【ヘレン】

【ヘレン】


再びアロの龍【アメリゴ】が泉の中から少年の姿を現すと、シャルロッテは皆にこう言い切った。

「これから【黒龍の王】ナサニエルが来ます。彼が着いたら【黒龍】【白龍】【金龍】それぞれ2体づつの6つの龍で六方陣を組んでもらいます。そしてアロから【分龍】してアメリゴを大きな流れに戻します。ただの人間に戻ったアロは【DC】以外にはわからない。今までの様に囚われて実験材料にされればたちまち命を失うことになるでしょう。だから力づくでアロを救い出します。」


その時入り口からハマを追っていたのとは別の黒ずくめ二人組の男と一人の女性が入ってきた。

「そんなことはさせません」

前々大統領夫人でもあるヘレン国防長官だった。このおよそ似つかわしくない場所でも、政治家らしい毅然とした態度で入ってきた。

「こちらこそ!そんなことはさせません!!」

ハマは怒りが湧き上がった。御国の為と教え子を戦場に送り出した古くて苦い傷が開いた。

「子供を!命をなんだと思っているの!!」

小さい体からうねりあげるように声を張って侵入者たちに近づいていく。

その剣幕にポーラとマリーが目を見開いてハマを見つめていた。

「子どもは、大人が守るものでしょ。それをあなた達は…」

また一歩近づいたハマの肩の上でタマが白い輝きを増しながら大きくなっていき、翼を広げた猫ならぬ、西方の守護獣・白虎のようになって低く唸った。

))グルルルルル…((

黒づくめの一人がDCゴーグルの出力を最大限にしながらハマを捕らえようと飛び出した。

「やめなさい!」

ヘレン国務長官が静止するのも聞かずにハマの右手首を掴んだ、途端に合気道の四方投げで180度回転しながら勢いよく投げ飛ばされた。

弾みで外れて壁に激突したDCゴーグルがボフォッという鈍い破裂音と共に青い閃光が微かな煙と共に炸裂した。

すかさず、アーロックが気絶した黒づくめの黒ネクタイを外すとそれで後ろ手にきつく縛り上げて床に乱暴に転がした。

続けてもう一人の黒服が動き出すのと同時に、外から空気を切り裂く音が聞こえてきた


ビューーーーーーーーーー


「来ましたぞ」

長老が緊張した声をかけると表でドーンという大きな音がして地響きが伝わってきた。

シャラランと入り口の飾りを鳴らして颯爽と入ってきたのは、銀色のウイングスーツ&フルフェイスのヘルメットという一見宇宙飛行士というより宇宙人そのものだった。

「いやぁ参った、大気圏が衛生やらデブリやらで思ったより混んでて、民間のロケットの打ち上げに巻き込まれるわ、太平洋横断するハイイロミズナギドリの追っかけまわされてスーツをつつかれそうになったり、スピードが出過ぎたもんだからグランドキャニオンをグルグル回ってみたが、この付近に着陸に適した広場もないし…」

遅れた言い訳を言い続けながらヘルメットを脱いで顔を見せると、人目を惹く広い額に後退した黒い巻き毛と黒い瞳に黒い口髭の三流コメディアンのような男がそこにいた。

現存する【黒龍の王】であり、シャルロッテの夫、アロの父親、ナサニエルである。


一行が予想外の人物の予想外な言動にあっけにとられているすきに黒づくめの一人が銃口を宇宙人風の男に向けた。

ナサニエルはそちらを振り向きもせず笑顔のまま右手を彼に向けると、大きな龍が口を裂けるほど開けながら飛び出していき、あっという間に丸のみにしてしまった。


龍が消えると黒服一式とDCゴーグルだけがバサッと地面に落ちた。


「馬鹿だなぁ、シーヤーの大好物は殺意と恐れだというのに。 やあ、シャルロッテ、念願の膵臓ガンの新薬の開発に成功したそうじゃないか。」

「遅いわよ、ナサニエル。何その恰好、宇宙人の真似?あなたこそ無人殺人機でいらっしゃるのかと思ったわ」

人一人消えたというのに何事もなかったように会話をしている二人は、それぞれの龍の性質に合った仕事をしていて、表向きは金融業とワイン醸造家だが、その実は軍事産業と製薬産業の事実上の世界トップなのだ。

ヘレンは無言で【DCゴーグル】を拾い上げてそのまま床に叩きつけた。ヴァンッ!

