【龍戦】
【龍戦】
嘘臭い笑顔のカーズ大統領と睨み合うナサニエルを残して皆が直径2m程の中央部にくっつく様に集まり、ポーラがピョンとその中に入ると、あんなに邪魔だった光りの壁が一転して頼もしいバリヤーになった。
外側の線と内側の線のちょうど真ん中に移動し、向かい合う二人。
【オーハンゼー】はさらに二回りほど大きくなり5mほどになって翼を広げ双方の口で『相方』に似て耳障りな雄たけびを上げた。
ナサニエルは残った左手をゆっくり挙げそれと同時に【シーヤー】が姿を現す。
【黒龍の女王】の異名にふさわしい巨大な漆黒のドラゴンは静かに金色の瞳で睨みつけた。
【龍戦】はおとぎ話のように炎を吐いたり、生身の生き物のように殴ったり噛んだり引き裂いたりするのではなく、いうなれば【流れの綱引き】だ。流れの勢いが大きい方に小さい方が飲み込まれて終わる。
【シーヤー】はどんどん大きくなり【オーハンゼー】をはるか見下ろすまでになった。
両者が口を開いて炎を吐き出す代わりに相手を吸い込み始めた。
当たりに黒い波が漂い、ぶつかり、荒れ狂う。
》カアアアアアッ!!!《
【オーハンゼー】は二つの口を生かして挟み込むように攻めていくが、 やはり格の違いは明らかで、徐々に小さくなっていき、カーズとほぼ同じくらいまでになってしまった。
「終わりだ」
ナサニエルが言うと最後の一口とばかり【シーヤー】が迫った。
「くっ!」
その時、怯えるような表情をしていたカーズはにやりと笑ってポケットの中の手を握った。
カーズの手前の結界線で光が走り【シーヤー】の体を真っ二つにし、切れた上半身を【オーハンゼー】は吸い込むと二つの口でヘビのような舌なめずりをした。
【シーヤー】は直ぐに上半身を再生して半分ほどの大きさになったが、ナサニエルは急激な【シーヤー】の流れの変化に苦しそうにしゃがみこんでしまった。
「キャッ!!!」
「アーッ!」
「オーマイガーッ!」
「何てこと!」
中央の結界で悲鳴が上がった。
「HAHAHAHAHAHAHAHA!!!」
カーズは高笑いをした後まるで演説のように言った
「アメリカ大統領は就任すると、二つのスイッチを引き継ぐ。一つはご存知の通り【核のボタン】。そしてもう一つがこれ。守秘義務があるから旦那は教えてくれなかったろう?」
と言ってポケットから小さな金色の装置を出した。
「この【龍の檻のカギ】。施設の制御より上位命令が出せる。【龍】をいかす事も殺すこともできる。なぜなら大統領だからだ。」
不必要なほどの大声で当たり前だろうとばりなことを言う白人が、さらに操作すると中央の結界が消えた。
片手をなくし、しゃがみ込んで肩で大きく息をして睨みつけているナサニエルにカーズは高圧に言い放った。
「身の程を知る事だ、【黒龍の王】。首脳会議などで顔を合わせる【龍人】は私の偉大なる【オーハンゼー】の影を見るだけで恐れ慄いて決して握手などしようとしなかったからな。」
カーズは自分の前の結界越しに命令した。
「中央に集まってもらおう。王と魔女、犬のお嬢ちゃんと猫のおばあちゃん、黒白セット両手をつないでもらおう。これで【龍の力】は使えまい。厄介な金色のお嬢ちゃんは国防長官を連れて来い。国家反逆罪の疑いがあるからな。」
「アロは?もう人間だよ!」
「ああそうだな、可哀想に。ここにいては死んでしまう。連れて来い、今度は”人間用”の研究施設に入れてやろう。」
そう宣言すると腹を抱えて高笑いをし始めた。
「………」
「ねえ、どうするの?」
「言うことを聞くしかないわね」
「そう、あの男は何をするかわかったもんじゃないわ。」
「………」
ポーラとヘレンがアロを抱えて中央の結界のラインを出るとカーズは満足そうにいやらしい笑みを浮かべて手を伸ばし、鏡に向けてスイッチを押し中央の結界に新たに光のラインを走らせた。
そして次に自分の前の結界を解いた。
その瞬間
最初の光の中に囚われていたナサニエルの右腕が六芒星の頂点に落ち
