その4

「魔法は便利だけど無制限に使えるわけじゃない。何らかの対価が必要になる。バイト君のいた世界もそうだったんじゃない?」

「それはそうですね」

「けど車輪は違う。一度つけたらあとは使い放題。魔法みたいに使うたびにかけ直す手間がかからない。これって結構な利点だと思わない?」

「まぁ、そうですね。庶民には喜ばれたんじゃないですか?」

「そう、最初はその程度だったみたい。でも彼の『発明』はそれで終わらなかった。車輪で人々を驚かせたあと、今度は魔法と歯車を組みわせて、いろいろなモノを作り出した」

 車の発明で有名人となった黒田少年は、国王の招聘に応じて王宮の技術顧問に就任する。莫大な資金と権限を与えられ、新たな道具を次々に「発明」していった。

 井戸や風車、揚水機の設置は不毛の荒野を肥沃な耕作地に変え、

 ドリルやベルトコンベアーの導入によって大規模な鉱山開発が進み、

 戦車や飛行機、巨大人型兵器の登場はそれまでの戦略思想を根本から覆した。

 数年と経たないうちに国力が飛躍的に上昇し、彼は国の英雄になった。やがて王女と結婚し国政にも参加、国王が病で急逝したあとは、女王となった妻を支えるという名目で摂政となる。

 その頃になると、黒田少年の声望はすでに王族すらしのいでおり、実質的な支配権を確立した彼は、最新技術を駆使して周辺諸国を併呑あるいは服属させ、大陸全土の統一帝国を樹立し自ら初代皇帝に即位した。

「それからは贅沢三昧の生活だったみたいね。女王以外にもずいぶんお盛んだったみたいだし」

 信号が赤になり、CCVは白線の手前で停止する。

「で、100歳近くまで生きて、いざご臨終ってときにこっちに引き戻された。飛ばされる前の姿でね。彼が異世界に飛ばされてから戻ってくるまでの間、こっちでは1秒も経ってなかったそうよ。老いた身体も元通り。栄光に満ちた人生が幻のように消えただけ。『邯鄲かんたんの夢』ってやつね」

「あー、たしかに簡単イージーモードって感じですね」

 ルカは納得したようにうなづく。

「けど、なら何で後遺症が出るんです? 楽しくやってたんなら悩みなんてなさそうですけど。原因は分かってるんですか?」

「原因は、向こうでの人生そのもの。忘れられないの。天才ともてはやされて、国を動かせるほど大きな権力を握って、女の子にはモテモテ。そんな一生終えたあとで『平凡な高校生としてリスタート』って言われて、『はい、そうですか』ってなる人のほうが珍しいでしょ」

「かもしれないですけど、まだ高校生でしょ? これから何があるか分からないじゃないですか」

「そうね。けど、前の人生が極レアモノだったからね。それと同レベルの体験をしようと思ったら並大抵の努力じゃ足りない」

 原世界ホーム・ワールドにおける黒田少年の学業成績は中の下といったところで、得意な科目もとくにないらしい。

 そんな彼が異世界で「天才発明家」を名乗ることができたのは、転移前に身につけた知識のおかげである。

 それらの知識は、車輪の存在しない世界だからこそアドバンテージになったわけで、原世界ホーム・ワールドに戻ってしまえば何ら価値を持たない。むしろ黒田少年以上の知識を持つ者のほうが多いくらいだ。

「で、はやばや人生を諦めた彼は酒に溺れるようになったワケ」

「なんか諦め良すぎじゃないですかね。『女の子にモテモテな天才発明家』はムリでも、楽しいコトなんて探せばいくらでもあると思いますケド」

 帰還後の環境にさっさと順応し、300年ぶりの「高校生」を満喫しているルカには、黒田少年の苦悩が理解できない。

 朝起きて学校へ行き、退屈だが懐かしさの漂う授業を受け、放課後は友人とゲーセンへ行ったり、商店街をぶらつき、日が暮れる頃には家路につく。

 本土の高校生たちが聞いたら呆れるほどささやか暮らしぶりだが、魔王城で暮らしていたときのような血生臭い緊張感の中で気を張り続ける必要もなく、のどかに時が流れていくこの生活に何の不満もない。

