。
「あの、先輩、まだ戻って来てませんよね? 手伝いに行ったほうがいいんじゃないですか?」
「ん? ……ああ。まぁ大丈夫だろ。アイツに何かあったら、とっくにこのへん焼け野原だからな」
フウマは2階の角部屋に視線をやったあと、ルカを振り返った。
「ところで、今、アオイとも話してたんだが、リンから特練について何か言われてるか?」
「聞いたことはあります。それってたしか、先輩たちが受けてる戦闘訓練みたいなヤツですよね?」
「それだけか?」
「ええ」
「そうか……」
フウマとアオイが何やら視線を交わし合うのを見て、ルカは少し不安になった。
「なんです? なんかマズかったですか?」
「ああ、違う違う。キミの魔法はかなり使えそうなんでね。今後、こういう任務につくなら訓練にも参加したほうがいいんじゃないかって思っただけだよ。チームプレイってのは、たがいを信頼しあってこそだろ?」
「そうしたら、新しい戦術パターンも、組めますし」
ルカのほうをチラチラ見ながらアオイも相槌をうつ。
「だな。毎回ぶっつけ本番はツライだろ?」
「それは、ええ、もちろん」
「だから、てっきりそういう話になってるんじゃないかなと思ったんだが。まぁ、リンにも何か考えがあるんだろう」
「まだバイトだからだよ」
背後からの声にフウマが振り返ると、中庭の入り口にリンが立っていた。その後方では、警察官に囲まれた
「お疲れ」
「お疲れさまです」
「みんなもお疲れ」
たがいをねぎらったあと、リンはフウマたちへの説明を続けた。
「術科特殊訓練は結構ハードだし、バイトにそこまで求めるのもね。ケガさせたらマズイし」
「え? そんなになんですか」
反射的に出たルカの声は緊張に上ずっていた。戦闘用の訓練と聞いてから、密かに興味を抱いていたのだが、ケガをするほどと聞いては腰が引ける。
「実戦を想定した内容だから。でも、いつもじゃないよ」
ルカの不安を察したアオイの補足説明に、フウマもうなづく。
「だな。それにケガさせないための訓練でもあるだろ?」
「実戦に出さなきゃいいだけだし」
「今回のは違うのか?」
「バイト君、それもう消していいよ」
リンは壁に張りついたままの風船を指差した。ルカが慌てて魔法を解除すると、壁を囲んでいた透明な壁は一瞬で消え去った。
「後ろにいても巻きこまれることはあるでしょ。そういうときのための練習。あと、みんなにもバイト君の風船を見てもらっておいたほうがいいだろうって。ツバキさんがね」
「たしかに見た方が早いなこれは」
「イメージしてたものと、完全に別物でした」
フウマたちが納得したところで、リンは話題を変えた。
「盗品を売り払った店が分かったから、これから松形を連れて行ってくる」
「どこだ? まさかバイバイハウスか?」
「そ、こりないよね。大熊のほう頼んでいい?」
「リョーカイ。事情聴取進めておくよ」
「盗難被害のリストありますけど、持っていきます?」
アオイが紙束の入ったファイルを差し出すと、リンは礼を言って受け取った。
「じゃ、よろしくね」
「ほどほどにな。いちおうまっとうな商売してる善良な区民なんだからな」
車体越しに話し合うリンとフウマのようすからして、リサイクル店の店主は前にも似たような事件に関わっているのだろう。
それぞれの車に乗りこんだ一行は、それぞれの目的地へ向かって出発し、帰還犯を乗せたパトカーが1台ずつその後に続いた。
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