【白魔女】

【白魔女】


フランスはボルドー地方の古いワイン農家の次女に生まれついた。


近所の娘たちと摘みたての黒葡萄を膝まで真っ赤に染めながら歌に合わせて踏むのが大好きだった。


 北の国境であった先の大きな戦で二人の兄と幼馴染みの恋人を一度に亡くした。


 その後、先に嫁に行った姉にかわって実質上農園の経営を女の身一人でなんとかやってこられたのも、農園の葡萄畑が1870年にフィロキセラ(葡萄根油虫)という恐ろしい流行り病にかからなかったのもひとえにある秘密からだった。当時の教会に知られれば間違いなく火あぶりにされたであろう秘密。

 あらゆる毒や病気から身を守ることができる幻の存在。白く美しいユニコーン。

それが彼女【シャルロッテ】の守り神【ニコル】。


 ポーラ失踪の翌日、フランスの葡萄畑を見下ろす古城、聖なる泉をぐるりと囲むレンガ色の2階建ての一室で一人の女性が目覚めた。【シャルロッテ】その傍らには輝白色のユニコーン【龍のニコル】がいる。

「おはよう、ニコル」

))おはようシャルロッテ((

「ついに来たのね、この時が。」

))早く会いたい?((

「子供にはね。」

))子供の父親には?((

「向こうが嫌がってるのよ。」

))ゥクックック、なんで?((

「ニコル!また知ってってそういうこと言って!」

))だって何度聞いても可笑しいだろ((

「恐いんですって!」

))しょうがないさ、全部飲み込まれそうになったんだから((

「初めてだからわからなかったんだもの。あなたこそあの巨大な【黒龍】は平気なの?」

))見た目の大きさなどに意味はない。私だっておおきくなれるしね。それに君だって【合一】のレベルが上がったじゃないか、もう大丈夫だろう?((

「そりゃあ、街に出たり、会社に行ったり、うっかり他の【龍】に出会うたびにくっついちゃう訳にいかないでしょ。あなたこそ私の中でじっとしていられるの?」

))それはどうかな?何しろ一度は混ざり合った仲だからね。【龍戦】をして引き分かれるなんて自然界でもそうそうあることじゃない((

純白のユニコーンの澄んだ光る瞳がからかうようにキラリと輝いた。

「はいはいそうですか、もういいわ。【じいや】!」

重い木製のドアがギィと開いて穏やかな顔の初老の男が入って来た。

「はい、お嬢様」

「準備は出来てる?」

「はい、全て。」

「では出かけましょう。」

「はいお嬢様」

輝白のユニコーンはスーッとシャルロッテの中に吸い込まれる様に消えた。


2階の居室から廊下を右に折れて一階のホールへと降りて玄関までの間には数名のメイドが仕事の手を止めて口々に「行ってらっしゃいませ」と明るい声でお見送りをしてくれる。

「岩と土ぼこりしか無い所だから、みんな、お土産は期待しないでね」

笑顔で返しながら玄関を出ると館の目の前のぐるり芝生に囲まれた石畳の駐車スペースには、純白のVTOL機が乗降口を開けて待っていた。

「どうぞ」そう言って慣れた仕草でタラップを登るシャルロッテに手を貸すと【じいや】も身軽に乗り込んだ。タラップを上げてドアを閉めるとコクピットに座りシートベルトを締め、操縦桿を握りヘッドセットを身につけるとエンジンをかけた。


回転翼の大きなプロペラが左右2基それぞれが下方に向けて気流を吐き出すとセスナの3倍はあろうかという機体が垂直に浮き上がり、翼の角度と共に斜め前方へと飛び立っていった。

シャルロッテはじいやといつものように軽いやり取りの後、数十数年ぶりに夫に会うために【聖なる館】に向けて城を出た。

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