結界が光ったと同時に長老が飛び出してきてカーズに襲い掛かり【龍の檻】のカギを奪い取って叫んだ。
「ポーラ!二人を切り離すんじゃ!」
未だ意識のないアロをヘレンに任せるとポーラは光線など無いように中央の結界に飛び込み
「きーった!!!」
と【だるまさんが転んだ】で鬼と捕まった子の手を切るようにシャルロッテとナサニエルの100年ぶりに繋がれた手を切った。
「ポーラ!こっちは大丈夫!」
マリーはハマと繋いだ手を離して見せた。
その手には腰に巻いていたはずの幅広の編み革のベルトがしっかりと巻かれていた。
「カーディガンの袖口で隠していたの。モデルなめんなってのっ!」
ハマとマリーとポーラはアロ達の方へ向かおうとした。
「先に出してくれ」
ナサニエルがポーラの作った輪をくぐって組み合っている長老とカーズに近づいていく。
「貴様、首をへし折ってやったのにまだ生きてるのか!」
「生憎とこうして五体満足でやってこれましたでな。お礼と言ってはなんですがのぅ、少しお相手願いましょうか。」
褐色の細い影がシュンと素早く動いた、そのスピードに対応しきれなかった金髪頭が紺色のスーツの肩にぐにゃりと曲がった首を乗せてドーンと倒れ込んだ。
「ウオオオオオオオオオ!」
折れた首を右手で掴んで元の位置に戻しながらカーズはむっくりと立ち上がって、数秒後にはサウスポースタイルのファイティングポーズをとった。
【黒龍】と【金龍】は干渉し合えないので、【合一】した【龍人】どうしの激しい肉弾戦が繰り広げられている。
カーズが長老を右ストレートで吹っ飛ばすと褐色の体が一番外側の鏡の柱を破壊して、光線が止まった。
ボロボロと崩れる柱から、何事もなかったように飛び出してきた長老が、カーズのフックを躱して懐に入り込み、そのまま2番目の柱にタックルで激突させた。
一瞬、白目をむいたカーズは雄叫びをあげると長老の細い体を大理石の床に叩きつけてめり込ませた。間髪を入れずに2度3度4度5度、何度も何度も長老が起き上がろうとする度に叩き潰そうとしていた。
ナサニエルは戦っている二人に向かう途中で自分の右腕を拾い上げると事も無げにくっつけてしまった。
ナサニエルの龍【シーヤー】が再び姿を現すが、ところどころが白い。
「シャルロッテ、すまない、終わったら返す。」
向かってくるナサニエルに気がついたカーズは手を止めた。
長老はその隙に跳ね上がり、頭の上からカーズに覆い被さり押さえつけた。
勝負は一瞬だった。
長老をはねのけカーズは【オーハンゼー】を出した。
大きさでは【シーヤー】をしのぐほどになっていた。
【オーハンゼー】は双方の口で左右から挟み込むように襲い掛かった。
【シーヤー】はそれを躱すと真っ直ぐに大きく口を開けてカーズ本人を飲み込んだ。
見る見るうちに【オーハンゼー】は縮んでいき、スズメくらいの大きさになったところで【シーヤー】はプッとカーズを吐き出した。
蒼白のカーズは赤ん坊のようにうずくまりガタガタと震えている。
「俺が飲み込むまでもない。大いなる流れに返すか?」
「いいえ、この施設には【D・C】が必要なの。ここでは彼らのように多くのネイティブ達が働いているから彼らの仕事を奪うわけにはいかないわ。そもそもここにはめったに人は来ないし、研究員が来たとしても、アロとアメリゴは変装の名人だったの。今度は大統領に化けてると思われるだけでしょう。」
ヘレンは床に転がっていた金色のスイッチを拾い上げ、全ての光線を消した。
「でも、大統領がいなくなっては大問題になるのでは?」
「大丈夫、私は次の選挙で勝つ準備はできているし、世界NO,1の軍事産業会社と同じく世界NO,1の製薬会社も協力してくれると思うわ。そうでしょう?それに、変装が得意なのはアロだけじゃないのよ」
ヘレンがそういうと長老の民族衣装を着たカーズがにこっと笑った。
「特訓が必要ね。カーズはもっといやらしい笑い方をするわ、長老。」
