【目覚め】

【目覚め】


全てを語り終わり、見張りの焚き火で朱に染まった父の頬を一条の涙がつたうのを見た。

TANG!

刹那、父の口から血飛沫が噴き出して、眼を見開き胸を押さえて突っ伏した。

「父さんっ!?」

父の背後の暗闇から青白い顔が浮かび上がった。

「みーつけったっと」

ニヤリと笑う狂気の目が片側だけつむられ、その手に鈍く光る拳銃が火を噴いた。


激しい胸の痛みに息ができない、口の中に鉄臭い血の味が広がる、死の精霊のごとき白い顔が脳裏に焼き付いたまま意識が途切れた。


… … … …………

硝煙と血の臭い、叫び声と呻き声、渇いた口の中でヒュウと息が通った。

頭の中で声がする

))アロ…起きて…アロ!((

涙と血糊でくっついて目が開かない。顔を横に向けて眼を閉じたまま一瞬考えた

(あれは夢だったのかな)

ピリピリピリと血糊で乾いた黒く長い睫毛をゆっくりと引き剥がし薄目を開けた。

いつもは一人で寝ているけど、今日は小さい時のように父さんが横に寝ている。

「…と…さん…」

声がうまく出せない。

身体がうまく動かせない。

何度も何度もまばたきをしてクリアになった思考と視線の先に…

(父さん…)

驚いたまま光を失った暗い瞳と生乾きな血反吐のこびり付いた口の周りに小さな羽虫がたかっている。

(夢じゃなかった!)


そして。動かぬ父の骸の先に見知ったおばちゃんがいとこのお兄ちゃんが長老の娘がその子供の3歳になったばかりの女の子が焼けただれた左手を天に向かって伸ばしていた …昨日一緒に水汲み手を繋いで行った、あのちいさなちいさなやわらかい手 ………


頭の中で何かが弾けた

))アロ‼︎!!!((


ゥオアアアアアアアアアアああああアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアあああああああアアアア!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!


 カーク大佐は理解ができなかった。

 原住民供の死体の群れの中から一匹のガキが怪鳥のような雄叫びと共に猛烈な勢いで飛び出して、手近な兵隊たちに襲いかかった。

すぐに拳銃で撃たれたがむっくりと起き上がって再び襲いかかった。

今度は3人に数発づつ撃ち倒されたが、何事もなかったようにむっくり起き上がるとその3人の首が目に見えない大きな鎌で刈り取られた様に血飛沫を撒き散らしながら吹っ飛んだ。

最新のスプリングフィールド銃を構えて隊列を組んだ一個小隊10人が一斉掃射し、値段に釣り合う性能を発揮して、全弾命中させた。


小さな手足身体が千切れた。

 倒れた。

  ように見えた。

そしてやはり起き上がった。


身にまとった革の簡素な服は穴だらけでボロボロだが、その身体は時が戻ったかのように傷ひとつ付いていなかった。


アロは吠えた。泣きながら吠えた。


撃たれても撃たれてももはや痛みは感じない。その衝撃に憎しみが増すだけだ。


「殺してやる!殺してやる!!殺してやる!!!殺してやる!!!!殺してやる!!!!!殺してやる!殺してやる!!殺してやる!!!殺してやる!!!!殺してやる!!!!!てやる!殺してやる!!殺してやる!!!殺してやる!!!!殺してやる!!!!! ……………」


 不死の少年が吠える度に1つ2つ3つ4つと愚かな侵略者供の白い首が宙を舞った。


 死の叫び声が収まりかけてきところ、すでに見渡せば殺した原住民よりも殺された兵士達の数が多くなっていた。残りの兵達も15フィート程の距離を保ったまま銃を構えて取り囲んではみたものの、撃ったが最後、自分の首が飛ぶだろうという恐怖から何もできずに少年の動きに合わせてアワアワと動くしかない状態だった。

 軍だ兵隊だと言っても所詮は寄せ集めのならず者や食いっぱぐれた半端者だ。頼みの銃が効かない相手と見るや1人また1人とこそこそ逃げ出し始めていた。

 カーク大佐は少し離れた荷馬車の上で長いパイプを片手に見物を決め込んでいる1人の男の元に近づいて行った。

「あんなバケモノがいるなんて聞いてないぞ。」

「オレだって知らなかった。」

「知ってて黙っていたのならお前もあそこに並べてやる。なんだあれは?」

「あれは【精霊憑き】だ。」

「【精霊憑き】!?なんだそれは?」

「どの部族でも知っている言伝えがある。『願いを叶えてくれる【聖なる泉】を見つけた者は[力]でも[富]でも[永遠の命]でさえも【精霊】をその身に宿して手に入れることができる』…。」

