【CM撮影】

【CM撮影】


昨日、有翼堂でのサイン会のあと成田発最終便の飛行機でロサンゼルスでチャーター機に乗り換え一時間半でグランドキャニオン空港に到着し、未舗装の道路からは想像もつかない綺麗な内装と北欧の高級家具の設えられたジャグジー、キッチン、サンルーム付き、2ベッドルームの、1人で使うにはかなり大きすぎるログコテージホテルに直行するところで1日が終了した。


翌日、マネージャーがポーラの部屋のドアを開けて驚いたこと。

1、 いつもならどんなに疲れていてもちゃんとパジャマに着替えて寝るポーラが、昨日の夜のハイブランドロゴのビッグTシャツにスキニーパンツ、金ラメの入った紫のカーディガンに金色のスニーカーもそのままにうつ伏せにベッドの上に倒れる様に横たわっている事。

2、 テーブルの上に血のついたティッシュペーパーが散乱していたこと。

3、 その中にキッチン備え付けの果物ナイフが血まみれであった事。


「ッツ!ポーラ、ポーラ!!大丈夫ですか!起きてください!!!」

「………ウン?あれ?寝ちゃったんだー。おはよう【マルコ】!」

普段と変わらぬ鳶色の眼を確認してマネージャーは考えた。

(あぁ、左手薬指の先にバンドエイドが巻いてある、昨日のキッチンショーで切れない包丁で「ちょっと切っちゃった❤️エヘ❤️」と言っていたところか?それにしては出血量が多過ぎる。寝る前に果物でも切ろうとしたんだろう。流石に昨日はハードだったからな。とにかく、大丈夫そうだが、珍しくあのポーラが寝ぼけている。いつもならまるで電気スイッチの様にON /OFFがハッキリしているのに。私の方を見向きもせずに手に持ったコンパクトに話しかけているなんて。)

独り合点した敏腕マネージャーは何事もなかったかの様に続けた。


「起きてください、ポーラ。あと45分で出ますよ。ロケ地のトレーラーハウスの中にもシャワーは付いてますが、どうしますか?とにかく着替えだけはしてくださいね。7日間滞在の予定ですので、荷物はそのままで結構です。貴重品だけお持ちください。ではまた30分後に迎えに参ります。」

ポーラがバンドエイドを貼っていない方の右手を上げてOKマークをフリフリするとマネージャーは出て行った。


ポーラはムックリ起き上がると「フフフ」とコンパクトを開けて【マルコ】に話しかけた

「おはよう![マルコ]!昨日はいっぱいおしゃべりしちゃったね」

((ポーラ!オハヨウ!))

「今日はお仕事の後、ちょっと冒険に出かけます。だから多めに入れておくね❤️」

コンパクトからパタパタと飛び出したマルコは元のぬいぐるみくらいの大きさになって、初めてあった時の様にキラキラと金色に輝く小さなライオンになった(羽根つきの)。

ポーラは本当の化粧用チークの様な薄桃色の粉をコンパクトの中からゴミ箱に払い落とすとスポンジに血を補充しようと指先のバンドエイドを剥がした。

「あれ〜!?もう治ってる!」

((ポーラは【龍人】!もっと強くなれるよ))

「すご〜い![マルコ]ありがとう!じゃあもう一回切るね❤️」

テーブルの上の果物ナイフを躊躇する事なく指先に思い切り突き立てた。

ポタポタポタポタ………スポンジにたっぷりと吸わせて

「じゃあまた後でね❤️[マルコ]ハウス❤️」

パチンと音を立ててコンパクトを閉める。

バンドエイドを貼る。

シャワーを浴びる。

着替える。

準備完了!


30分丁度でマネージャーがやってきた。

「ポーラ、用意はできましたか?」

「ハ〜イ!」

「えっ!?(どうしたんだ?いつもなら後5分と言って15分はかかるのでその分余裕をみたのだが。そうか、時差だなそうに違いない)そうですか、本当の本当に大丈夫ですね?それでは参りましょう。朝食はホテルの方で用意してもらいましたので、車の中で召し上がっていただきます。」


ホテルからランクルで街中でワラワラとパワーストーンショップに群がるスピ系日本人観光客を避けるように郊外に出ると2時間ほど土地の道を走り、映画撮影でよく使われる渓谷の幅が程よく狭くて画面サイズに収まりやすいロケ地に着いた。


ハリウッドスターのものと比べるとかなり小振りだが、それでもポーラ一人用としては十分な大きさのトレーラーハウスが用意されていた。ハウスの天板には今回の撮影のスポンサーでもある有名バーボンのロゴが空からでも見えるようにプリントされていた。

ポーラ本人の強い希望と、海外事務所のスタッフの営業努力で、ハリウッド映画の有数スポンサーでもあるこの洋酒メーカーの日本版とはいえCM契約が取れたことは今後のこちらの活動にプラスになるに違いない。


渓谷を飛び交う12機の熱気球をバックに美味しそうに、酎ハイの次に日本の酒販メーカーが口裏を合わせて〔若い女性に人気〕と展開中の[ハイボール]を片手に、長い手足と鍛えあげられたスタイルを活かした白シャツに白いホットパンツ姿が、紅い渓谷と青い空に良く映えているポーラのバツグンの笑顔を見ながらスーツの上着を脱いでネクタイを緩めた敏腕マネージャーは感慨深げに折りたたみのディレクターチェアに腰を下ろした。

(いつかは私の手を離れる時が来るのかもしれないな)

実際のところ現場に入ってしまえば、タレントの身の回りのことはメイクさん、衣装さん、ADなどお付きの人達が面倒を見てくれるので自分が動く必要などは無いのだ。ただし、今回に限っては出来るだけポーラのそばにいる必要があった。

アメリカの撮影現場には現地警察やスターの私設ボディーガードが付くことがほとんどだが、今回は観光客の滅多に来ないノースリムの奥まったところで、田舎警官が埃っぽいパトカーにもたれかかってスタッフ用のクーラーボックスから当たり前のように冷たいコーラを取り出してきて飲んでいるのに加えて、これぞという目立つ格好をした巨大な黒ずくめのが二人。

見覚えのある二人組に見覚えのあるゴーグルにLEDが点滅している。

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