その2
ささやかなヒーロー願望を満たすためにバイトを始めたが、ルカの期待に沿うような事件はなかなか起きない。
バイト2日目も、またその次の日も、初日と似たりよったりな状況であった。むしろ巡回に出る日はまだマシなほうで、ずっと保安課のオフィスにいたままで終わる日もあった。
リンや
リン以外の1班のメンバーとも顔合わは済ませたが、彼らもまた、何やら忙しそうに出入りを繰り返しているため、まだ軽く挨拶を交わした程度だ。
ルカのほうはメンバーの顔と名前をほぼ把握したが、相手にも覚えてもらっているという自信はない。
バイトを始めて2週間も経とうかという頃になると 異民局本部の構造もだいぶ頭に入り、電話応対にも慣れてきた。ただその反動からか、最初の頃の緊張感もなくなり、
「あいかわらずバイトは順調か?」
「順調ってより単調だな」
などと気の抜けた会話をシュンスケと交わすようになっていた。
警察から「区内に潜伏中の帰還犯発見」の報告がもたらされたのは、そんなある日のことであった。
慧春は直ちに現場へ急行するよう保安課1班に指示し、本部に詰めていたルカもリンに引きずられるようにして慌ただしく出動した。
犯人に気づかれぬよう目的地の1ブロック先で車から降りると、すでに到着していた
長身で引き締まった体格のフウマは、異世界で変身ヒーローのような仕事をしていたそうで、明るく親しみ安い性格の好青年だ。
そのパートナーのアオイは、フウマとは対象的にかなり内気な性格で、いまだにルカとは目を合わせてくれない。見たところルカより少し年上で、リンから聞いた話では、折り紙や粘土をどうにかする能力があるという。
2人が出てきた路地の一角には、彼らのほかに合同捜査にあたる警察官10人が待機していた。
「
「ヤツのアパートにいる。さっき確認した」
フウマが目配せすると、アオイが後を引き継ぐ。
「室内には松形のほかに
松形と大熊は2人組の泥棒で、一昨年、リンに逮捕され「地下送り」の刑を受けた。先日、ようやく刑期を終えたそうだが、戻ってきて早々に盗みを働き、指名手配されていたのだ。
そのあたりの事情と、このあとの方針についてはここへ来るまでの車内でリンから説明を受けていた。
リンはルカにしたのと同じ内容をフウマとアオイに繰り返す。
「私が乗りこんで身柄を抑える。アオイは対象の監視と周囲の警戒。警官たちにも近づかないように伝えておいて」
「分かりました」
「バイト君が建物の窓を外から塞ぐから、フウマはその護衛」
「いよいよ実地訓練ってわけだ。しっかりな、落ち着いてやれば大丈夫だ」
勇気づけるようにルカの肩を軽くたたいたあと、フウマは思い出したようにリンを振り返った。
「そういえばユウトは? また2班の手伝いか?」
「ちょっと違うみたい。けど、似たようなもんでしょ、どーせ」
肩を軽くすくめると、リンは定位置につくよう一同をうながした。
対象が潜伏するアパートを中心に、それぞれが所定の場所に散っていく。
木造2階建の建物内には四畳半部屋が10室あり、面積はおおよそ220平方メートル。建物を含む小さな庭の周囲をブロック塀が囲んでいる。
犯人たちの部屋は2階の南側角にあり、ルカとフウマは、窓から見えないよう遠回りにアパートへ近づくと、ブロック塀を乗り越え中庭に降り立った。
2人が裏手に回ったところでリンはアパートの中に足を踏み入れた。土足のまま玄関をあがり、きしむ階段を踏みしめながら2階へ至ると、犯人の部屋のドアを勢いよく叩いた。
「るせーな! 誰だ」
「異民局だよ。松形
言い終わらないうちに、早くもドアの向こうが慌ただしくなる。
「やべぇ!」
「逃げろ!!」
異民局と聞いた途端、帰還犯の2人は飛び上がり、窓を開くとそのまま外へ飛び出した。だが、目に見えない壁に抱きとめられたかと思うと、そのまま部屋の中へ跳ね飛ばされた。
ルカの作り出した巨大な風船が建物の周囲を覆っていたのだ。何が起きたか理解できず、畳の上で転がったままの2人の背後で、木製のドアが音を立てて弾け飛ぶ。
「逃しはしないけど、無駄な抵抗はしていいよ」
ドアを蹴り飛ばしたリンが悠然とした足取りで室内に入ってくる。
いつの間にやら、その全身は和洋折衷といった感じの赤い甲冑に包まれ、左右それぞれの手には日本刀のようなものが握られていた。
「捕まえる手間が省けるからね」
2本の刀身から放たれる紅い輝きが帰還犯の蒼白な顔を血の色に照らし出す。
「ま、待て待て! 抵抗しない!」
松形と大熊が悲鳴と同時に両腕を上げ降参の意思を示すと、リンは腰に下げていた手錠を外し、2人の足元に投げはなった。
「それつけて、ヒザをついて」
帰還犯たちは言われた通り、左右の手に手錠をかけると、リンの前に並んで畳の上にひざ立ちになった。
「盗品はどこ?」
「盗品?」
「アンタたちがこの2週間足らずの間に盗んだモノ。どこ?」
「なんのことだかさっぱり」
「俺たちは真面目な区民だぜ? なんか証拠でもあるのかよ」
何度も犯罪を重ねてきただけあって2人とも素直に罪を認めなかった。
「被害にあったトコはどこも同じ。鍵をかけたはずのドアが開けっ放しになっていた。金庫をこじ開けた形跡もなし。アンタらの手口といっしょ」
「そんなの証拠になるかよ。ココをどこだと思ってんだよ」
「そんなのいくらでも……」
「いない。そんなコトできるのはアンタだけ」
断言しながらリンは両手を振るった。松形の右頬と大熊の左頬で何かが弾ける。
「証拠なんてそれだけでジューブン」
頬に違和感を覚えた2人は顔を見合わせ、たがいの頬に走る赤い筋に気づき、何をされたのか察した。
「て、てめぇ! 何しやがる!!」
「こんなマネしやがって! 訴えてやるからな!」
「動くと危ないよ」
いきりたつ2人を無視して、リンは再び両腕を振るった。ピッという風切り音と同時に松方の右腕と大熊の左腕に赤い筋が走る。
「……!」
腰を上げかけていた2人は、見えない手で抑えつけられたように動きを止めた。怯えた2人を見下ろすリンの目は、無機質なほどに冷たく光っていた。
「アンタたちこそ、ココをドコだと思ってんの? ココを仕切ってるのは
一言口にするたびに左右の刀が空を裂き、2人の体に赤い筋を刻んでいく。
「盗品は、ドコ?」
体を刻む刃は徐々に回転数を上げていく。2人はいつしか目を閉じ、迫る刃の恐怖に耐えようとした。しかし肌と耳から伝わる衝撃まではごまかせない。目の下、耳たぶ、首筋と、全身でピシピシと音が弾けていく。
刃はミリ単位の精確さで皮膚をかすめているが、2人がわずかでも体を動かせば、容赦なく肉を切り裂くだろう。そう思うと震えが止まらず、いまにも体が崩れ落ちそうになる。
「やめろ! やめてくれ! ブツはない! 全部売った!」
「バイバイハウスだ! 東峰のリサイクルショップ!」
恐怖に屈した2人は先を争うように自白を始めた。
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