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 動画の再生が終わるとほぼ同時に、美咲の家のインターホンが鳴った。

 一階に下りて、玄関の鍵を開けて出てみると、身長一八〇センチ以上ありそうな四十代の男が立っていた。短髪で、白のカッターシャツに、グレーのパンツ。古びた革靴を履いている。

 身長と比例するかのように顔というか頭全体が大きく、日焼けした皮膚はかなり荒れていて、一目見ただけで威圧感を強く感じる。

「すみません、警察の者です」男は言った。

 やはり来たか、と美咲は思った。捜査をするときは二人一組で、ということを聞いたことがあったのだが、一人しかいない。朝に現場にいた警察官とは別人だった。

「ご存知かと思いますが、この向こうにある公園で、男性が死亡しているということがあったんですが、ちょっとお伺いしたいことがありまして。こちら、古瀬敏子さんのお宅で間違いないですか?」

「ええ、そうですけど……」

「敏子さんは、今はお留守ですかね?」

「あの、すみません。失礼ですが、警察手帳を拝見させていただいてもよろしいですか?」

 先ほどの三宅の言うことを実践したわけではないが、念のため本物かどうか確認したいという気持ちがあった。

「あ、はい」

 男はそう言って、手に持っていた黒のバインダーを脇に挟んで、パンツのポケットからストラップが付いた手帳を取り出して開いた。バインダーに挟まった紙には、地図らしきものが印刷してあり、赤のマジックで何か記入してあった。

 呈示された手帳を見ると、真ん中には男のカラー写真が大きく載っていて、名前の下に「巡査部長」と書いてあった。

「ありがとうございます。失礼しました」美咲は言った。

「いえ……。で、古瀬敏子さんはご在宅ですかね?」

「あ、今はいません。仕事に行ってます。夕方には帰ってくると思いますけど」

「あなたは、敏子さんのお嬢さんですかね?」

「ええ、そうですけど……」

「こちらには、敏子さんが一人でお住まいになってるかと思ってましたが」

「私、今年の四月に帰ってきたんです」

 美咲は昨日、防犯担当役員の佐藤が、住人の移転などを駐在所に報告うんぬんという話を思い出した。美咲が帰ってきたのは年度を超えてからだったので、連絡が行っていなかったのだろう。

「お名前をうかがってもよろしいですか?」

「古瀬美咲と言います。『みさき』はうつくしいに花が咲くです」

「失礼ですが、美咲さんはご職業は?」

「会社員です。IW情報サービスという東京の会社です。四月までは東京にいたんですけど、リモートワークになったから、こっちに帰ってきたんです」

「なるほど、リモートワーク。業種はIT系ですかね?」

「そうです」

 警官は手元のバインダーに何やら記入をしている。

「昨日の夜から今朝にかけて、どちらにいらっしゃいましたか?」

 それを聞いて美咲は少し嫌な気持ちになる。まさか、自分が犯人だと疑われているのだろうか。

「ずっと家に居ました。たぶん夜の十時くらいに寝て、朝からちょっとパソコンで作業してたら、サイレンが聞こえてきたんで、何かあったのかなって」

「敏子さんもずっと家にいらっしゃった?」

「はい。そうだと思います」

「最近、この近所で不審な人物や車を見たということはありませんか?」

「まったくないです」

「では……」

 警官はバインダーの紙を一枚めくって、美咲のほうへ向けた。

 白黒の線で男の顔が描いている紙だった。肖像画のように精緻ではないが、かなりリアルな絵。長髪で、やや唇が分厚く、口の端が左右に少し下を向いている。

「この男性に見覚えはありますか?」

「あの、それが亡くなってた方の似顔絵なんですか?」美咲は問い返した。

「そうです。髪は薄い茶色に染めていたようです」

 過去形で表現したことが少し引っかかるが、亡くなった人の状態を説明するには、そのほうが適切なのだろう。

 美咲はあらためて似顔絵を見た。どこにでも居そうな、平均的な顔。それが美咲の率直な感想だった。見覚えがないか、と問われれば、誰もがどこかでこういう顔の男を見た、という印象を持つのではないだろうか。

 似顔絵の男の目は開いており、死人の顔を書き写したようには見えない。死体の顔写真を直接見せられるよりはましなのだろうが、死んだ人の顔を書き写したものを見るのは、良い気分はしなかった。

「見たことないです。たぶん」

 美咲がそう言って警官の顔を見ると、まるで睨むような視線でこちらを見ていた。

「ご協力ありがとうございます。また伺うことになると思います」そう言って警官は小さく頭を下げた。

「あの、やっぱり殺人事件なんですか?」帰ろうとする警官に美咲は問う。

「それを今調べてるところです」

 ぶっきらぼうにそういうと、警官は去って行った。

 感じ悪い。あの値踏みするような視線は、自分を犯人の可能性から排除していない。美咲はそう思った。

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