最終話
40
美咲は覆面パトカーの後部座席に乗っている。
午後から降り始めた雨は、霧雨と言っていいほどの弱いものだが、強い風にあおられて車のガラスにアレルギー反応を起こした皮膚のような水滴を付けていく。
覆面パトカーの運転席には、以前にコンビニの駐車場で会った川本警部がおり、美咲の隣には制服を着た体格のいい男の警察官が座っている。その警察官は、おそらく五十代くらいで、頭髪の側部には短い白髪が針のように混ざっている。
「今日中に、帰れるんですよね?」美咲は運転している川本に問うた。
「ええ、もちろん。お手数おかけしまして申し訳ございません」川本が低い声で答える。
窓の外を流れる景色を眺めながら、ここ数日のうちに起こった出来事を思い返した。
集落内でさらに人が死んだことに対して、美咲は違和感を持たなかった。そんな予感がしていた。
美容院経営の酒本の遺体が発見されたのは、雄一郎に会った日の翌々日だった。
夕方、出先から帰ってきた酒本の父母が、血まみれになって美容院の椅子にもたれかかっている酒本の姿を発見した。腹部や頭部を合計十五か所刺されており、美容院の床は血の海状態になっていた。
すぐに救急と警察に通報し、間もなくパトカーと救急車がやってきたのだが、酒本がすでに息絶えていることは誰の目にも明らかだった。
美容院の隣家に住む主婦が、午後四時くらいに言い争う女の声を聞いたと証言した。
第二新光集落で、三件目の殺人事件となる。二件目の大山田の殺人はすにで解決済みだが、一件目の公園での殺人事件は未だに解決していない。
住人の懸念にも関わらず、犯行の翌日にあっさりと酒本殺害の容疑者は逮捕された。
犯人は、自治会三班班長の金田恵子、六十歳だった。酒本の美容院から道路に続く足跡が、わずかに血痕を伴って残っており、それが早期に犯人逮捕の決め手となった。
「私たちの生きる手段を奪われたのが許せなかった」金田恵子は動機をそう語った。
金田恵子の証言するとおり、金田一基の店に警察が捜索に入ると、金田夫婦が首を吊った姿で発見された。
事件当日、金田恵子は金田一基と連絡が取れないことを不思議に思い、店舗兼住居に行ってみると、
「店の営業を停止しては生きていけません。住人の皆さんにご迷惑をおかけしました」という内容の遺書を発見した。
衝動的な怒りに駆られて、役員班長会議で強烈に外出自粛を唱えていた酒本を殺害を決意したという。
春先より金田一基の居酒屋は急激に売り上げを減らしており、仕入れ先への支払いや銀行借入金の返済を滞らせていたが、近隣住人による店の営業に対する圧力を受けて閉店を余儀なくされたことが、金田夫妻の心中を決定的にしたようだった。
しかし、警察の取り調べが進むにつれ、金田恵子はさらに別件の犯罪を自白した。
自白した内容に従って、金田恵子に家の庭を掘り起こしたところ、白骨化した遺体が発見された。
いったい、これは何なのか。
殺人事件が相次ぎ、居酒屋経営をする夫妻が自殺し、さらに殺人犯の庭から身元不明の遺体が発見されたという事件が、世間の耳目を集めないはずがない。集落内には、週刊誌の記者らしい人間が頻繁にやってくるようになり、美咲の家にも何社か取材にやってきた。
「死屍累々、呪いの住宅街」
あるゴシップ週刊誌は、第二新光集落をそう表現し、誰も聞いたことがないようなこの近辺に伝わるという説話を紹介していた。
緊急の役員班長会議が開かれ、これ以上の被害拡大を防止するために、夜間の外出自粛要請だけなく、職場への移動と日用品の買い物、そして緊急時のやむを得ない場合を除いて外出を全面的に禁止する、そして役員の見回りを強化するという案が出された。同時に、住人はテレビや週刊誌などのメディアの取材を受けることは禁止する、という案も出された。
両案とも、八班班長福井以外の全員の賛成により、可決された。
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