第一章 第一.五話 前半
そこは伽藍堂の空間だった。
俺ともう一つ中央に糸車のようなものが置いてあったが、それ以外何もない。
ふとなぜか俺はその機械は映像を出すための機械であると知り、その映画を映し出す機械にそっと左の手を置いた。
カチリと何かスイッチの音。まるで血が通ったかのように歯車が動き出した。
これは夢を見ている。そんな気がする。
カラカラと乾いたテープが巻かれる音がする。
きっと昔に遡っている。今の俺は何もないように思えるからだ。
思い出したくないのか、動きたくないのか分からないが、無機質な部屋に一人だけ、俺は立ち尽くしたままだ。
薄暗い光がフィルムを照らして徐々に昔あったことを鮮明にしていく。
□ □ □ □ □ □ □
黒い街が存在していた。ある二人の少年が生まれた街で線路が通っている。黒い時計塔。機関車の煙。蒸し暑い梅雨のような温度が続く街。
それはその街で起きたある日の出来事だった。
黒い猫が居た。外は薄暗くて、また猫自身も黒色の毛色であるせいか、黄色の目が宝石のようにギラリと光るだけだった。
「ミャーオ」
猫は単純に甘える相手を探して彷徨っていた。腹を空かせて飢えていたからだろうか。非常に世渡りの上手い猫であった。
そして彷徨い鳴いて、いつの間にかある時計塔の下に居た。
猫の鳴き声が聞こえたせいか火の点火したランプが揺れ動いてこちらに向かってくる。
時計塔の上から二人の少年が降りてきた。
「あっジャックだ!!」
年相応の幼く可愛い顔立ちをした少年が走り寄ってくる。
「フニャーオン!」
警戒してか、猫がフクロウみたいに耳を平べったくして甲高く鳴いた。
「フラン。親に見つかったらどうするんだよ」
『静かに』といって、ポケットからもう一人の少年が紙パックの牛乳を取り出した。
「カロン、牛乳飲めないからって...」
フランと言われた少年をまた『静かに』といってカロンという少年が制した。
警戒していた猫がゆっくりと緊張を解いて行く。
そしていつの間にか猫は歩み寄って、紙パックの牛乳を舐め始める。
「おおっ!」
フランは目を輝かせる。
「今度から皿を持ってきたほうが良さそうだな」
「うん!また!」
そう言って、二人の真夜中の会合は幕を閉じた。
□ □ □ □ □ □
その日、フランとカロンは外に出て、また二人で夜に会う約束をしていた。
しかし広がっていたのは異様な光景だった。
「...!」
カロンの足元には何か丸い物が転がっている。目の焦点が定まっていない。瞳孔が揺れ動く。
フランはただ唖然として座り尽くしている。どうしてかフランは目が濡れていて、顔は絶望が溢れていた。
その理由は異様な光景にあった。
普段そこに居るはずのない大男と血の泥に濡れた猫が、正確には猫であったものがそこにはあった。
「...なんで?」
大男が歩み寄って来る。
「黒猫は昔から災いを引き起こすと伝えられている。要らない存在なんだよ。
東洋の僧のように頭を丸刈りにしている坊主だ。筋肉質な腕でライターを握り火をタバコに灯している。
暖を取るかのように、火に手を近づける。
「いい話だよな。魔族のガキがご執心の猫を殺せば、鱈腹儲かる」
煙草を旨そうに吸う男。悪意さえ感じられる行動だ。その巨体から煙を吹き、二人の少年を見下ろす。
「...」
ダレン=フランネルは何も喋らない。糸の切れた人形のようだった。
カロン=ゼクスはただ自身の無力さを呪っていた。
「あー。ホントいい話...」
闇の中でサングラスが曇る。煙草のせいだろうか。ただ大男は静かに煙を羽織るように踵を返して、闇の中に消えて行った。
□ □ □ □
初めて魔法を使ったのはカロンが幼少期の頃だった。
初めてフランを喋らせたのはカロンだった。
あの一件以来、明るかったフランは借りてきた猫のように黙りこくっていた。
フランは外に居ることが不安だった。
フランは夜に出歩くことを嫌っていた。
猫が死んだ。猫の死を間近にした。それだけが彼の心を木っ端微塵にした。
そんな何をするにも億劫な日々が続いた彼に転機が訪れた。月光が煌びやかに輝く日だった。
フランの家の窓を叩く音がした。
その叩く音が聞こえて彼は不審に感じていた。
まず本物か、恐る恐る窓を開けても、実態していない事がある。というか実態した試しがない。
誰かに助けを乞いたかったが、昔親に助けを求めたことがあったが、こっぴどく叱られて無意味に終わった。
カロンは隣の家としても、もう何日も会ってないし、喋れるかどうかさえ怪しい。
だから、おそるおそる危険を覚悟してフランはカーテンを開けた。
「よう」
カロンがベランダの小さいバルコニーにしゃがんでいる。
「...危ないよ」
「驚いた。喋れなくなったって言ってたのに」
窓越しに呆れたように喋るフランにカロンはすぐ返事を返した。
そのデリカシーの低さからか、フランは怒ったように窓をガチャリと開ける。
ドンドンとにじり寄っていく。
フランは足だけでバランスを取っている人間の事情なんて知らずにグーで親友をどつこうとする。
「っ危な」
「...ほら」
その強く握った拳をカロンは握り返した。
一緒に二人で宙を舞いそうになる。
「!」
「ほんと危ないな。
ハシゴ掛けといて良かったよフラン。
屋根の上に登ろう」
そこそこ頑強なハシゴがガラガラと赤子をあやす玩具のように反響していた。
□ □ □ □
二人で星を見ていた。宵闇の空間に繋がれた星は蒼白く光っていて小さい。だがその小さな星は無数に存在している。それはまるで銀河を歩いてるようで銀河が堕ちてくるようでもあった。
ただ、二人は最後はたくさんの星が自分達を見下ろしている。と思った。
「星と空みたいにさ。誰も一人に成れないし、成ることってできないんだよ」
カロンはただ昔、誰かに言われたことを思い出して、フランに諭すように言った。
「じゃあ、俺は孤独じゃないってこと?」
「ああ。今度は俺がお前を守るよ。約束」
星々と月下が照らすドス黒いだけの街はこの夜だけ青白く輝いていた。
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