【アロとアメリゴ】

【アロとアメリゴ】


レーダーアンテナを角のように一本前方に突き出した純白の機体のVTOL機がグランドキャニオンの渓谷に舞い降りた。

ユニコーンと葡萄の紋章の描かれた昇降口から、シャルロッテがタラップも使わずにぴょんと飛び降りた。


【聖なる館】に入ってきたその姿は風をはらんだ白いロングドレスを着て少女と呼べるほど若く華奢に見えた。

あっけにとられている三人をよそに、長老が座ったまま、最敬礼を表し恭しく声をかけた。

「シャルロッテ様、お久しぶりでございます。」

「長老、お元気そうで何よりです。フィロキセラ(葡萄根油虫)の原産国などに来たくはないのだけれど、子供のためだからしょうがない。」

ぐるりと見渡してアロの姿を見ると駆け寄ってぎゅっと抱きしめようとした。その瞬間子どもの姿は消え代わりに3Mはある、燃える深紅の羽付ガラガラヘビが姿を現した。

「アメリゴ。また黒くなったわね」


【大きな流れ】からの【龍質】は本来白か黒のどちらか。それぞれが相応しいエネルギーを得ることで成長していく。

白なら愛・喜び・慈しみなどプラスの感情と正しい魂で白く輝きを増す。黒ならば憎悪・憤怒・悲哀などマイナスの感情と邪な魂で黒く闇が深くなっていく。

龍の色は【相】のイメージや願い、場所にも強く影響される 。

更に【合一】時の食物も影響する。


【アロ】の【アメリゴ】この龍は本来は白かった。スプリングフィールド銃と45口径の拳銃そしてあの狂気に満ちたサーベルを持った侵略者に家族を仲間を土地を蹂躙された少年の怒りと喰い殺してやった略奪者どもの血よって赤黒く染められたのだ。


あの晩、アロは一人で家族のティーピーを抜け出すと、秘密の場所に向かって新月の暗闇を目指した。「大地の精霊が最も力を増す月無夜、聖なる泉で不死身の力を得る」大人の間で真しやかに噂されているが、誰もその泉の場所を知らないし、知っていても教えることは出来ないという。


侵略者の無差別な攻撃が激しさを増した先の満月の後には部族の若い男衆全てが血眼になって探したが、見つけたものは一人もいなかった。


しかし、精霊達の守りにより湿地戦の我らが勝利の後にもたらされた、敵の首長カークからの和解を明日に迫った今では大人は泉の事など忘れてしまったようだ。


だけど、馬上から綺麗な赤い血飛沫を光るサーベルから巻き散らかしながら目の前に迫ってきた色の薄い狂気の眼をアロは忘れることができなかった。


少年には確信があった。


今日の昼間、集落から少し遠くの卵の形をした崖っぷちで弓を構えて兎を追った。

初めて見る小さな白いその兎は真夏の日差しを浴びて、まるでそれ自身が光ってるようだ。

まばらな灌木に隠れて息を殺して巣穴まで尾いていくつもりだった。

崖を降りて日陰を弓手の方に33歩行くと、鼻をつく臭いがした。

[大地の熱い息]いつもはもうもうと白い湯気が濃く立ち込めているが、時々大きく噴き出す熱い水蒸気が白や黄色の石を撒き散らして、所々に熱い水溜まりが湯気越しの空を映している。

一瞬の強い風が吹いて、噴き上げる水蒸気が止まった。

白兎の姿がない。


見ると、岩壁にアロが腰を屈めてやっと入れるほどの穴が開いていた。

アロは迷わず飛び込んだ。

洞穴の中は暗く広さはわからなかった。

(いた!)

やっぱり白兎は光っている、それが向かった先には、大人が両手で輪を作ったくらいの小さな泉が光っていた。

兎が泉の水を飲んだ瞬間、その姿は白く輝く蛇になった。

白蛇がさらに水を飲むと、今度は輝く白鷲にそれも頭が二つある! 目の前で何が起こっているのか、普通に考えれば、水を飲む兎を蛇が、その蛇を鷲が次々と襲ったという事で珍しいけど偶然が重なればこの世にあり得ないことでははなさそうだ。

だけど、これは違った。

(変わったんだ!)