「さぁ、これでやっと話ができるわ。」

【DCゴーグル】の追跡装置に現在位置を知らされることもく記録装置には何も残せない。これで作戦が進められるようになった。

ヘレンが皆の注目を集める中、シャーロットが進み出た。

「元気だった?ヘレン。今日はよろしくね。」

「久しぶりね、シャーロット。貴方は本当に歳を取らないのね。」

「みんなに紹介するわ。こちらが前大統領夫人で現国務長官のヘレン・ジェファーソン。」

「皆さんはじめまして。紹介にあった肩書は忘れて頂戴。今ここにいる私はDragon Carrier Liberation Organization Network通称【ディクロン】という、【アロ】と同じように国や宗教団体や個人の金持ちや組織などに囚われて利用されている【龍人】の解放活動をしている組織の一員なの。」

「今回、アロの居場所と状況を教えてくれたのは彼女なの。」

「前大統領の夫は何も教えてくれなかった。就任時に交わした誓約のせいらしいけど。その代わり、前国防長官の奥様は私のハイスクールからの親友でね、この間お茶をした時に、ペンタゴン内で何十年も前から度々目撃されているネイティブの少年の幽霊の話を教えてくれたの。見える人には見えるけど、決して探すことはできない子供。その子の名前が【アロ】だった。」

シャーロットは頷いて続けた。

「10年前の大統領選の時に、アメリカ初の黒人大統領に資金援助した時、私が出した条件が【アロ】という少年を見つけ出すことだったの。任期中は無理だったので諦めかけていたのだけれど、先月連絡をもらったの。」

今度はヘレンが頷いて続けた。

「国防長官に会う為ペンタゴンに行ったの【DCゴーグル】の件でね。中庭のスタバでカフェミストを頼んで待っている時に、私の袖を引く子がいたの。」


「ママの匂いがする。ママの友達?」

「あなたのお名前は?」

「アロ」

「【アロ】!?やっと会えた!ママが探しているわよ。会いたい?」

「うん」

「ちょっと待ってね、ママに電話してあげる。」

Tururururu rurururru rururruu…

「はい、シャーロットよ。ヘレン?久しぶりね、何の用?」

「お待たせしました、シャーロット。今、かわるわね。」

「はい?どうしたの?誰?」

「ママ!?ママなの?ぼくだよ!アロだよ!聞こえる?アロだよ!アロだよ!アロだよ!」

「…アロ…ごめんね、待っててね、必ず迎えに行くからね。」


シャーロットは一つ大きく息を吸うと続けた。

「それからこの一年間、何度も連絡をとって計画を立てたの。あとは【龍】を揃えるだけになったところで、世界各国の交流のある【龍人】達に連絡を取った。私やナサニエルなんてまだ300歳にもなってない[若造]で、馬や船の時代から車や飛行機に変わるに合わせて移動するのが容易かったから、自分の城が落ち着くのは当然あるけれど、世界中どこにでも行ける。だけど古い【龍人】になればなるほど、その土地や人や環境に流れが同調したり、制約を受けて離れられないの。」

ヘレンが話を引き継いだ

「ところが、この機会に合わせた様に日本で【白龍】と貴重な【金龍】が生まれた。そこで世界中から【見人】を集めて【黒龍】を一体、誕生させようと作戦を立てて、様々な手段をとった。」

それを聞いてマリーが声と右手を同時にあげた

「えっ!?ちょっと待って、じゃああの撮影は?VOGUEっていうのは嘘なの?!」

「いいえ、それは本当。雑誌も出るし、ギャラもちゃんと支払われるわ。もちろん、いつもより多めにね。」

「道理で見たこともない外人モデルがたくさんいたんだ。国際版と日本版の同時撮影なんて聞いたことなかったし、そもそも一般人っぽい人もたくさんいた!」

「あら、感の良いこと。そう、このグランドキャニオン一帯には数多くの【聖なる泉】が確認されているの。そこで運よく【龍人】が見つかればここに近いからすぐに連れてこれるでしょう。だから、いくつものイベントを開催したの。事前にInstagram やYOUTUbeで目星をつけた人を様々な手を使って無料でご招待したの。」

「やっぱりInstagramで探せるの?」

「あーそっかぁ!ユーチューバーって変な人が多いよね?!だからかぁ!」

「【DCゴーグル】をつけた私の部下が二人、毎日8時間モニターを観続け、探して、やっと【黒龍】の候補者が30人。」

「じゃあ、あたしの他にも【龍】が?」

「いいえ、あなただけ。それもちゃんと【黒龍】。素晴らしいわ。」

「しかもやっぱり日本から。」

「日本って言ってもあたし達はハーフだから…」

そう言ってちょっと言葉をつまらせたマリーにハマが言葉をかけた。

「あたしなんか小さな島の出ですけどね、都内で半世紀近く働いてたもんだから、この通り、気分はチャキチャキの江戸っ子ですよ。それにね【龍人】に国境や人種は関係ないでしょう。」

「その通りです。皆さんはこの地球の奇跡です。人類の発展には必ず【龍人】が関わってきた。その時代時代に必要とされてきた人類の希望です。」

「じゃあ、私たちは?何の為に?」

「きっと、アロみたいな【龍人】を開放して【龍】を流れに返すため。」

「そうね、100年見つからなかったアロが見つかった途端に白黒金の3人が揃うなんて、そうに違いないわね。」

「すまんがお嬢さん方、お話はそのくらいにして。あまり時間が無いものでな。長老、新人たちの教育はできているのかな?」

「はい、お三方とも見事に【合一】されてます。」

「それじゃあ、皆さん、アロの為によろしくお願いしますね。」

「では、始めるとしましょう。」

厳かに長老が告げた。

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