 人生観の違いと言われたらそれまでだが。

「一度極上の味を覚えちゃったら、なかなかランク下げられないんだよ。なにごともね」

「カンタンすぎたのがよくなかったってコトですかね?」

「? ん、そんな感じ」

 青信号で再び動き出したCCVは、しばらくして左折し住宅街に入っていった。

 行く手に木々の集中する一角が見えてきたところでリンはCCVの速度を緩め、公園の入口手前で停車させた。

「あれ、そっちですか?」

 てっきり公園に用があるのかと思い、入り口に向かいかけたルカは、リンが正反対の方角へ歩いて行くのを見て小走りで追いつく。

 道路沿いの酒店に入ったリンは、缶ビールにワンカップ、ツマミなどを買いこみ、店の外で2つある買い物袋のひとつをルカに差し出した。

「ひとつ持って」

「酒盛りでもするんですか?」

「よく分かったね」

 呆れて足を止めたルカに構うことなく、リンはさっさと公園内へ入っていた。

 フェンスと木立に囲まれた園内には、すべり台や鉄棒、シーソーといった定番遊具のほか、本土では危険という理由で姿を消した回転式ジャングルジムや箱型ブランコなどもある。

 リンの後に続いてL字型をした敷地の中を進んでいくと、大きなケヤキの下に設置されたベンチに数人がたむろしていた。

 老人2人に、大学生くらいの男女、そして小学生くらいの女子が1人。ベンチのほかに地面にブルーシートを敷き、車座で雑談に興じているようだ。

 最初、ルカはどこかの家族連れかと思ったが、そうではないことがすぐに判明した。

「こんちわ~」

「お~、リンちゃん」

 リンがビニール袋を掲げて歩み寄ると、ベンチの一同が立ち上がって出迎える。

「調子どう? 元気?」

「ぼちぼちだよ」

「そっちの人は?」

 グループ最年少と思しき少女がルカを指差す。

「うちのバイト。私の後輩になる予定」

芒薄すすき昴鶴るかく、ルカでいいです。ヨロシク」

「おや、ユウトくんは?」

「まだあの子に新人教育はムリかなぁ」

「ははは、たしかに」

 恰幅のいい老人がそう言って笑い、ルカに向かって「私のことはホテイと呼んでくれ」と名乗ると、残りの者たちもそれにならった。

 ルカが全員の顔と名前を脳内で反芻している間に、リンは買ってきた酒やツマミを一同に渡していき、全員に飲み物が行き渡ったところで酒盛りが始まった。

「いいんですか、これ? まだ仕事中ですよね?」

 観察対象とやらの家に行くのではなかったのか。突然の展開に事情を飲みこめないルカが隣にいるリンに耳打ちする。

「当たり前じゃん」

「ですよね」

 返答は明快だったが、疑問は何一つ解消されていない。とはいえこうなればルカも割り切るだけだ。何か問題があればリンが責任を取ってくれるだろう。

(俺、何も知らないんだなぁ)

 この街の暮らしにだいぶ慣れたつもりだったが、バイト初日から驚くことばかりだ。

 考えてみれば、ルカが24区の正式な区民に認められたのは、つい昨日のことである。区内について知らないことのほうがはるかに多いに違いない。

 ルカは初めて手にした缶ビールを、ややぎこちなく開けると、中の液体を口にながしこんだ。冷たい苦味がのどを通り抜け、かすかな酩酊感が全身に染み渡っていく。

(そういえばこっちでは初めてだな、酒飲むの)

 酒を飲んだ経験は何度もあるが、それほど美味いと感じたことはない。酒の席ではいつも食い気の方を優先していた。

 ただ、こうした宴会独特の陽気で雑然とした空気は好きだった。

「ほう、ルカは戻って来たばかりかい。それで異民局にスカウトされるなんて大したもんだ」

「だといいんですけどね。なにせ今日がバイト初日なもんで」

 ホテイが率先して話題をふってくれるおかげで、新参者にありがちな疎外感を抱かずに済む。

 他のメンツはといえば、ルカとホテイのやりとりに関心を抱く者もいれば、まったく別の話題に興じる者、酒をじっくり味わう者など、めいめいが好き勝手に楽しんでいた。

「ケンいないね? どうしてんの?」

「仕事見つかったってさ」

「そうそう。今度こそ長続きするといいけどねぇ」

「工場だからダイジョブじゃねーかなぁ。畑と違ってにぎやかだろ」

「工場っていえば、例の放火の犯人って捕まったのかい?」

「まだ捜査中みたい。ウチからも駆り出されてるよ」

「上手はあいかわらず騒々しいやねぇ。こっちは静かでいいや」

「人が集まるところはどうしてもね」

「そういや、このへんに屋敷ができたって話、聞いたかい?」

「知らないなぁ。いつ? どこ?」

「ほれ、向こうに雑木林あるだろ。あの中で見たってよ。一週間くらい前にはあったって話だぜ?」

「へー、今度調べてみるよ」

 近況報告やら日常生活の愚痴やらとりとめのない話が続き、気がついたときには1時間ほどが経過していた。

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