【追いかけろ!】

【追いかけろ!】

コロラド川に沿って1時間ほどのフライトで25kmほど下った所が峡谷内でも比較的ひらけている着陸ポイントだった。ただし、車で行く場合は未舗装の荒れた道で所々細かったり、川を渡ったりして、かなり大回りをしなければならないので普通の草原の気球ツアーの様に、気球の下を追っかけてついていくなんてことは到底できなかった。

こんな時に限って川へ向かって道路を横切るバッファローの群れに足止めを食らってしまっている。大きなオスだと体長3m体重1000kgにもなる草原の猛者達は、怒らせれば巨大なツノを低く構えて突進してくる。そうなったら頑丈なアメ車とはいえただでは済まされない。いつもは冷静な敏腕マネージャーはイライラしながら前の席に座っている黒服の二人組に目をやった。オンボロのトラックに乗り込もうとしていた指導ジジイとマネージャーに

「こっちの方が早い、乗れ!」

と声をかけてきたのだ。流石に本社のお墨付きだ。緊急時にはちっとは役に立つらしい。これでポーラが無事ならば、この間のラリアットの一件は水に流そう。

隣でiPhoneをいじっていた指導ジジイ・レーガンが口を開いた。

「とりあえず、1機追いかけさせるぞい。まぁ、追いつけるとは思えんが…」

「途中で落っこちてるなんてことはないでしょうね?」

「それは大丈夫じゃ。ホレ!」

そう言って指導ジジイ・レーガンはiPhoneを見せた。

マップ上の起点が渓谷に沿って動いているのがわかる。

「カゴにはGPSが必ずついてるんじゃ。少しペースは遅いが、お嬢ちゃんは上手にやってるよ。」

自信たっぷりなアメリカ爺さんのことばに、少し気持ちが楽になったが、目の前のバッファローの群れはいつになったら途切れるのだろうか。

HONK!HONK!HOOOOONK!!!HOOOONK!!!HOOONK!!



痺れを切らしたイーロンはクラクションを猛烈に鳴らしながら群れに近づいていった。ゆったりとした巨体の草食動物達は慌てて道を渡って行った。まるで高速道路でゆったりと走っている軽自動車がアメ車に蹴散らされる様に道が空いた。その隙間を逃さず今度はエンジンをふかしながら一気に通過した。

「フウ!」イーロンが息を吐いた。

「気球はどうなっている?」

イーロン同様ハーマンもすでに[DCEゴーグル]を外しティアドロップ型のRaybanをかけた目でバックミラー越しにレーガンに問いかけた。

「順調じゃ。だいぶゆっくりじゃが確実に着陸点に向かっておる。」

「そうか。では飛ばせば間に合いそうだな。」

そう言ってハーマンはシートベルトをするように後部座席に告げ、自らもカチャリとはめた。

それを合図にイーロンは無言でギアを操作して355馬力のモンスターエンジンをブン回そうとレッドゾーンまでアクセルを踏み込んだ。4WDの車体が上下左右にスライドする様な感覚と共に煙幕の如く土埃を巻き上げながら黒いサバーバンは赤い渓谷の谷底を爆走して行った。


10分が永遠にも感じられるほどのアトラクションがあるとしたらまさにこれだという経験のさなか、敏腕マネージャーは果敢にもポーラのスマホに何度も何度も掛け直しては

「大丈夫ですか?」

「今向かっています」

「着陸できますか?」

「大丈夫ですか?」

「着陸時にバーナーに触らない様に!」

「起きてますか?」

「お腹空いてませんか?」

「大丈夫ですか?」

……と一方通行につながり続ける留守番電話にメッセージを入れ続けていた。


「よし!気球が見えたぞ!」

ハーマンの言葉にウインドウを開けて指導ジジイ・レーガンは叫んだ

「オ〜イ!そろそろ高度を下げろ〜〜〜!!!駄目だ聞こえやせん。あんた、携帯を鳴らしてみろ!」

言われるままに敏腕マネージャーは駄目元でリダイヤルをした。すると今度はようやく繋がった!

「ハロー!?」

「もしもし!ポーラ!大丈夫か!そろそろ高度を落とせ!着陸の準備をしろ!」

「申し訳ありませんが、私はルームサービスのもので、先程から机の中でずっと着信音と男性の方の叫び声が聞こえているものですから、緊急の用事なのかと思い、電話に出てみたのですが、どうかされましたか?!」

「な”っ……!?」

ガゴンッツ!!!右車輪を大きな岩に乗り上げた拍子で取り落としてしまったスマホはそのまま前の座席の下に入り込んでしまった。

「なんという事だ!よりによってこんな時に!」

「どうした若いの?!スマホが落ちたのか!一度車を止めてもらうか?」

「ノーサンキューだ。ポーラはスマホを持っていない。ホテルに置いてきたらしい」

「なんてこった!おい!ドライバーの兄ちゃん!電話は駄目じゃ!とにかく急いでくれ!!」

「OK」

それだけボソリと呟くと、イーロンはアクセルを踏み込んだ。

「しっかり掴まっていろ!」

窓の上のアシストグリップを握り締めてハーマンは叫んだ。

速度と共に増す振動で誰もが口をつむんだまま、下り続けるジェットコースターの様な過激な5分間が過ぎて目の前にいきなり開けた平地が現れた。

急停車したサバーバンから飛び出した4人の男達は一斉に後方を見上げた。

舞い上がった土埃がひどくてまともに目を開けていられない。

薄目越しにもまだ気球は見えない。指導ジジイは携帯のGPS画面を確認して大声を張り上げた

「もうすぐだ!あの崖の向こうにいる!」

びゅうと風が吹いて土埃を吹き払って割れた空の中にバーボンのロゴの気球が現れた。

ポーラがうまく操っているのだろう、岩にぶつからないすれすれの低空で飛んでいる。

「ダメだ!アレじゃあ通り過ぎちまう!!!」

気球の進路を瞬時に測ったハーマンは車を10m右に移動させると車のルーフに登ってい四つん這いになり叫んだ

「イーロン!!!」

それを見てイーロンは上着を脱ぎ捨てるとボンネットの上にアメフトの選手さながらにスタンバイした。

気球が車の真上に向かってやってきた瞬間、巨体がフロントグラスを駆け上がり、うずくまった相棒の背中を強く踏み台にして力一杯跳んだ!

気球の籠の下に付いている運搬用の取手に右手が届いた。しっかり握って左手を伸ばし、もう1つの取手も掴んだ。

「俺が[重り]ダッ!!!」

気球は130kgの重さで急激に高度が下がってきた。

[重り]がこのまま降ろせると思った時

「イーロン!!!後ろだ!!!」

ハーマンの叫び声で振り返ろうと首を曲げた[重り]はそのまま突き出た岩に激突して破壊すると国立公園の一部である破片と一緒に地面に転がった。


気球は親の手を逃れた遊びたい盛りの子供の様に再び高度を上げ始めると、上空の速い気流に乗りあっという間に着陸地点を通り過ぎて行った。

その一部始終を見ていた敏腕マネージャーは何年かぶりに大声を上げた

「ポーーーーーーラーーーーーーーッ!!!!!!!!」

それを上回る声でハーマンは叫んだ

「追いかけろっ!!!」

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