「でも、【龍】がちっちゃいけど残ってるのは大丈夫なの?」
「ええ。この結界内では大きくなれないわ。このクズは2度とここから出さないから大丈夫。それに、次の大統領が決まるまでは、実験の続きもあるでしょうし」
「次に生まれ変わる時のためにも、少しは他人の痛みを知ると良いでしょう。」
未だ意識のないアロを見つめてハマは言い切った。
「フンっ!」
ナサニエルは道端の石ころでもどかす様に長老と衣装を着せ変えたイエローストーンの観光客のようなカーズを中央の結界に蹴り入れた。
「…お…が…だ…くっ…」
口の端から血の混ざった泡と共にブツブツと呪いの言葉を吐いていたカーズが突然
「…きさまの【龍】をよこせぇ〜!!!」
残ったわずかな【オーハンゼー】を自らの黒い翼にして飛び上がり【黒龍】であるマリーに襲いかかった
「!!!!!!!!」
「ちっ!油断した!」
ナサニエルが止めにかかろうとしたが間に合わなかった。
「させません!」
マリーの隣にいたハマがスッと間に入り、触れることなくカーズの巨躯を投げ飛ばした。
「スッゴーイ!!!」
手を叩いて喜ぶポーラに
「合気道の『空気投げ』よ。おばあちゃんもやるでしょ?」
と少しおどけてみせた。
「…ウ…」
目の前に転がって、まだ呻いているカーズにマリーが近づいて肩の上で待ての姿勢で座っている【チビクロ】に言った
「よし!」
その合図で【チビクロ】はカーズの背中から生えている黒い羽根の片方をガブリと噛みちぎって飲み込んだ。
「ヴァ…」
声にならない声を残して今度こそ【カーズ】は気を失った。
「フンっ!!!」
再びナサニエルに蹴飛ばされて中央の結界に大の字に寝転がった。
コントロールの戻った詰所の操作盤で兵士たちが光の檻を起動させると、柱の壊れた中間の2つを除いて無事に起動し、ネイティブの格好をしたカーズは囚われの身になった。
「それじゃあ、『視察に来たカーズ大統領とヘレン国府長官の姿を見た【アロ】が大統領に化けて暴れたために、一部装置が破壊されたものの、大統領の持っていたこれで無事に檻に収監することができた。』そう報告書を提出してちょうだい。追って修理の手配はするから。」
金色のスイッチを掲げたヘレンに敬礼で応えた兵士たちに任せて、一同は外に出るためトロッコに乗り込んだ。
ぐったりとしたアロはシャルロッテが抱き抱えてそれに手を添えたナサニエルの両人に穏やかなカーズ顔の長老が200年前と同じように手を添えていた。
「アロちゃんは大丈夫?」
「ええ、まだ目は覚まさないけれど、呼吸も鼓動もしっかりしてるわ。」
「そうよね。こんなに小さいのに私の倍以上生きてるんですものね。」
「よーし、それじゃあ、地上に向けてー!Let’s Go―!!!」
急上昇に伴う強烈なGが通常に戻って止まった。
円形の鋼鉄の扉を開いてトロッコから降り、薄暗い四角い大理石のフレームから青空の広さの下に開放されたところにいたのは、見回りの衛兵ではなく、DCゴーグルを着けたイーロンとハーマンの二人だった。
「やってくれたな婆さん、お嬢ちゃんも」
ハマは咄嗟に合気道の構えをとった。
マリーは革ベルトを巻いたままの右手に力を込めた。
「ヤッホー!2人共元気ィー!?この前はゴメンねー!」
ポーラはそのまま2人組にハイタッチしてしまった。
つられて白い歯をみせて大きな両手をあげてしまった2人は、一瞬で真顔に戻るとヘレンに近づいて行った。
「あなた達、随分と遅かったわね」
「すみません、ボス」
そう言ってDCゴーグルを外した。
「この二人は私の直属の部下なの。直接連れてきてもらおうと思ったのだけれど、色々と行き違いがあったみたいね」
「あら、そうでしたの。ごめんなさいね。」
「【大いなる流れ】には逆らえないぞー。なんちゃって❤️」
「そうかもしれないわね。結局こうして揃ってここにいられるのだから。」
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