00:48.37


(535、536、537……)


カウントは7巡目を迎えていた。


3600秒を1セットとし、1周すれば忘れないように指を折る。

安直で、無理やりな手段だが、確実だ。

時計が壊れてから既に7時間が経つ。

残り時間は恐らく14時間程。

頭の片隅でそれを把握しておく。


今のところ施設から出られる気配は全くしない。

現在、巡は何度も見てきたような道を歩いている。

同じところをぐるぐると回っているようにも思えるし、この底なしの迷宮の奥底へと直進しているようにも思える。


途中、先の森エリアのような場所も何個も通ってきた。

砂浜、湖、野原、砂漠、氷山、初めのとは別の雰囲気を醸し出す森、ビルが立ち並ぶ都会。

本当に様々なエリアがあった。

蟻の巣状とでもいえばいいのだろうか。

いくつもの細い道がといくつもの広い空間に繋がっている。


不思議なことに旅行をしている気分を味わえた。

それも普通の旅行ではない。追憶の旅行だ。

家族で行ったきれいな森や湖を思い出し、知識でしか知らない砂漠や氷山に思いを寄せる。

全てを見ている、いや、見てきた気分だった。


だが、今、自分がすべきなのは出口を探すということ。

巡はただ一人、時を刻みながら一歩たりとも止まることなくここまで進んできた。


正に悲劇。

と言いたいところだが、想定していたよりも遥かに楽な道のりであったと正直に言おう。


(1023、1024、1025……)


10巡目。


この施設は無限を内包しているのかと思わせるほどの巨大な迷宮となっていることは確かだ。

そして、もう一つ忘れてはいけないこと。

あのオートマータだ。


途中、あのオートマータを何十体も巡は見かけた。

エリア同様、こちらもまた実に多様な種類があった。

プリントで習ったやつはもちろん、見たことも想像もしたこともないようなものもいた。

こちらを一目見ただけで問答無用に襲い掛かってくるオートマータ。

逃げることはできない。

この試験を攻略する上で無視できない要素だ。

次もうまく対処できる保証なんてない。

巡はそう考えていた。


しかし、どれも襲い掛かってくるということはなかった。

故に、想定していたよりも遥かに楽な道のりであった。

出会うオートマータ全てに、こちらを襲ってくる様子はなく、ほぼ静止ともいえる速度でゆっくりと動いていた。

初めの二体がなんだったのかと思うほど、ただそこに存在しているだけだった。

かといって、それらに構う余裕などない。

巡はその横を静かに通り過ぎるだけだ。

秒数を数えながら。


(2634、2635、2636)


13巡目。


異能は相変わらず発現しない。

途中で、もしかしたら何か起きるかもしれないとも思ったが、甘い幻想だった。

またどこかで止まって、試そうとも思った。

だが、オートマータが襲ってこない以上、異能はなくてもいい。

その時間で出口を探した方が早い。

そう思い直し、歩き続ける。


……これは恐らく建前だ。

本当は怖かった。

自分には異能が無いのではないか。

立ち止まって確認をすることで、異能が無いという事実を突きつけられるのが怖かった。

だから止まらない。


もう時間の進行は体の中に染みついていた。

靴の音に合わせて、秒針の音が聞こえてきそうだ。

時間が重なっていく感覚が心地よい。

同時にそれは、タイムリミットに近づいているという恐怖も募らせていく。


(3218、3219、3220……)


17巡目。


荒廃した町に出た。

建物は倒壊し、瓦礫が辺りに散らばっている。

埃が舞っている。

それに混じって微かに生臭い匂いもする。

遠くで今まで出会った中でもひと際大きいオートマータがその場から動かずにこちらをじっと見ている。

顔を俯け、進んでいく。


ここは知らない。

だが知っている。


こんなところ見たくない。

だが見てきた。


誰の声も聞こえない。

だが聞こえる。


どこに向かって進んでいるかも分からない。

だが分かっている。


ここにいるのは自分一人だ。

だがそこには誰かがいる。


一人の青年は歩き続ける。

何かに憑かれているかのように歩いていく。

迷いのこもった目で、足取りだけはしっかりと進んでいく。

どこか遠くで鐘の音が鳴った。








次話は2/5 23:00に更新されます。

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