「どこにあるんだその泉ってやつは?それならお前もその【精霊憑き】とかいうのになってあのガキを止めてくれ。」

「オレだってずっと探してたさ。【精霊】さえ手に入ってれば我が一族はオレが守る。あそこに並んでるのはお前ら白人だ。」

褐色の顔を上げて睨みつけた男の頭の後ろで一本に編み込まれた黒髪をぐっと引っ掴んで力を入れて持ち上げながらカークは冷たく言った。

「調子に乗るなよ。俺だって好きでお前を使ってるんじゃない。あのガキをなんとか出来なきゃ、次はお前の部族を潰すぞ。どうだ、できるか?」


しばらく続いたその緊張がピュウという鋭い風の音で切れた。見るとまた2人の首が転がった所だった。

「…今、ペヨーテを使って観たが、どうやらヤツは【白い精霊】がついているらしい。なんとかやってみよう。」



銃撃が止まった。

妙な静けさに血が登っていた頭が少しづつ冷めてきた。

(撃ってこない。だけど周りをぐるりと銃を構えたやつらに囲まれたままだ)

一歩踏み出すとその輪も一歩後退する。

(恐がっている!?)

落ち着いてもう一度見渡すと、右手の先の小高い丘に見覚えのある白いニヤケ顔を見つけた。

(父さんを殺した奴!!!)

「ウォオオオオオ!!!」

吠えながら走り出しすと向かって来られた兵士達が逃げ出して、輪が崩れた。


(あそこを抜ければ)


切れた輪の手前で何かにつまづいて転んだ。


四つん這いのまま足元を振り返ると、鮮血と黄土にまみれた兵隊の首が、驚きの目を大きく見開いたまま二つ並んで転がっていた。


(ボクがやったのか?!)


唖然として動きを止めた少年の前に立ちはだかったものがあった

「兄弟よ、手を貸そう。」

アロが顔を上げると男が手を差し伸べていた。

太陽を背にした父と同じぐらいの背格好でどこかの部族のシャーマンらしい。

スッと伸びたまだ若い手を蛇の文様の入った褐色の大きな手がぐっと掴んでそのまま抱き寄せた。

(父さんと同じ革の匂いに混じって微かに香るのは儀式で使うペヨーテ…)

「もう大丈夫だ。オレに任せておけ」

低く落ち着いた声でそう言うと、男は手首に巻いた牙の一つを少年の首元に突き刺して、中の毒液を全て注入した。

「ガッ⁉︎…」

「大丈夫だ。少し眠れ…」

聞き終える間も無くアロは再び意識を失った。

少年の体を地面に横たえて、その周りに5本線で星を描き、それぞれの頂点に黒曜石の矢尻を刺した。

「…さぁ。これで良いはずだ。【精霊憑き】にはコブラの毒もそんなに長くは効かない。どれくらいで起きてくるかはわからんが、くれぐれもその結界から出すなよ。」

「フンッ!こんな珍獣、ここにおいていく手はないな…」

カークは歪んだ笑みを浮かべると、一台の荷馬車の床に同じ5芒星の仕掛けを作らせて、その中にまだ意識の無い少年の体を念のためにさらに鎖で繋ぎ止めた。


こうして戦いの最中、愚かな一条髪族のシャーマン【裏切り者:割れた舌先】に捕らえられて以来150年。


絞殺や銃殺から何度も蘇るその不死性に目を奪われた科学者によって、血液から髄液・リンパ液・精液に至るまでの液体と皮膚・筋肉・骨から全ての内臓の一部と脳まで肉体のありとあらゆる組織を採取され、残された原住民や犯罪者などを使った不死性の再現を試みる人体実験の原料とされてきた。


冷戦が始まった当初、実験施設があったロズウエル飛行基地では人体実験の犠牲者の一部が宇宙人として画像が流出したりしたが、代々の大統領による『不老不死研究』は中断されることはなく、冷戦が終わって30年経った現在でも、クローン技術の発展と共に『採取量』こそ少なくなったとはいえ研究は継続されている。その積もり積もった怒りが生来の【白龍】に怨怨と『黒』を増したのだ。

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