カランッ!弓を落とした音が響いた。

双頭の白鷲の4つの目と目が合った瞬間、アロは逃げた。


集落まで一気に駆けた。


自分のティーピーの中に飛び込んだ。


しばらくして、丸まっていた少年が震えだした。

くぐもって聞こえてきたうめき声が徐々に激しい笑い声となって一気に爆発した。

「見つけた!大人の誰も見つけられなかった【聖なる泉】をぼくが見つけたんだ!」


暗くてもそこまでの道のりはハッキリとわかった。

慣れ親しんだ我が家のように目をつむってても行ける。

星明かりの外よりも洞窟の中の泉の方がずうっと明るかった。

兎はいない、蛇も首の二つある鷲も。


そっと泉を覗きこんだ。


キラキラと輝く流れは目まぐるしく表情を変えて、速いのか遅いのか、浅いのか深いのか、そもそもいったい何色なのかすらわからなかった。

ただこんな綺麗なものはこれまで見たことがなかった。

スーッと吸い込まれそうになった時、泉の向こう側に盛られた土の地面に、大きなターコイズの嵌まった髪飾りが刺さってるのに気がついて体の動きがピタッと止まった。

その瞬間、首筋からアゴの先を伝って一滴の血がゆっくりと落ちていった。

さっき洞窟の入口をくぐるとき、吹き付ける風のホウという音に驚き、振り返ろうとして首の後ろを尖った黒い岩で引っ掻いたのだ。

変わり続ける水面に落ちた血の一滴は、広がった波紋が消えてもなおそのまま、無重力みたいに浮かんでいた。

アロはそれを突っついてみたくなり左手の人差し指をうんと伸ばした。


とたんに【白い影】が下から迫って来て血に食らいついた。

そしてそのままの勢いでアロの頭上まで飛び出した。

真夏の陽のように長い一瞬。

4つの目に見つめられているのに怖くなかった。

それどころかすっごく嬉しい。

懐かしい。

))アロ。名前をつけて。((

「アメリゴ」

咄嗟に口から、幼くして亡くなったという双子の姉の名前が出た。

「【アメリゴ】」

もう一度、今度ははっきりと告げた。

))キャオッ!((

嬉しそうな鳴き声をあげるとアロの小さな日に焼けた肩に止まり、犬がやるように首の傷口をペロペロと2・3回舐めると、そのまま嘴から煙のように傷口に吸い込まれていった。


以前アロは成人の儀式の時に額に目を描くのは何故と父さんに聞いたことがあった。

「【見えないものを見るためだよ】」

その意味が初めて解った。

【アメリゴ】が身の内に入り込んだとたん、第三の目が開き、暗かった洞窟の中も今では土の層の色の違いまではっきりと見える。


感覚が鋭くなったのは眼だけではないようだ。遠くで響く銃声と蹄の音、唸る雄叫びと甲高い悲鳴、硝煙の嫌な匂い、乾いた革の燃える匂い、そして血の匂い・・・


(!!!)


飛ぶように走って、走るように飛び越えて、あっという間に集落に着いた。

集落入口の少し手前には見張り用の焚き火がまだ燃えていた。

さっき出るときには見つからないように回りこんだけど、今はまっすぐそこを目指した。

今夜の当番は

「父さッ!?」

叫ぼうとした口元を背後から岩のような手が押さえた。

「しッ」

そのまま近くの岩の影に引きずられた。

焚き火の朱に映し出された父さんの顔を見て涙が溢れた。

そしてそれは一条の流れ星のように蒼白く光って地面に落ちて染み込む間も光っていた。

表情を変えながらキラキラと輝くアロの瞳を覗きこんだ父さんはいつもの詠うような静かな調子で語りはじめた。

「そうか、見つけたか。」

「うん!これであいつらをやっつけられる!」

「そうかよくやったな。しかしもう遅い。」

「なんで?今からぼくがあいつらを … 」

「まだ力の使い方も知らないだろう?いいから、父さんの言うことを聞け。あれは6年前の冷たい水の月。今宵と同じ月無し夜の事だった。私の妻(白い月の女)は次の満月に控えた初の出産を前に生まれ来る我が子のため、新しい産着を拵えようと綿花を摘みに卵の形をした崖まで歩いて行った………」

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